ホンダ、パナソニック、博報堂…頻発する早期退職「いくら貯金があれば辞めてもいいのか」

 「寿命の延伸や賃金、退職金、年金など個々人の経済環境が厳しくなっていき、高齢期の就業率は近年大幅に上昇している」というのはリクルートワークス研究所研究員の坂本貴志さん。長年勤めた企業で定年を迎えるときの「退職給付金」や早期退職による「割り増し退職金」をめぐる現状から、その家計・貯蓄事情まで、シニアを中心とした約4000人に対して行った調査とともに紐解く。(第2回/全3回)

※本記事は、坂本 貴志著『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)より抜粋・再編集したものです。

第1回:1億総貧困社会で70代も普通に「バリバリ働く」時代に…早期退職vs定年再雇用、正解はドッチだ
第3回:「ハローワークは嫌だ」肩書きと年収が捨てられない…スキルはないがプライドはある中高年の末路

40代、50代で早くも迫られる「早期退職」は当たり前の時代に

 退職金額の推移をみると、2013年から2018年までの間、勤続年数が20〜24年では826万円から919万円に、25〜29年では1083万円から1216万円と、比較的短い期間の勤続年数の社員の退職金が増えている。これは企業が早期退職による退職金額を相対的に増加させているからだとみられる。

 過去、リーマン・ショックによる景況感の悪化に応じて、多くの企業で早期退職が行われたのと同様に、近年、コロナ禍における業況悪化に伴い、早期退職が増える傾向が見て取れる。

[図1] 早期退職の実施企業数と実施人数

(出典)東京商工リサーチ

 また、早期退職実施企業数の増加はコロナ禍の影響も大きいものの、黒字であっても早期退職制度の導入に乗り出す企業が増えていることも昨今の特徴としてあげられる。2021年に早期退職勧奨の実施が報道された企業を見ると、ホンダ、パナソニック、フジテレビ、JT、博報堂などがあるが、これらの企業は必ずしも経営危機の状態にあるわけではない。

 それでもなおこれらの企業が早期退職勧奨の実施を決めた要因として、社員の年齢構成の偏りを解消するためと説明されているケースが散見される。また、デジタル化の進展によって中高年社員のスキルが陳腐化しているからといった、ビジネス環境の激変を理由としている企業も多い。

 年齢構成の均衡の確保という意味では、早期退職勧奨の流行の裏には高年齢者雇用の負担感の強まりも影響していると考えられる。60歳で定年を迎える時代であれば、50代中盤の社員の残りの会社員人生はわずか5年であったから、財務に余力がある企業であれば、わざわざ早期退職を募る必要はなかった。しかし、将来的には70歳までの雇用が企業責務となると予想されるなか、高年齢者雇用の人件費負担は企業に重くのしかかっているのである。

住宅ローン、教育費を支払い続けた現役60代のリアルな貯蓄事情

 定年後の家計は意外と慎ましいものであり、定年後の仕事で小さく稼ぎ続けることができれば生活に困窮することはない。その一方で、歳を取れば誰しもが健康に働けなくなる時期が訪れるのだから、そのときに備えて十分な資産を形成しておくことも大切である。人生の最終期に向けて人々はどのくらいの貯蓄をしているのか。

 以下の図は、2019年における2人以上世帯の純貯蓄額(貯蓄から負債を引いた額)の平均値と、その内訳を取ったものである。

[図2] 純貯蓄額の平均値と内訳

(注)2019年の値
(出典)総務省「家計調査」

 年齢階層別に貯蓄と負債の推移をみると、一般的な家計では20代から30代に負った借入金を徐々に返済し、高齢期に向けて貯蓄を増やすといった行動をとる。

 負債の大半は住宅・土地に関するものである。住宅・土地に関する負債の額は30代の平均値で1337万円。これは住宅を購入していない人や親から贈与を受けた人なども含まれた数値であり、実際に住宅ローンを組んだ人に限れば負債額はさらに大きくなると考えられる。

 負債額は年齢を重ねるごとに縮小していく。40代では1052万円、50代に578万円、60代には190万円まで減少し、定年後にはほとんどの家計が住宅・土地に関する負債を完済することになる。

 純貯蓄額は年齢を重ねるごとに増える。年齢階層別の純貯蓄額の推移をみると、30代で665万円の負債超過であったものが、40代で負債超過の額は48万円と貯蓄と負債がほぼ均衡、その後は50代で1052万円、60代に2080万円まで純貯蓄が増える。

 金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」では、家計の資産の状況をより詳細に捕捉しているが、2020年度の調査において、60代の金融資産の平均額は2154万円、中央値は1465万円と、概ね家計調査と整合的な結果となっている。

 なお、貯蓄の額については、一部の資産家の数値が平均値を大きく引き上げる傾向があるため、平均値と中央値には大きな乖離が生じる。平均的な60代の家計が有する資産は、中央値の1500万円程度だと考えられる。

無職・貯金だけで生き抜けない「バラ色の定年ライフ」は夢のまた夢

 先の数値は、一時点における各世代の貯蓄額の平均値である。これが、すなわち各家計の生涯を通じた貯蓄の増減を表しているとは限らない。特に資産の多寡は生涯の給与の積み重ねでもある。このため、現在の高齢世代と現役世代の世代間の違いを無視することはできない。現在70代以上の世代はバブル経済を経験した世代でもあるから、そもそもとしてその下の世代より裕福な傾向があるとも考えられる。

 年齢による効果と世代による効果の違いを検証するため、60代世帯の長期的な純貯蓄額の分布の変化を取ったものが下記の図である。

[図3] 純貯蓄額の分布の推移

(出典)総務省「家計調査」

 貯蓄額の分布は長期的に驚くほど安定している。60代の上位20%世帯の純貯蓄額は3000万円台半ばである。上位40%世帯は2000万円、下位40%世帯が1000万円、下位20%世帯が300万円程度の額となっており、いずれの年度においても、純貯蓄額はほぼ一定で推移している。

 ここ数十年で、退職金の減少や中高年の賃金水準の低迷、年金の支給開始年齢の引き上げなど家計にとっては厳しい状況が続いている。にもかかわらず、多くの人の高齢期の資産水準はそれほど変わっていない。これは、近年急速に進んでいる女性の労働市場への進出や高齢期の労働参加によって家計収入を増やし、年金の受給開始年齢の引き上げなどの負の影響を相殺しているからだと考えられる。

 逆に言えば、経済状況が厳しくなれば、個々の家計は資産を維持するためにも働ける限りは働くという選択をするのである。家計経済と就業の意思決定は密接に関わりあっていて、近年の家計経済の変化が生涯現役の流れを形成しているものと考えられるのである。

70歳まで働き、90歳まで慎ましく生きるために必要な貯蓄は1000万円

 こうしたなかで、世の中の多くの人が関心を持つのは、一体どの程度の資産を持てば高齢期に安心した暮らしができるかということである。

 当然、高齢期の生活は人によって大きなばらつきがある。比較的早期に亡くなる人もいれば、高齢期に大きな病気にかかり要介護状態となってしまうことで、施設への長期にわたる入所が必須となる場合もある。こうした様々なリスクすべてに完全に対応することは現実的には不可能である。

 しかし、高齢期に臨時的に必要となる支出も踏まえ、70歳を超える程度まで無理なく働いて残りの20年程度を働かずに過ごすと想定したときには、平均的な年金給付額に概ね1000万円程度の貯蓄があれば、統計上は現在の高齢世帯が送る平均的な暮らしが実現できると考えられる。

 統計データで見ると、現実的には高齢期にはそこまで貯蓄は急激に減ってはいかないのだと推察される。最終的に各世帯が死亡時にどのくらいの資産を残しているのかについて信頼できる統計データは少ないが、多くの世帯がそれなりの資産を残して人生を終えるのだと考えられる。

 こうしたデータから定年後の就労に関する行動メカニズムを推察すると、まず貯蓄に関する実際の基準は人によって様々なのだと考えられる。リスク回避的な人、もともとの消費水準が高くて老後の消費水準も高いレベルを期待する人などは、老後に備えて多額の貯蓄を形成したいと考えるだろう。逆に、リスク愛好的な人、消費水準がそこまで高くない人などは、ある程度のレベルの貯蓄額で満足をする。

 結果的には、個々の基準に即して、自身が十分に安心できる貯蓄水準に到達してから引退するという形で、高齢期の就労の意思決定がなされているのだと考えられる。本来は「老後は 2000万円の貯蓄が必要だ」などと言うことができれば、それが最もわかりやすいが、厳密にいえば消費水準は人によって大きく異なり、貯蓄がこれだけあれば必ず大丈夫だという基準があるものではない。

 実際の個人の行動を見ていると、個々人の事情に応じて、これだけは貯めておきたいと考える漠然とした貯蓄水準があって、そこまでは働き続けるという考え方が実態に近い。高齢期の就業率は近年大幅に上昇しているが、これは寿命の延伸や賃金、退職金、年金など個々人の経済環境が厳しくなっていくなかで、高齢期の資産形成のために定年後も長く働き続ける人が増加したのだと解釈することができるのである。

坂本貴志著『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)

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この記事の著者
坂本貴志

リクルートワークス研究所研究員・アナリスト。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。著書に『統計で考える働き方の未来――高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)、『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)がある。

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