会社員をしながら300万円で会社を買収…本職の 「経営企画」経験から”ジムの会員数50%増”!

サラリーマンが会社を買うーー。
この決断は「サラリーマンを辞めて経営者になる」ことを意味すると思う人も多いのではないだろうか。
事業オーナーと言えば聞こえは良いが、サラリーマンのように毎月の収入が決まっているわけではなく、仮に失敗した場合には赤字だけが残る。
こういった事業に伴うリスク面の懸念から一歩踏み出すことに躊躇(ちゅうちょ)しているという人もいるだろう。
連載「300万円で小さな会社を買ったサラリーマンたち」では、事業継承者たちのその後を追う。第3回は会社員と事業継承の二刀流男だ――。
*本稿は三戸政和氏監修のもと、編集部でインタビューを実施したもの。
どちらか、ではなく ”どちらも” 選んだ男
サラリーマンか、経営者か――。
その二択ではなく、サラリーマンも、経営者も、というまさに二刀流の働き方をしているのが増岡剛さんだ。

増岡さんは現在30歳。議員秘書や社長秘書の経験を経て、小売り大手で経営企画の仕事を続けつつ事業オーナーという肩書きも持つ。
「今は便利な世の中になっており、どこにいてもオンラインでつながることが可能です。会社にいながらお店の管理をしたり、スタッフに指示を出すということは当たり前のようにできます。つきっきりで経営だけをしていないといけないということはまったくありません」
増岡さんは群馬県前橋市のパーソナルトレーニングジムを今年6月に事業承継。
前オーナーは約5年間経営し、群馬県だけでなく埼玉県や兵庫県など全国に計6店舗を展開していた。そのうちの1店舗を増岡さんが引き継いだ形だ。
そして、現状において増岡さんの二刀流は成功を収めている。
「ジム経営はユーザーの会費が売り上げの大きな要素を占めるため、会員数が事業の成否を見るひとつの指標になります。引継ぎ当初は30人ほどだった会員数は、引継ぎ後50人ほどまで増加しました」
「今はユーザーが新たなお客様を連れてきてくれています。口コミによる好循環が回っている状態です。大小さまざまありますが、会社員としての経験を十二分に発揮して改善のアクションを実施しています」
順風満帆にサラリーマンと経営者の二刀流の日々を過ごしている、まさに ”M&A界の大谷翔平” とでもいえるような増岡さん。
増岡さんが現在の生活に至るまでの過程を少しさかのぼって紹介したい。
会社員の知見は経営に生かせると確信
増岡さんがパーソナルトレーニングジムを承継するために発生した費用は300万円ほどだった。
「まず、日本政策金融公庫から300万円を借り入れ、残りの費用は自己資金でまかないました。前オーナーが新事業に移行するという理由での譲渡だったので、好条件だったと思います」
費用面でも決して高額でなく、さらに引き継いだ時点で黒字スタートだった。
理想的な形での事業承継にも見えるが、その過程における増岡さんの努力は決して見逃せない。
「事業承継・M&AプラットフォームのTRANBI(トランビ)や、公庫からの紹介など事業譲渡情報を収集し、譲渡したいオーナーに実際に会うなどのアクションを起こしていました。しかし、具体的に『譲渡してください』という話になると首を縦に振るオーナーはなかなか現れませんでした」
やはり、ネックとなったのは「サラリーマンを続けながら経営者を続ける」という点だったという。
「売り手の立場から見ると、本気度が伝わりにくかったのかもしれません。会社員を続けながら経営をすると伝えたことで交渉がまとまらないこともありました」
だが、言うまでもなく、増岡さんが会社員と経営者を両立したいという気持ちは真剣なものだった。
増岡さんは、会社員として培ったノウハウを活かして、よりバリューアップできる事業は絶対にあると確信していたのだ。
「会社員として携わっている経営企画の仕事は、会社全体の損益を見ながら予算管理をすることです。私はサラリーマンとして全国1000店舗以上の数字を見て経営分析をしています。そのため、数字の桁や事業規模こそ違いますが、自分の力を生かせる事業承継は必ずあると思ったのです」
増岡さんは諦めなかった。
2年間にわたって事業探しを続け、そして出会ったのがパーソナルトレーニングジムだった。
「パーソナルトレーニングジムは会員になって短期間で辞める人が多く、LTV(顧客生涯価値)が低い傾向があります。その点、引き継いだジムはキックボクシングに特化しているという、ほかにはない強みがありました。また、地方で固定費が安いというのも大きな魅力でした」
「私の視点では、承継前のジムは顧客の求めているニーズ提供やターゲット層を定めた集客が弱いように見えました。つまり、ここを伸ばせば勝算はあると思ったのです」
そして、実際に増岡さんの読みは当たった。
「事業承継はすでに走っている事業を引き継ぐため、事業の良いところと悪いところを事前に把握した上でスタートできるのが魅力です。自分が持っている能力を活かしたプラスの価値を事前に想定できるんですよ。この点はゼロから取り組まなければならない起業にはない事業承継の良さだと思います」
地方の店舗はDX化でこんなに伸びる

増岡さんが事業を引き継いでから、大きく満足度を上げた施策としてレッスンスケジュール管理のDX化がある。
「今までは口頭とLINEでスケジュール管理をしていました。基本的にジム内にはスタッフが1名のみなので、例えば、予約変更の連絡があってもレッスン中などの場合は対応ができないなど非効率な面がありました」
増岡さんはこの状況を改善するために専用ツールを導入。スマホ上で予約変更・キャンセルを全て完結できるようにしたのだ。
「結果的にユーザー・スタッフ共にこれまで発生した手間が激減しました。『今までは予約の手間が負担になっていたので改善されて助かっている』といったお客様からの声もいただけました」
増岡さんは経営業務の大半をオンラインで進めているが、もちろん店舗に行かなければわからないこともある。
この点は増岡さんの勤務地が群馬県の高崎であるという距離的な近さによってオフラインでの業務も可能にしている。
「特に引き継ぎ当初は、会社での仕事を終えた後にジムに毎日のように顔を出し、お客様の声を直接聞くようにしていました。オンラインでほぼ全ての業務ができると言っても、オンライン一辺倒というわけにはいきません」
「普通のサラリーマンであれば、趣味に割く時間に、会社経営をしているイメージ」と増岡さんは現在の生活について話す。
さらに、事業オーナーの経験は会社員としての仕事、ひいてはキャリア全体という視点でもプラスの効果を生み出しているという。
「経営者目線を、言葉としてだけでなく、実感できるようになりました。会社の経営層の言葉の重みがこれまでよりもわかるようになりましたね。会社員と経営者の両方の立場であることによって、掛け算的にメリットが発生しています」
今後も「会社員と経営者を続ける」ワケ
順調に成長しているジム経営。
現状に満足することなく、増岡さんはさらなる成長も視野に入れている。
「承継前はInstagramのみで集客をしていました。より多くのお客様を獲得するために、今後はWEB広告等も積極的に活用して集客を強化していきます。会員を今よりも増やし、近隣に新店舗を出してドミナント(集中出店)的に拡大をしていきたいというのが今の展望です」

最後に、一点気になる点があった。
なぜ、増岡さんは二足の草鞋(わらじ)を履いているのだろうか。
増岡さんには、仕事を通じて培った経営の知見があり、承継した事業も黒字。かつ、今後さらに伸びていく可能性も高い。
いま、増岡さんは会社員を辞めて事業オーナーのみに絞ったとしても成功できるのではないだろうか。
だが、この点にこそ増岡さんの大きなモチベーションがあった。
「会社員兼事業オーナーという働き方は、私だけでなく多くの人に実践できると思っています。新しい働き方として定着すれば、今よりも中小企業の活力を生むこともできます」
かつて議員秘書としても働いていた増岡さん。
「当時は、中小企業の継ぎ手が見つからずに事業をたたむという問題を、議員秘書の立場から見ていました。しかし、それをどのように解決できるのかという具体案を持つことはできませんでした」
「会社員をあえて続けながら会社経営をする。このことのシナジーは大きいと思っています。そして、そういった働き方は可能です。私のように、事業を自分でやってみるというサラリーマンが増えていってほしいと心から願っています」
「事業価値がありながら廃業を余儀なくされるケースを一つでも減らし、事業者のみならず従業員さんやお客様、社会全体にとってのマイナスをプラスに転じていく手段の一つになって行くべきだと思っています」
議員秘書の時、脳裏に焼きついていた日本社会における大きな問題。
経験を積んだ増岡さんは、自らがプレイヤーとなって変革のきっかけとなるためのアクションを現在進行系で起こしている。
三戸政和氏のコメント
増岡さんの事例は、私が著書で提唱したサラリーマンの知見を生かして小さな会社をバリューアップするという典型です。
店舗ビジネスは、個人客向けの商品開発やサービス提供という点で、多少の業態が違っても基本的な運営の方法は変わりません。増岡さんが持っている、大手企業の店舗運営のノウハウを、小さな事業へと注入し、さらにDXなどの施策を取り入れるだけで、売り上げが大きく変わっていきます。
小さなビジネスの固定費は高くありませんから、売り上げを少し上げるだけでも、利益は大幅に増加していきます。これからも、廃業への道を選ばざるを得ない小さな会社を引き継いで、ロールアップ(小さな事業を組み合わせて事業サイズを大きくしていくこと)を目指していただきたいと思います。