花言葉は「希望」、そして「前へ」・・・「羽生結弦 notte stellata 2026」私たちの春が、来る。(7)

目次
Notte、これが羽生結弦なんだ
「羽生結弦 notte stellata 2026」
2026年のnotteはガーベラの花と共に。そう、前へ。
震災、戦争、疫禍ーーことによっては人災、人禍もあるかもしれない。誰が「当事者」になってもおかしくない世、理不尽な世界、それでも、私たちは、前へ。
改めて、羽生結弦の言葉を記す。
〈僕らの演技している最中だけでも、ノッテステラータというものを見てくださっている最中だけでも希望を感じてほしい。そのきっかけになりたいっていうのがノッテステラータには込められています。仲間のスケーターと共に、国籍も超えて、一つの輪となって一つの希望を生み出していけたらと思っています〉※1
〈東日本大震災の後に生まれた子どもたちや、東日本大震災の時に記憶がないくらい小さい子どもたちにも、 震災が大変だったということや震災があったからこそ学べたことを伝えていくことの意義を感じています〉※2
Notte、これが羽生結弦なんだ。私たちはこうした志についてゆく。その矜持と共に。
もちろん楽しいフィギュアスケートの祭典!って感じでもいい。むしろ大歓迎だし私もそうだ。祈りの場とは楽しい場でもある。多くの民族がそうした命の祭事に厳粛な中でも楽しみが、喜びの共有もまたあるように。お葬式の最後がどんちゃん騒ぎになる地域だってある。
アジアの心、日本の心
私の亡き父の故郷である長崎では花火で死者を送る。お墓で花火や爆竹をする風習がある。轟く爆竹の中で故人を偲ぶ。
その代表的な祭り「精霊流し」だが、実際に見て驚く観光客の方も多い。YouTubeあたりで「精霊流し」「爆竹」で検索していただくとおわかりの通り、花火まみれの爆竹祭りである。
さだまさしの同名曲『精霊流し』(グレープ)を「船を川で浮かべている」「レコードを川に流している」と誤解するのも無理はないが、「精霊流し」は精霊船という車のついた木造船に故人の遺影や大切なものを載せて道路に走らせ練り歩く、その様子を「流す」としている。
爆竹の音と煙で歌詞の通り〈精霊流しが華やかに始まるのです〉というわけだ。NHK ドキュメント72時間『長崎県 お盆はド派手に花火屋で』で放送されて大変な反響を呼んだそうだがさもありなん、である。※3
おそらく多くは全国各地にある『灯籠流し』と誤解されていたようだが、長崎の精霊船は路上を走り、故人の大切にしていたものを置いて路上の観客に見せる。
私の子どものころ見た中で一番印象的だったのはいかにもな暴走族のバイクが精霊船に載っていて、その船を大勢の暴走族の仲間たちが引いている光景だった。もちろん全員爆竹を鳴らしまくる。近年では規制があるようだが、昭和のころは観客もみんなで爆竹に火をつけては投げていた。
うっかりこっちに投げ込まれると痛いのなんの。場所によっては人混みも尋常でなく足元には爆竹が投げ込まれるわ火花が飛ぶわ、歌詞にある通り〈人ごみの中を縫う様に〉である。※4
それでも、長崎の大切な鎮魂の祭であり仏教行事である。もちろん通夜告別式となると長崎だって日本文化の象徴「ハレとケ」に倣って厳粛に行うが、そのあとはどんちゃん騒ぎという地域も多い。ベトナムやカンボジアでも葬儀一式終わると楽団を呼んで三日三晩のどんちゃん騒ぎをするが、おそらく長崎もそうしたアジアの土着仏教文化に中国の道教文化(「中元普渡」や「彩船流」など精霊流しの元とされる祭りもこれ)が加わり『精霊流し』になった。死者を悲しむと同時に死者と共に楽しみ、いまも共にあるという考えだ。どんちゃん騒ぎには故人もいる、私はそうしたアジアの心、日本の心が大好きだ。