1億総貧困社会で70代も普通に「バリバリ働く」時代に…早期退職vs定年再雇用、正解はドッチだ

 定年後も働き続けることが当たり前になる時代、「定年後は年金に加えて月10万円ほど労働収入があれば家計は十分に回る」とリクルートワークス研究所研究員の坂本貴志さんは言う。総務省「国勢調査」によると、2020年における70歳男性の就業率は45.7%。すでに半数近い70歳男性は働き続けるという選択を行っている。意外と知られていない、定年後の仕事とお金の実態とはーー。(第1回/全3回)

※本記事は、坂本 貴志著『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)より抜粋・再編集したものです。

第2回:ホンダ、パナソニック、博報堂…頻発する早期退職「いくら貯金があれば辞めてもいいのか」
第3回:「ハローワークは嫌だ」肩書きと年収が捨てられない…スキルはないがプライドはある中高年の末路

60代の勝ち組は「年収300万円」の現実

 安定した老後を送るためには、なんといっても経済的な裏付けが欠かせない。果たして現代の定年後の就業者はどのくらいの収入を得ているのか。

 国税庁「民間給与実態統計調査」によれば、2019年の給与所得者の平均年収は436.4万円となっている。この調査には、国内で働くすべての給与所得者が含まれており、フルタイムで正社員として働く人はもちろん、パート労働者なども含まれた数値となっている。

 給与所得者の平均年収は、20〜24歳の263.9万円から年齢を重ねるごとに右肩上がりで上昇し、ピークを迎えるのが55〜59歳の518.4万円となる。そして、多くの人が定年を迎える60歳以降、給与は大きく減少する。平均年間給与所得は、60〜64歳には410.7万円、65〜69歳では323.8万円、70歳以降は282.3万円まで下がる。

 図1は、2019年の平均年収と、現在の年齢区分で比較可能である最も古い年次である2007年における平均年収を示している。

[図1] 給与所得者(年間勤続者)の平均給与

(出典)国税庁「民間給与実態統計調査」

 定年後の就業者について、2007年当時の給与水準と比較すると、はっきりと上昇している年齢区分は存在しない。高齢者人口の増加や労働参加の促進によって高年齢者の就業者数は増えていることから、厳密に言えば高い収入を稼ぐ人の絶対数も徐々に増えているとは考えられるが、まだまだ定年後の就業者の平均的な収入水準は低いと言えそうである。

 この調査が集計しているのは、民間給与所得者でかつ1年間を通して就業している人の給与額の平均値である。現役世代の収入については給与所得者のデータで概ねその全体像がわかるが、高齢就業者は自営業者であることも多く、サラリーマンとして給与を得る人はそこまで多くない。

 定年後の支出額は定年前と比較して大きく減少する。そして、60代中盤以降はなんといっても年金給付が受けられる。結局、定年後にいくら稼ぐべきなのか。すでに引退して労働収入がない世帯の家計収支の差に着目することで、定年後に必要な収入の額を導き出す。

 家計の収入と支出を比較し、その差額を算出したものが図2である。

[図2] 家計の収入と支出の差

(注)2人以上世帯(60代後半以降は無職世帯の前提)。2019年の値
(出典)総務省「家計調査」

 若い頃から歳を取った時までの家計収支全体の推移をざっくりと見ていてわかるのは、生涯を通じて家計の支出額と収入額は強く連動しているということである。つまり、収入が増えればその分支出を増やそうとするし、支出が増えるのであればその分稼ぐ必要が生じる。

 家計の収入と支出には双方向に因果関係が働いている。こうしたなか、ここで着目したいのは、まず家計に必要となる支出額が先にあって、それに連動して収入が増減する流れである。なぜなら、先述の通り40代、50代で教育費や住居費が急増することは、多くの世帯にとって不可避であるからである。

早期退職、定年後再雇用、第二のキャリア…どの利益が最も大きいのか

 各企業で定められている退職給付金の算定ルールや所得税法等における退職所得の課税方法などを見ると、勤続年数が長ければ長いほど有利な設定がなされていることがわかる。こうした社会制度は今後緩やかに変えていくことが社会的には望ましいが、現状の制度を前提にすれば、長期雇用の個人としての経済的な利益は少なくないと考えられる。

 定年を前に長年勤めてきた会社を離れて第二のキャリアを歩むことが望ましいかどうかはその人の置かれた状況によってケース・バイ・ケースであり、どちらが良いかを一律に決めることはできない。早期退職をした後に十分な稼ぎを得られる見込みがあれば、セカンドキャリアに向けて果敢に挑戦していくべきであるし、会社に残ったほうが利益が大きいのであれば、そのまま今いる会社で働き続けることを考えてもよいだろう。

 逆に無計画に会社を飛び出したり、現在の会社で働き続けることを無条件の前提として考えることは好ましくないということである。いずれにせよ、キャリアの後半戦においては、目の前にある選択肢のなかから主体的に仕事を選択していく意識はやはり重要なのだと思う。

 会社に残ることを選択するのであれば、そこで与えられた役割にかかわらず、まずは自身ができる限り最大限のパフォーマンスを仕事で発揮することが必要だろう。そのうえで、家計の観点からは、給与が高い時期にこれまで低く抑えられてきた報酬分をしっかりと回収しておく。そうした考えが「定年前の基本」となる。

脱・老後破綻。定年後に稼ぐべきは「月10万円」でいい

 定年後の家計に目を移していくと、仕事から引退した世帯の65歳から69歳までの収入額は、合計でおよそ月25万円となる。その内訳は、社会保障給付(主に公的年金)が月19.9万円、民間の保険や確定拠出年金などを含む保険金が月2.7万円、そのほかの収入が月2.2万円である。一方で先述の通り支出額は32.1万円であるから、収支の差額はマイナス7.3万円となる。

 壮年期には世帯で月60万円ほどの額が必要とされる労働収入であるが、定年後は年金に加えて月10万円ほど労働収入があれば家計は十分に回るということがわかる。

 月10万円稼ぐにはどのくらい働けばいいか。時給1000円の仕事につくのであれば、月100時間働く必要がある。この場合、たとえば、週4日勤務で1日6時間、もしくは1日8時間働くのであれば週3日勤務することになる。これが、時給1500円になれば同じ勤務体系でもう5万円追加で稼げる。

 そこまで稼げれば平均的な世帯と比べても十分に裕福な暮らしができるのが現実なのである。また、黒字額も生じることから、働けなくなる頃に備えてさらに貯蓄を積み立てることもできる。定年後の収入額の中央値は100万円台半ばであるというデータがあったが、これは冷静に考えれば、多くの人にとってはその程度の収入で生活が営めるということにほかならない。

 さらに言えば、夫婦がともに月15万円から20万円を稼ぐことができれば世帯で月30万円超の収入となるため、そもそも年金の給付を受ける必要がなくなる。厚生年金を含む公的年金の支給開始年齢はまもなく65歳で統一されるところであるが、同年齢は本人の意思で繰り下げあるいは繰り上げすることが可能である。

長生きリスクには「投資」と公的年金の「繰り下げ受給」で対策を

 厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報」によれば、令和2年度における老齢厚生年金の繰り下げ率は1.0%。現状、繰り下げ受給を選択する人はごくわずかである。

 しかし、65歳以降も一定額の収入を無理なく稼ぐことができるのであれば、年金の繰り下げ受給はもっと積極的に検討してよいのではないか。2020年5月に成立した年金制度改正法においては、年金の受給開始時期の選択肢の拡大が行われ、年金の受給開始時期を60歳から75歳までの間で選択できるようになった。

 さすがに75歳まで繰り下げられる人は少ないだろうが、自身の可能な範囲で年金の受給年齢を遅らせることで、高齢期の生活をより豊かなものにすることができる。

 高齢期の家計における最大のリスクは、当初の予定より長生きしてしまう可能性にあると言える。もちろん、このリスクに対応するために、ストックとしての貯蓄をするという選択肢や、投資によって資金を増やすという選択もあり得る。

 しかし、高齢期のリスクに対して最も有効な対策は、月々の収入のフローを増やすということではないだろうか。それにあたって最も信頼に値するのが公的年金であることに異論はないだろう。そう考えると、多くの人が現実的に取り得るあらゆる選択肢のなかで、最も人生のリスクに強い選択の一つが、公的年金の受給開始年齢の繰り下げだと私は考える。

 将来は年金財政がひっ迫して年金がもらえなくなるのではないかという人もいるが、過度な心配をする必要はない。仮に、現在平均的な世帯で月20万円もらえている年金支給額が、年金財政の悪化によって月数万円程度減額となったとしても、このような対策を考えておけば平均的な家計は十分に持ちこたえられると考えられる。

坂本貴志著『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)

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この記事の著者
坂本貴志

リクルートワークス研究所研究員・アナリスト。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。著書に『統計で考える働き方の未来――高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)、『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)がある。

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