羽生結弦を巡る誤りの発信に「誤」はあっても「正」はなかった…宝だからこそ、大事だからこそ正確に伝える意味
その誤りの発信に「誤」の発信はあっても「正」の発信はなかった
「五輪2大会連続のメダル獲得は男子史上初」
これを踏まえて、「声を上げる」という意味で、書こうと思う。誤りは誰にでもあるが、その誤りの発信に「誤」の発信はあっても「正」の発信はなかった。どこが、誰か、といったことはいいだろう。問題の本質は、その先にある。
その前に、ほんの少しの前置きを許していただきたい。
私の生まれた年、1972年に札幌オリンピックがあった。もちろん私にリアルな記憶はない。
日本国内でオリンピックを開催するということは、普段見ることのできない選手を見る機会
いまや意思疎通は叶わない私の母、彼女は私をお腹に宿しながら家具調の白黒テレビ(我が家は恥ずかしながらカラーテレビになったのが遅かった)で、その札幌オリンピックの中継を見ていたのであろう。
それがNHKの中継だったのか、ニュース映像だったのかはわからないが、のちに母が語るフィギュアスケート選手にオンドレイ・ネペラという選手がいた。
まだ情報の少なく、海外の情報としてのテレビやラジオ、雑誌も限られた時代、日本国内でオリンピックを開催するということは、普段見ることのできない選手を見ることができる格好の機会だった。