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本当にとんでもない男をこの国は、人類は、いや21世紀という時代そのものが抱えてしまった…偉大なる羽生結弦「忘れないでほしい」という矜持の発露【FaOI2024】

日野百草 ファンしか知らない羽生結弦

目次

歴史の人になることを必然づけられている存在を書く

 FaOI2024幕張初日当日。

 最寄り駅の海浜幕張駅はFaOIに集うフィギュアスケートファンと『あんさんぶるスターズ!!』に集うファン、そしてZOZOマリンスタジアムのロッテVSソフトバンク戦のプロ野球ファンとで楽しさあふれる、人もあふれまくる状態にあった。それでもみな整然と並び、ホームからそれぞれのお目当てへと向かう。

 FaOIはフィギュアスケートのお祭りだと思っている。肩の力を抜いて、こう、一流のフィギュアスケーターの「氷演」を楽しむものだ。

 幕張公演の出演は羽生結弦、ステファン・ランビエル、ハビエル・フェルナンデス、田中刑事、山本草太、アダム・シャオイムファ、デニス・バシリエフス、中田璃士、宮原知子、青木祐奈、上薗恋奈、ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン、パイパー・ギレス& ポール・ポワリエ、メリー・アゼベド& アルフォンソ・カンパと錚々たるメンバーが揃った(表記および並び順はFaOI公式に倣う)。

 ここまで書いて――いわゆる羽生結弦の「座長」公演と違い書き方が難しいことは前回書いたが、私は本連載で誤った「平等主義」で書くつもりはないし、ましてや演者を比べるような愚行はしない。だからこそ先の「羽生結弦は別格だった」である。

 もちろん、私の感想でしかないが私の感想を書く場所でもあるので構わないだろう。ここは「プロフィギュアスケーター・羽生結弦」というアスリートでありアーティスト、そしてエンターテイナーでもある時代の子、歴史の人になることを必然づけられている存在を書く場なのだから。だから羽生結弦オンリーで書かせていただく。

「期待を裏切らない」は羽生結弦の前提にない

 とにかく羽生結弦が楽しそうで、本当によかった。これは何度書いてもいい。本当に楽しそうで、みんなと一緒に一演者として滑る、演じる喜びに満ちあふれていた。怪我の心配もあったがまったく感じさせることはなかった。

 羽生結弦は全力だ。前のめりに全力で、それはプロ転向後の「成功しか無い」興行における絶対的成功者であっても変わらない。

 その全力のひとつに「とにかく驚かせる」があるように思う。「期待を裏切らない」は羽生結弦の前提にない。むしろ期待というか、想像を上回ることが羽生結弦という存在そのものであるかのように「この程度だろう」が存在しない。こちらも「この程度かな」と思うとやられる。羽生結弦はすべてを上回ってくる。

「忘れないでほしい」という矜持の発露

 その最たるものを今回も観た。それもいきなり、そう、『ダニーボーイ』である。

祈りと希望の『ダニーボーイ』――真っ白な羽生結弦が浮かび上がる。3T、3Loの美しさとダイナミズムはもちろんだが、羽生結弦の氷上舞踏、なんと美しいことだろうと改めて思う、何度も思ってきたがいつも新鮮だ。私も『notte stellata 2024』現地で観たはずなのにまた新たな『ダニーボーイ』と出会える。

 羽生結弦のプログラムとしてのみならず、フィギュアスケートの歴史、いや舞踏芸術の歴史においてこの『ダニーボーイ』は名プログラムとして刻まれることだろう。

 そして『ダニーボーイ』を披露することもまた羽生結弦の芸術表現における社会性――あの震災の記憶と生きたかった人、生きてゆく人の物語を祈りと希望、そして「立ち向かう」という強さを語り継いでゆく「忘れないでほしい」という矜持の発露と思う。FaOIであえて『ダニーボーイ』にはそうした意味もある、私はそう感じた。

しかし「その最たるもの」はまだ隠されていた

 すべての観客を真っ白な美の陶酔に引き込んだ羽生結弦。しかし「その最たるもの」はまだ隠されていた。

 私は「これは大変な革新をまた見せられる」と構えすらした。あの『阿修羅ちゃん』のときもそうだった。羽生結弦のプログラムには常に革新しかないのは必定だが、この日本の世界に誇るサブカルチャー文化全体を一段も二段も上げる、歴史における文化レベルを押し上げるプログラムこそ『阿修羅ちゃん』だった。あの時と同じ衝撃が、私に押し寄せる。

 流れて来たのは『機動戦士ガンダムSEED』の挿入歌、西川貴教『Meteor』(ミーティア)――ああ、羽生結弦、本当にとんでもない男をこの国は、人類は、いや21世紀という時代そのものが抱えてしまった。

(続)

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この記事の著者
日野百草

1972年生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て国内外における社会問題、政治倫理を中心に執筆。大学院で芸術学を専攻、昭和史における人物評伝およびフィギュアスケートなどの舞踏芸術に関する論考も手掛ける。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。著書『評伝 赤城さかえ 楸邨・波郷・兜太に愛された魂の俳人』他。

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