「いま」「ここ」という喪失なきアウラへ…羽生結弦『RE_PRAY』横浜公演アンコール上映(3)

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「いま」「ここ」はいつでも新鮮
モリタウンを抜けてMOVIX昭島へ。
羽生結弦と共にあるアウラーー「いま」「ここ」はいつでも新鮮だ。
『Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOUR 横浜公演 アンコール上映』。
横浜、か。
横浜、2024年2月19日の千秋楽、追加の宮城公演はまだ発表されていなかった。だから〈―追伸― さあ、休むまもなく『notte stellata』、共に祈りの日、約束の地でまた、会いましょう〉と書いた。
そして、こうも書いた。
〈私たちは勝った〉と。
ここで少し説明がいるかもしれない。少し長いが引く。
〈心なき厳しい仕打ちは続いた。しかし結果を出すことで羽生結弦は勝った。私たちもまた共にあり、この成功という「勝ち」の中にある。羽生結弦が多くの要らぬ苦難も抱えてきたこと、それは競技時代からずっと、であった。羽生結弦の魂を否定し、穢し、茶化しで貶めようとした。いまとなっては、すべて無駄な悪意であった。その悪意に対して勝った、単独公演とそのツアーの成功という驚愕すべき結果を出して。それは羽生結弦と共にある人々もまた胸を張って良いと思う。いや、そうあるべきである〉
思い返すのも苦しいが、2023年から2024年にかけての悪意ある報道は『RE_PRAY』ツアー中も続いていた。
横浜公演千秋楽、私はこうも記している。
〈激しい風雨の中、私が桜木町へ向かうデッキ上で、多くの羽生結弦と共にある人々と列をなす、その瞬間に私は「私たちは勝った」と思った。それほどまでに苦しいことがあった〉
まさしく「いま」「ここ」のアウラ
興行の成功は羽生結弦と共にある人々の戦いでもあった。それが最高潮に達したのがあの伝説の、私にとっても感慨深い佐賀公演であった。それを経て横浜千秋楽の〈私たちは勝った〉であった。
〈私たちは勝った。羽生結弦と共に、勝った。『RE_PRAY』という長き旅を終え、羽生結弦、そして共にある人々の凱歌こそ『私は最強』なのだろう。共に歌った。共に笑った。共に泣いた。そして、これからも共に私たちはある。羽生結弦と共に。かくして、羽生結弦の新しい神話が生まれた〉
この高揚感と達成感はいまも忘れない。
いまだにあの時を思うと興奮する。
「オリンピックをとったくらいの勢い」
と当時、羽生結弦はツアー完結の達成感を語っているが、芸術修士(MFA)でもある私にとって
〈大胆過ぎることは承知だが、羽生結弦はもしやすると、フィギュアスケートという総合芸術の場において、ひとりでこの「バレエ・リュス」を実現しようとしているのではないか。いや、実現してしまうのではないか。これまでの公演でたびたび「バレエ・リュス」を触れたが、羽生結弦という存在は「ひとりバレエ・リュス」を成し遂げかねない、私はそう思い始めている。だとするなら、それこそとんでもない歴史の瞬間を、時代を私たちは目撃し、それと共に歩んでいるのではないか、そう思うのだ〉
この、当時の高揚感はまさしく「いま」「ここ」のアウラであった。
この『RE_PRAY』の高揚感なくして「いま」の羽生結弦もまた語れない。
2年の時を経てーーアンコール上映を前にして、私はそれを想う。
2023年から2024年、11月4日から4月9日までの約5ヶ月という歳月を。
そしていま、2025年という「いま」「ここ」を。