5歳児に「サイン・コサイン」を学ばせる早期教育親の言い分…「この子の幸せのためにやっている、何が悪いの?」

 子どもの数が少なくなっても、子どもの早期教育に力を入れる親の数は一向に減る気配がない。その一方で、精神科医で「子育て科学アクシス」代表の成田奈緒子氏は、高学歴親たちが子育てに焦りを覚えるあまり、“本当に大切なこと”を見落としている現状に警鐘を鳴らす。子どもの習い事に力を入れる前にまず育てたい「からだの脳」とは――。全5回中の5回目。 

※本稿は成田奈緒子著『高学歴親という病』(講談社)から抜粋、編集したものです。 

第1回:ここまできたZ世代親の過干渉「エントリーシート代筆」「大学の履修登録」…人生を狂わせられる子と”混乱する”高学歴親
第2回:「学歴が低い人は不幸」「こんな子生まれるなら結婚しなかった」過剰すぎる教育熱…高学歴親の悲しい末路
第3回:プライドも異様に高い”高学歴親”の共通点…子どもは摂食障害や不眠症でも周囲のアドバイスを聞けない、自分を曲げない
第4回:自分の人生を子に託す“リベンジ型子育て”の末路…家族崩壊「子どもをモノとしか見れない」親と「死体が診れない」不登校医学生

5歳児に「サイン・コサイン」「二次関数」を学ばせる親たち

 いまの時代、高学歴親ほど、子どもに早期教育を施そうとします。ひとりっ子の場合などなおさら、「絶対に失敗できない」とばかりに、小さいころから幼児教室に通わせたりします。 

 たとえば、3歳の子どもに九九を教える幼稚園がありました。毎日唱えさせると、本当に言えるようになるのです。 

「うちの子はサイン・コサインでつまずいちゃって」 

 そう困ったように話すお母さんの息子は5歳だそうです。するともうひとりの方は「二次関数で、もうダメよ」と言うのです。本当に二次関数?と疑いたくなると思いますが現実です。 

 5歳のサイン・コサインも二次関数も、3歳の九九も、私に言わせればほとんど意味がありません。子どもたちは内容を理解せず単に暗記しているだけです。親御さんたちも「何のためにこれをやるか」と振り返れば、自ずと答えが出るはずなのですが、そこに気づきません。 

 ひとりのお母さんは「この子の幸せのためにやっている」と答えました。わが子に良かれと思ってやっているのです。 「将来困らないように今からやっている。それの何が悪いの?」、 そう考えてしまうのです。しかしそれでは、子ども時代の「今」が人生最高点に達する子を育てることにならないでしょうか。 

 早期教育に精を出す高学歴親の方々と、私とで一致する意見もあります。それは「子どもは可能性のかたまりだ」と考えている点です。 

 ただし、方法論が違います。わかりやすく言うと、そういう親御さんたちは「脳を育てる順番」を完全に間違えています。この「順番」を間違わなければ、子どもの可能性を引き出せるはずなのに。 

脳を育てる前にまず育てるのはからだ 

 人間が生きてゆく機能の大部分は、脳が担っています。ですから子育てイコール「脳育て」と表現していいくらいです。首がすわる前に言葉を話す子がいないように、脳の発達には段階があります。したがって、この脳育てにも守られるべき順番があります。 

 子どもが生まれてから5歳くらいまでに、まず「からだの脳」を育てなくてはなりません。寝る、起きる、食べる、からだをうまく動かすことをつかさどる脳です。これは主に、内臓の働きや自律機能の調節を行う視床下部などの間脳や脳幹部を含む部位を指します。 

 生まれたときは寝たきりで、昼夜関係なく泣いておっぱいやミルクをねだります。徐々に夜起きずにまとめて眠ってくれます。首がすわり、寝返りを打ち、おすわりをしてハイハイができるようになります。そのうち、朝家族とともに目覚め、夜になったら眠り、食事を3回とり、喜怒哀楽を表現し始めます。要するに、人が生まれてから最初に始まるからだと脳の発達です。 

 このからだの脳が育つ時期を追いかけるように1歳から「おりこうさんの脳」の育ちが始まります。主に、言語機能や思考、スポーツの技術的なもの(微細運動)を担う大脳新皮質のことです。小中学校での学習を中心にぐんと発達しますが、当然ながら個人差があります。おおむね18歳くらいまで時間をかけて育ちます。 

 最後に10歳から18歳までにかけて育つのが「こころの脳」です。大脳新皮質のなかでも最も高度な働きを持つ前頭葉を用いて、人間的な論理的思考を行う問題解決能力を指します。 

 このように3段階で脳は育つのですが、多くの親たちが「からだの脳」を育てずに、「おりこうさんの脳」と「こころの脳」の機能を求めています。それが、高学歴親が子育てでつまずく大きな要因です。 

 ある家庭では、フルタイムで働きながら複数の幼児教室に通わせるために、お母さんはいつも時間に追われていました。3〜5歳ごろの夕食は20時過ぎが普通で、それからお風呂、一休みして布団に入るのは早くて22時、時には23時になっていたそうです。これは「おりこうさんの脳」が育つのに反して、「からだの脳」はしっかり育っていないアンバランスな状態です。 

 結果、問題行動がどんどんひどくなっていきました。小学校のクラスの友達に手をあげる、宿題をしてこない、キレて食器や家具を投げる……。 

 そこで私たちは「夕食の開始時刻は、毎日夜7時にすること」「21時までに寝ること」を提案。徐々に自主性が見え始めるようになり、中学生になるころには生き生きした姿をみせてくれるようになりました。 

 ここでの脳育ての失敗の原因は、幼児期に「からだの脳」を育てることを軽視したことにあります。 

 子どもは、親の言動を見て育ちます。早寝早起き朝ごはんを大事にしている。それを実現すべく頑張ろうとしている親かどうか、ともに生活するなかで価値観が刷り込まれていきます。 

 物事のとらえかた、発する言葉の内容、子どもに見せる表情、子どもとの遊びかたひとつとっても、子どもへの影響ははかりしれません。 

「詰め込みすぎ」は子どもを追い詰める

「からだの脳」が育つよりも先に、「おりこうさんの脳」を育ててしまう。そうすると、幼少期は親の言うことをよく聞き優秀だった子どもが、小学校高学年以降に、不登校や不安障害など、こころの問題を引き起こすリスクが高まります。脳育ての順番を軽視すると痛い目に遭う、これは事実です。 

 「からだの脳」がしっかりとした土台を築き、その上に「おりこうさんの脳」、「こころの脳」が乗るのがよい脳育ちのイメージです。「からだの脳」が貧弱に育ってしまうと、後になって「おりこうさんの脳」や「こころの脳」をいくら積んでも、バランスを崩して倒れてしまう危険性があります。 

 たとえば、二階がリビングの戸建ての家に住むという前提で考えてみてください。 

 皆さんが求めているのは、リビングに置く素敵なソファであったり、大画面テレビだとしましょう。それらをほしいと思うのが間違いだとは思いませんが、一階(=からだの脳)の建物が二階(=おりこうさんの脳)に比べてあまりに小さいと、二階にいろいろなものを詰め込んでしまうと崩れ落ちます。もしかしたら詰め込まなくても、ほんの小さな地震で家は崩壊してしまうかもしれません。大震災が来たら、家族全員がつぶされてしまいます。 

 一階、つまりからだの脳がちゃんと出来上がっていれば、小学生の子どもは夜になったら寝て、朝になったら起きて「お腹すいた!」と言って朝ごはんを食べる。満足して幸せな気分になって「行ってきます!」と言って学校に行きます。 

 一見、普通に毎朝起きて学校に毎日行っている子どもであっても、実は朝はまだ半分寝ている子どもを無理やり起こしたり、空腹でない子どもにごはんを食べさせようとしている家庭のほうが圧倒的に多いことが小学校の調査からわかっています。 

 もしかして皆さんは、からだの脳(一階)育てがうまくいっていない暮らしのなかで、習い事やスポーツ(二階)を無理にやらせてはいないでしょうか。もちろん子どもがやりたいと言えばやらせたいのは親心です。能力を伸ばすことに力を尽くすことは構わないのですが、見落としてほしくないのが「バランスを欠いた脳になっていないか」です。 

 親御さんに「どんな子を育てたいですか」という話を聞くと、「とにかく丈夫であればいい」と言う人はほとんどいません。規則的に呼吸をして、心拍が速すぎもせず遅すぎもせず、筋力がちゃんとあって、危険から身を守れるぐらいの運動神経がある。夜になったらコテッと寝て、朝になったらパカッと起きて、いつもニコニコ元気いっぱい。そんな子がいいです、と言う親御さんに出会ったことがありません。 

 しかし、そこが一番大事なのです。そこを土台にすべてが作られるのですから。

成田奈緒子著『高学歴親という病』(講談社)

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この記事の著者
成田奈緒子

1963年、仙台市生まれ。神戸大学医学部卒業、医学博士。神戸大学医学部で山中伸弥氏と机を並べた同級生。米国セントルイスワシントン大学医学部、独協医科大学、筑波大学基礎医学系を経て2005年より文教大学教育学部特別支援教育専修准教授、2009年より同教授。2014年より子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表。主な著書に『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(講談社)、『高学歴親という病』(同)など多数

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