なぜ大谷翔平は全米のママに愛されるのか…東洋人でも「トム・クルーズっぽさ」にメロメロ「在ロス広告大店社長が語る“異次元”のすごさ」

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 日本の大スター・大谷翔平。一方で在米35年のマーケター、岩瀬昌美氏によると、日本とアメリカでの“大谷人気”の背景は少し異なっているという。アメリカでの「大谷人気」の実情と、アメリカ人が大谷をどう見ているかについて、岩瀬氏が語る。

※本稿は岩瀬昌美著「大谷マーケティング 大谷翔平はなぜ世界的現象になったのか? 」(星海社新書)から抜粋、再構成したものです。

第2回:実際の大谷人気はどれほど?在米35年のマーケターが実際に見た“大谷フィーバー”

第3回:在米35年のマーケターが語る、大谷の妻・真美子さんが米国人女性から憧れられない理由

目次

広告収入はMLBでもダントツ

 大谷翔平はたしかにアメリカでも評価されています。

 しかし野球人気が低迷する中で、どうしても日本人が想像する「誰もが憧れるスーパースター」というよりは、「知る人ぞ知るスーパースター」という印象です。アメリカの調査会社YouGovによると、2025年4月21日現在、大谷翔平のアメリカでの知名度は53%でMLB全体の7位です。

 それでも、彼がすごいことには変わりありません。

 大谷は2023年秋、ロサンゼルス・ドジャースと10年7億ドル(当時のレートでおよそ1015億円)の契約を結んだことが話題を呼びました。これは当時MLB史上最高額でした(のちに2024年、ファン・ソトがニューヨーク・メッツと15年7億6500万ドル(当時約1162億円)の契約を結び記録は更新されました)。

 それよりもマーケターとして気になるのは彼のエンドースメント(広告収入)です。2023年の大谷選手のエンドースメント(広告収入)は4000万ドル(当時約62億円)と言われており、当時のアメリカの野球界では断トツのナンバーワンでした。2024年はその額がさらに増え、7000万ドル(当時約109億円)にまで膨張し、スポーツメディア「Sportico」によれば2025年には1億ドル(約145億円)にも上るといいます。これは野球選手としては破格のエンドースメントです。

 というのも、契約金で大谷の記録を破ったソトのエンドースメントは2025年で700万ドル、ヤンキースのアーロン・ジャッジも700万ドル。フィラデルフィア・フィリーズのブライス・ハーパーですら1000万ドルとされています。他の人気選手と比べると、大谷選手の1億ドルにも及ぶエンドースメントがいかに異例かがわかると思います。ちなみに今ここにあげた3選手はいずれもYouGovの知名度ランキングでは大谷より上位です。

広告収入のほとんどは日本企業

 ではなぜ、大谷の広告収入はこれほどまで高いのでしょうか。

 実は、アメリカでは日本のように、街中あらゆるところに大谷の広告が出ているという状態ではありません。

 私は市場調査の一環で、アメリカの現地スーパーのレジ横棚にどんな雑誌が並んでいるのか日常的に調べていますが、置いてある雑誌を数十種類全て確認しても、大谷選手が表紙を飾っている総合雑誌がないこともザラにあります。大谷が結婚したとき、子供が生まれたときも、雑誌の表紙に大谷の文字はありませんでした。

 他方で日本ではどうでしょうか。日本の雑誌だとスポーツ誌だけでなく女性週刊誌まで表紙に大谷を起用しており、もはや日本人で彼の顔を知らない人はほとんどいないのではないかというレベルの著名人です。

 つまり実は、大谷のエンドースメントを支えているのはセイコーやコーセーといった日本企業による出稿なのです。そしてそのほとんどは米国ではなく、日本国内向けに制作されたものです。例えば大谷とコーセー「雪肌精」のキャンペーンはここアメリカの日系スーパーでもポスターが貼ってありましたが、逆に言えば日系のスーパー以外で私は見かけたことがありません。また、伊藤園の大谷ポスターも2025年4月現在、アメリカでは日系スーパー以外では見ていません。

 これを聞いてショックを受ける日本人のファンがいるかもしれません。

 いえ、待ってください。そもそも野球人気が落ちている中、これだけの広告収入を得る日本人はそうそういません。

米企業の大谷起用は日本人初の快挙

 それでも最近では、大谷はアメリカ国内向けの広告にも出るようになりました。その代表例がスポーツアパレルのニューバランスです。大谷とニューバランスは2023年1月31日に契約を結んだことを発表しました。

 このディールを聞いたとき、私は「また日本マーケット向けの広告だろう」と予想しました。しかし2023年の5月、NBA中継で大谷が出演するニューバランスのCMが流れ、衝撃を受けたのを覚えています。

 アメリカでは4月から6月にかけて、NBAのプレーオフに大熱狂します。私が住むロスのホームチーム、ロサンゼルス・レイカーズも2023年のプレーオフに進出しており、子供も夫もレイカーズの試合に釘付けです。普段はあまりテレビを観ないのに、レイカーズのプレーオフの試合が始まれば夫が遠慮がちに「7時だからチャンネルを変えていい?」と言います。

 そんなふうにアメリカ中がNBAを観戦しているとき、急に大谷の顔がアップで放送されました。

「え、試合の途中でニュース?」と思ったら、実はニューバランスのテレビCMだったのです。この快挙には長年アメリカでマーケターをやってきた日本人として大興奮しました。

 ロサンゼルス・タイムズによると、レイカーズの試合はプライムタイム(視聴者が最も多いとされる午後7時から午後11時)では視聴率は常に1位近辺です。その視聴率ナンバーワンのタイムスロット(テレビCM枠)に大谷の広告です。これは、日本人として史上初の快挙であると推察されます。そもそも日本人以外でも野球選手を起用したテレビ広告はそんなに見ませんから。

 野球というスポーツがアメリカでは逆境にあるというハンデを抱えながらも、大谷は少しずつアメリカ向けの広告に起用されるようになってきているのです。

 大谷が今後も活躍を続ければ、アメリカ向けの広告もますます増えることになるでしょう。あと数年は彼のMLB「最高スポンサー収入」の地位は揺るがないと見られ、日本の広告主を抜きにしてもMLBでトップをキープするはずです。さらに野球は40代でも現役の選手がいるなど、バスケットボールやアメリカンフットボールに比べると競技人生が長いです。それもまた彼のマーケットバリューを底知れぬものにしています。

アメリカ人は大谷を「よくできた息子」と見ている

 では一体、大谷にどんな広告価値があるのでしょうか。アメリカのマーケターとして言えるのは、俳優のトム・クルーズに通じるオールアメリカンなイメージが大谷にあるということです。

 たしかに、彼は試合後のインタビューは日本語で話していますし、いわゆるアジアン・アメリカン=アメリカ生まれの東洋人というイメージもありません。しかし彼にはアメリカの「ノスタルジックな野球少年」を思わせるクリーンなイメージがあるのです。

 とにかく野球をするのが大好きで、いつも爽やかな笑顔で、勝っても負けても腐らない――そういう「アメリカの礼儀正しい野球少年」的オーラを大谷選手は放っており、全米国民(特にママたち)は自分の子供を応援するように大谷選手を応援してしまうのです。球場にゴミが落ちていれば拾いますし、不調でもベンチで暴れませんし、とにかく「よくできた息子」なのです。

 アメリカでは元来、特にアッパー層の価値観では「男の子はジェントルマンであれ」とよく言われます。そしてジェントルマンとは思いやりのある礼儀正しい人のことを指します。最近はアメリカでもお行儀のよくないセレブもいますが、やはり子供にスポーツを習わせたりするアッパー層には、子供にはただお金があるだけでなく、ジェントルマンであることが求められます。そして、そのジェントルマンを体現しているのが誰あろう大谷なのです。

 それゆえ、野球では選手個人よりチームにファンがつく傾向がある中で、大谷選手の場合はドジャースファン以外にも多くのファンがいます。そしてそこに多くのマーケターが今、目をつけています。

 もう一つ大谷の広告イメージを語る上で欠かせない点があります。それは昨今のアメリカが抱える人種問題に対するポジティブな「ダイバーシティ・イメージ」も、広告主は大谷選手に期待しているということです。

 以前、とある野球解説者が大谷選手をめぐるコメントの中で、いつまでも通訳を使っているのを揶揄したことがありました。しかし、結局そのコメントは撤回され、解説者は謝罪をすることになりました。この例一つ取っても、英語ができない移民への偏見と、それを是正しようという動きのせめぎ合いがあるのがわかります。

▽プロフィール

マーケター。カリフォルニア州立大学サンディエゴ校で修士号取得後、同大学ロングビーチ校でMBAを取得。米国大手通信会社AT&Tのマルチカルチュラルマーケティングマネージャー、米国初のオンラインデリバリーサイトKozmo.comのフード・ビバレッジディレクターを経て、2002年ロサンゼルスでマルチカルチュラルマーケティング広告代理店MIW Marketing and Consulting Group, Inc.を設立。近年は女性のキャリアと子育ての両立支援のためライフワークインテグレーションを提案し、多数の講演やメンターとしても活動。株式会社ペンシル社外取締役、一般社団法人日本オムニチャネル協会シニアフェローも務める。今年で在米35年。

岩瀬昌美著「大谷マーケティング 大谷翔平はなぜ世界的現象になったのか 」(星海社新書)

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この記事の著者
岩瀬昌美

ロサンジェルスで日本企業の海外進出のサポートを行うマルチカルチュラル広告代理店「MIW Marketing and Consulting Group, Inc」 CEO/PRESIDENT。今年で創業20周年を迎える。在米30年。名古屋出身。カリフォルニア大学サンディエゴ校で学芸修士、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校で経営学修士を取得。2017年 できるアメリカ人11の「仕事の習慣」 日経プレミアシリーズ 日本経済新聞出版社より出版。 2019年Shoku-Iku USA (非営利団体)設立。2012年より米国にて子ども向けクッキングクラスや記事の執筆で食育プロジェクトを推進。

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