なぜ?日本で同性婚が認められない理由を弁護士が解説…ついに漏れた岸田政権の本音と憲法の壁

 「社会が変わってしまう」。こんな岸田首相のひと言から、海外メディアの批判集中、秘書官の更迭など、ひと騒動となったLGBT不適切発言問題。突き詰めて言えば、国論を二分する問題なのだろうが、法律の専門家は、この問題をどうとらえているのだろうか。

「隣に住んでいたら嫌だ」「種の保存に背く」…岸田政権内で相次ぐLGBT発言

 性的少数者(LGBT)について、荒井勝喜首相秘書官(当時)が「隣に住んでいたら嫌だ」などと発言した問題で、岸田文雄首相は2月6日、「LGBT理解増進法案」の国会提出に向けた準備を、茂木敏充幹事長に指示した。首相は、性的少数者に対する考えについて国会で「今の政権においては、持続可能で多様性を認め合う、包摂的な社会を目指している。性的指向、性的自認を理由とする不当な差別、偏見はあってはならない。また多様性が尊重され、全ての人々がお互いの人権や尊厳を大切にし、生き生きと生きることができる社会を目指していかなければならない」として釈明に追われている。

 この問題を巡っては、イギリスの公共放送BBCが「LGBTを傷つける発言をした」と厳しく指摘。「日本は伝統的な男女の役割や家族の価値観に縛られている」とし「先進7カ国(G7)の中で唯一、同性婚を認めていない」と報じている。

 「LGBT理解増進法案」は、かつて自民党を含む超党派の議員によって、つくられたものの、自民党の保守系議員の強い反対があって頓挫した経緯がある。毎日新聞(2月7日)によれば、『現在の岸田政権で教育行政を担う文部科学副大臣に起用されている簗和生衆院議員は、2021年5月に同法案を審議した自民党の会合で、性的少数者について「生物学上、種の保存に背く」という趣旨の発言をした』のだという。

 同性婚については、岸田首相が「社会が変わってしまう」と発言し、慎重な姿勢を見せている。保守系議員には強い反発が、リベラル議員には推進への強い意欲が混在する中で、同法案の先行きは不透明だが、同性間の結婚を巡っては、現実として、どのような問題が存在しているのだろうか。城南中央法律事務所所長の野澤隆弁護士に、実務的な課題を聞いた。(聞き手、小倉健一)

LGBTの存在を自治体レベルで認めた渋谷区「パートナーシップ制度」とは

――同性婚を巡って、国論を二分するような対立構造になっています。現状をどのように分析しますか。

(野澤隆弁護士)

 日本の結婚ルールや家族ルールは、外国の諸制度を参考にしつつ、日本の歴史、文化、社会的規範をもとに定められるものですから、日本の制度が遅れているとか優れているといった議論はそもそも違うのかもしれません。世界を見渡すと、イスラム教文化圏の国では風俗営業を中心に日本より厳しい規制をかけられていることが多く、近代社会が始まるまではキリスト教文化圏の国も同じような傾向でした。今でも、日本ではそれほど政治的課題として取り上げられていない妊娠中絶の問題が、アメリカでは大統領選挙のメインテーマの一つになっています。

 江戸時代の市民生活に関心がある方なら良く知っていることなのですが、日本でも当時の性風俗は過激なものが多く、そのままの内容では地上波テレビや大手新聞で取り上げることが無理、という題材によく出くわします。政治家・芸能人の不貞行為(浮気)について日本でいろいろ取り上げられるようになったのは、比較的最近の現象であることは中年以上の方ならよくご存じのはずです。

 岸田首相が同性婚で「社会が変わってしまう」と率直な感想を漏らしましたが、たしかに、今すぐ同性婚に現状の法律婚(異性婚)と同じレベルの法的保護まで認めてしまうと、社会制度が根底から変わってしまうのは事実で、大きな混乱が生じるでしょう。

 東京都渋谷区などが始めた条例による「パートナーシップ制度」が都道府県・市区町村レベルで少しずつ拡充しています。これは、男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えたカップルの関係を、税金・社会保障上の優遇措置はほぼない状態で、自治体レベルでのみ認める制度です。今のところ、公営住宅の申し込みといったレベルで、いくらかの行政サービスが受けやすくなったとか、病院の入院・面会手続きや預金・保険金の受け取り手続きがだいぶ楽になった程度が一般的ですが、今後(数十年先かもしれませんが)制度が一般的になれば、現状では事実上、男女の婚姻関係の家庭のみ引き受けが許容されている、小さい子どもの養子縁組も認められるでしょう。そうなれば、同性カップルと養子の子どもが公園で一緒に遊んでいるといった、欧米のテレビドラマレベルでしかあり得ないような風景も一般的になるかもしれません。

 とはいえ、現時点では同性婚は、日本では認められていません。解釈は分かれるところですが、日本国憲法24条は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」と規定しており、1946(昭和21)年に制定されたままです。この24条は、本来、女性の権利向上を目指した「夫婦が同等の権利を有することを基本とし」と「両性の本質的平等に立脚」の規定が重要内容であり、この点は制定当時もかなり論争されているのですが、戦後間もない時期ということもあって、同性婚の検討はほとんど行われていません。制定後80年近く経過しつつある現在、社会の価値観、議論すべきテーマが変わったのです。

LGBTQは「内縁の妻」と同じ…社会的事実が先に進み、制度は後から整備される

――なるほど。そうだったんですね。渋谷のパートナーシップ制度では、異性間での結婚にあるような優遇はほぼ得られていない状況だったのですね。では、同性婚導入による混乱とはどのようなものでしょうか。

(野澤隆弁護士)

 まず、私は同性婚自体に反対しているわけではなく、かといって積極的に進めようという考えでもありません。時代の要請にしたがって、少しずつ制度を変えていくしかないだろうという立場です。

 現行の結婚制度は、民法752条「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」といった一般的内容と、それ以外の経済的側面、特に税金・社会保障上の優遇措置等と一体化したものとなっており、この分野での政策的失敗は社会全体の混乱を招くことになるでしょう。

 ご存じの方も多いと思いますが、我が国では、結婚によって、資産・収入の低い側の配偶者、つまり主に女性(妻)側に対し適用される様々な優遇措置があり、近年では、これが逆に女性の自立を阻害するものだという批判があります。主なものとして、所得税計算における配偶者控除、相続税計算における配偶者税額軽減、年金の第3号被保険者、遺族年金、健康保険料計算での世帯合算などがあり、これらは、政治体制同様、昭和の高度経済成長期から基本的なシステムは何ら変わっていません。

 これら優遇措置は、ある程度、人間の善意を前提に構築されており、パートナーシップ制度でもこうした優遇措置が受けられるとなれば、反社会的勢力などが制度を悪用するだろうことは容易に想像されます。加えて1988年の改正前に、養子縁組制度を利用した相続税逃れなどが横行したことを記憶している方々も多くおり、諸外国でもどこまで優遇するかが大きな政治テーマになっています。現在も、不法入国者が知人の健康保険証を不正利用したり、闇バイトをしているような人が生活保護のお金をさらにもらっているような事件が多発している状況ですので、これら優遇措置の立法化については、もともと保守系政党が強い日本では、国会でもめることが確実な情勢です。

 現在のパートナーシップ制度は「病気や怪我(けが)で相手が入院とかしたら、いろいろ面倒みてね」、「高齢者になった後も、役所をあまりあてにせず、二人で何とかしてね」といった側面が強く、法律婚(異性婚)以上の「愛」で維持されているような状況です。ですので、制度に対する一般社会の潜在的な反感はあまり表面化しておらず、岸田首相の発言に対して「よくぞ言ってくれた」などといった、保守系の人々の好意的な声が上がるような事態はほとんど発生しませんでした。

 この、同性婚を含むLGBTQの分野では、おそらく「内縁の妻」の問題と同じように、数十年かけて社会的現実が先行し、国会議員が、財政面を含めて本格的に動き始めるときは、現状を追認するといった形になるでしょう。「内縁の妻」の問題については、借地借家、労災、年金などでは制度改善が進み、今後は相続分野で特別寄与などが認められる可能性が高い状況です。これと同様、LGBTQの分野でも、切迫性が高い労災分野から小さな改革が始まり、その次に公衆衛生上の要請が強い健康保険あたりから現実的な財政議論が、今から15年経過した頃から展開され、年金・相続権は棚上げのまま数十年経過するといったところでしょう。

 18世紀アメリカ独立戦争の際のスローガンに「代表なくして課税なし(No taxation without representation)」というものがあります。今風に言い直すと、「面倒ごとを押し付けるなら優遇措置をくれ」といったところです。新しい性のあり方、今までにはなかった家族形態の問題は、家族や会社といった単位ではなく、個人単位の税・社会保障の制度構築が世界の趨勢である状況下で「優遇措置を受けるほどの家族形態とは何か、むしろ優遇措置そのものを徐々に廃止すべきでは」などといった根本的な疑問を現代人に投げかけていると言えるでしょう。

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