吉田豪が考えるマンガワン騒動。小学館特有のシステムと編集者が攻めすぎた『小学三年生』打ち切り事件
小学館のコミックアプリ「マンガワン」漫画原作者の男性が、過去に性加害事件を起こし、連載を終了させたにもかかわらず、すぐに別のペンネームで起用していた問題と、編集者の対応をめぐる騒動。ネット上ではさまざまな角度から意見が飛び交っているが、プロインタビュアー・吉田豪氏の視点は少し異なる。
着目するのは、組織のシステムが生んだ「現場のミスマッチ」や、編集者の「功名心」といった構造的な背景だ。長年の付き合いから見える小学館という会社の体質を軸に、世論が意外と触れていない「学校」というハコの特殊性まで。この騒動の背景をひもといていく。
みんかぶプレミアム連載「吉田豪の月イチ気になる話。」
目次
“マンガを読んでいない編集者”がマンガを作る仕組み
今回のマンガワンの問題について、ボクは直接内部の人から何か聞いたわけじゃないんですけど、小学館と仕事してきた経験を踏まえて推測できることを話してみようと思います。
まず、小学館はとにかく部署の配置換えが激しいんですよ。マンガ好きだからマンガ編集部に行けるとは限らないし、好きなところに行けたとしてもまたすぐに全然違うジャンルの雑誌に回されたりする。ボクはいろんな出版社と仕事してますけど、編集者に「この人、自分がやってるジャンルに全然詳しくないな」と思ったのは小学館ぐらいなんですよね。
90年代末ぐらいだったと思うんですが、『ヤングサンデー』の編集者からボクに懐かしい漫画を紹介する企画のオファーがあったんですよ。ちょうど世紀末だから「世紀末マンガ特集とかどうですか? たとえば永井豪先生の『デビルマン』とか楳図かずお先生の『漂流教室』を取り上げるような感じで」って、かなりベタな名作を並べて提案したんですけど、そしたら担当編集者に「それ、どっちも誰も知らないですよ。僕も読んでないですから。『めぞん一刻』とかどうですか?」と真顔で言われて。ヤンサンの編集者が、このレベルの有名作品を読んでいないのかとビックリしたんですよね。
そのときに、小学館はマンガに詳しくない人がマンガの編集になることもある会社なんだな、というのをまず痛感したんですよ。小学館の系列の集英社でも、漫画をよく知らなかったマシリトこと鳥嶋和彦さんが、入社してから小学館の書庫で漫画の勉強をした結果、編集者としてヒットを連発するようになったケースもあるから、知らないことが問題ってわけじゃないんですけどね。
「結果を出して社員になりたい」という野心が過ちを犯した
もう一つポイントとしてあるのは、小学館が他社の優れた編集者をヘッドハンティングしてくる文化を持っていることです。ヒット作を出した他社の編集者をフックアップしてきて、その人が社員になったりするんですけど、今回の問題の鍵を握っているとされる担当編集者も、フリーランスから社員になった人物だと言われてるじゃないですか。
ここからはボクの勝手な推理なんですけど、外部からピックアップされた人が「社員になろう」とするときって、やっぱり必死に結果を出そうと焦っちゃうことがあるんじゃないかと思うんですよ。とにかく手柄を立てて、ヒットを出したいという強い野心があったんじゃないか、と。今回の加害者だとされる作者が描いた『堕天作戦』も、最初は電子書籍しか出してもらえなかったのに、担当編集が必死に盛り上げてWEB漫画総選挙で3位になり、紙の単行本も出てヒット作になり、そして担当編集が小学館の社員になった。だからこそ、『堕天作戦』の作者が起こしたトラブルも「何とか自分で解決したい」と抱え込んで、余計なことをしちゃった可能性があるんじゃないかと思うんです。
世間では「フジテレビの二の舞だ」みたいに、会社ぐるみの悪として大騒ぎしている人もいますけど、どこまで現場が把握していたのか現時点ではハッキリしていないし、ボクが知る限り小学館はそんなチャラチャラした組織じゃないんですよ。ボクは小学館も講談社もコミック部門の忘年会にしょっちゅう行ってましたけど、基本的には「ちゃんとした会社」なんです。優れた編集をピックアップして社員にするシステム自体は悪くないけれど、それが時に現場の暴走や、数字への執着を生むこともあるんだろうな、と。組織としての悪意というより、そうした「小学館流のやり方」の副作用が、現場レベルの綻びとして出てしまったんじゃないかと推測しています。