“不器用の星”日本代表・浅野拓磨の数奇な人生…アンチ黙らせたドイツ戦奇跡のゴール「なぜ日本で低評価」

パルチザン入りに「落ちぶれた」「辺境落ち」

「あの名門、パルチザンに日本人が入るなんて」

 2019年の夏、筆者は浅野拓磨のパルチザン・ベオグラード入りを一人で喜んでいた。一人で、というのは筆者の周りで誰も喜んでいなかったからである。「落ちぶれた」「辺境落ち」そんな評価に「わかってないな」と思うしかなかった。

 筆者は冷戦期からの東欧サッカーのファンである。マティアス・ザマーを擁して旧東ドイツ最強だったディナモ・ドレスデンやチェコのボヘミアンズ(現・ボヘミアンズ1905)、ポーランドのレギア・ワルシャワなどが大好物だが、とくに旧ユーゴスラビアのレッドスター・ベオグラードとパルチザンの「ベオグラード・ダービー」に代表される両クラブは別格である。「バルカンの赤い星」レッドスターといえばJリーグでも活躍したドラガン・ストイコビッチの活躍で知られ、鈴木隆行選手が在籍したこともある。あのときも「レッドスターに日本人が」と一人色めき立ったが出場機会は得られなかった。

 しかし浅野拓磨は違った。いろいろな意味で有色人種には難しいとされる東欧、それも名門パルチザンでゴールという結果を出し続けた。日本では欧州の五大リーグとその他でかなりの差をつけたがる向きがあるが、それは正しいようで必ずしも正しくない。実際、東欧に多くの日本人選手が活躍の場を求めるが、多くは浅野のような成功をなし得ていなかった。先の鈴木しかり、三浦知良のクロアチア・ザグレブ挑戦しかり。ルーマニアで成功した瀬戸貴幸選手もそうだが、これはもう技術面は当然ながら最終的には向き不向きとしか言いようがない。浅野はまさにバルカンサッカーに「向いて」いた。それもフォワードとして。日本人には珍しい強引で、独りよがりで、それでいて当たり負けない身体能力とゴールの「匂い」という嗅覚と「執念」とを持ち合わせていたハンターだった。

サッカーエリートが味わった「度重なる不遇」

 そんな浅野がゆえに決して順風満帆とはいかなかった。いや、経歴だけを見ればエリートコースである。名門・四中工(四日市中央工業)のレギュラーとして高校サッカーのタイトルを総なめにしてサンフレッチェ広島に入団、2016年にはプレミアリーグのアーセナルFCに移籍する。労働ビザの関係でブンデス2部、シュトゥットガルトにレンタルとなり同クラブの1部昇格に貢献した。しかしその後に再レンタルとなったハノーファー96では怪我の影響で2部陥落、そこで流れ着いたのが日本人を安く買い叩き、あわよくば高く売りつけようと考えたパルチザンであった。

 東欧のクラブは名門であっても貧乏所帯である。浅野は愚直にパルチザンで点を取り続けた。理不尽なまでのあたりの強さと不可解な判定の繰り返し、筆者も経験があるが東欧の人種差別ははっきり言って酷い。それでも浅野はパルチザンで40試合21得点という驚異的なゴールハンターぶりを発揮して、ブンデスのVfLボーフムへの強引とも言える移籍に成功した。給料の未払いに端を発したこの顛末は、本人にとってみれば本当に辛くて嫌なものだっただろうが、これからも浅野拓磨らしくあるために必要な、ワールドクラスのメンタルに鍛え上げた。

ブンデスに戻っても日本国内の評価は芳しくなかった

 それでも浅野の評価は日本国内に限れば芳しくはなかった。「しょせんは東欧」「ブンデス出戻り」と揶揄され続けた。これまで結果は出しているにもかかわらず、どうにも浅野のスタイルは規律と序列が第一の日本人、とくに古い日本サッカーのファンからは敬遠された。会社人間が一頭上というこの国で、そのほとんどがサラリーマン人生と考えれば浅野が好かれるわけがない。そのくせ他人の仕事に対するリスペクトはてんで下手なお国柄である。

 プロサッカー選手でも勝手な成功モデルに当てはまっていなければ評価しない。そうでない確かな目を持っているファンもいるが、そんな人はやみくもに他者を持ち出したり極端な成功者を引き合いに出して比べるような愚行は端からしない。それでも浅野はゴールという結果を出すことだけに集中した。バルカンのサムライはブンデスのサムライとして返り咲き、そして2022年11月23日、ワールドカップの大舞台で、日本代表としてドイツを撃破する豪快なシュートを決めた。世界最高峰のゴールキーパー、マヌエル・ノイアーの壁をこじ開けた。日本はこの逆転弾でドイツを粉砕した。

ロシア大会落選でも、森保が期待していた「バルカン魂」

 思えば2016年、リオ五輪で2ゴールを挙げ、ロシアW杯アジア最終予選でも得点した。それでもワールドカップに出られなかった。いつも結果を出しているのに肝心なところで評価されない。こうした苦労に苛まれる「不器用な星の下に生まれる」人物は確かにいる。

 しかし浅野は好かれる人にはとことん好かれる。たとえば森保一日本代表監督だろう。サンフレッチェの監督時代から浅野を評価していた。彼もまた結果の人だ。その割にはいわゆる「にわか」の受けは悪く「無能」「辞めろ」どころかもっと酷い言葉も平気でSNSの検索上位に並ぶことは日常だった。浅野もそうだった。「足が速いだけ」という無茶苦茶な貶めまで普通に散見された。

 いまや連中は手のひらくるくるで称賛している。もう浅野を不当に貶める連中は黙った。結局、遅かれ早かれ結果を出し続ける人が勝つ、主役はいつでも叩かれる側であり、叩く側など永遠の脇役である。ゴールを決めた浅野は感極まったように見えたが、それは浅野が泥臭く培ったあの名門パルチザンにおける栄光と不遇、それでも負けることのなかった「バルカン魂」の発露であった。

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この記事の著者
日野百草

1972年生まれ。日本ペンクラブ広報委員会委員。出版社勤務を経て国内外における社会問題、政治倫理を中心に執筆。大学院で芸術学を専攻、昭和史における人物評伝およびフィギュアスケートなどの舞踏芸術に関する論考も手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨・波郷・兜太に愛された魂の俳人』他。

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