日銀をここまでムチャクチャにしてしまったのは誰の責任なのか「日本だけが経済成長をしていない」極めて深刻な事態

 4月9日、日銀の新総裁に元日銀審議委員の植田和男氏が就任する。有力視されていた新旧副総裁を押しのけてのサプライズ人事となった形だが、経営コンサルタントの小宮一慶氏は植田氏による「金融の正常化を通じた日本経済の正常化」に期待を寄せる。アベノミクスが食いつぶした日銀の現状と、植田氏に求められる “まとも” な政策とは――。 

植田和男・新総裁の使命は日銀を正常な状態に戻すこと

 植田氏は2月、国会で行われた所信表明で金融緩和の継続を宣言しました。あれは無難な答弁だったと思います。2%の物価安定目標がまだ達成できていないという経済状況もありますが、あの場でアベノミクスを否定することは与党自民党に対する批判ともなりますし、現総裁への配慮もあったでしょう。 

 ただし植田氏は「金融緩和をいつまでも続けることはしない」と思っているはずです。長年にわたる金融緩和により、もう日銀も金融市場も限界が来ています。市場にじゃぶじゃぶに資金を供給し、金利を抑え込むために国債を買い漁った結果、日銀は身動きが取れなくなり、長期金利操作をも行い、イールドカーブ・コントロール(YCC)にも歪みが生じています。 

 日銀の使命は、インフレを抑制し、景気を浮揚させることにほかなりません。2022年はコロナからの回復やロシアのウクライナ侵攻などの影響を受け、世界中をインフレの波が襲いました。アメリカや欧州ではピーク時で9〜10%と、日本よりもはるかに高いインフレ率を経験しました。 

 しかし、高いインフレに見舞われた諸外国の中央銀行は、インフレ抑制のためにこぞって金利を上げました。一方で日本だけは金利を上げられず、短期金利はマイナスで沈んだままの状態です。日銀は「インフレに対して何も対応できなかった先進国唯一の中央銀行」です。そのような状況であることを、私たちは深く認識する必要があります。 

 これは、次に景気後退がやってきたときのことを考えても極めて深刻な事態です。アメリカでは、一時0%程度にまで下げていた政策金利を、現在では4.5〜4.75%まで上昇させています。利上げした分だけ、景気の後退に対応できるだけの “のりしろ” をつくったわけです。今後もさらに政策金利は上がると見込まれます。

 ところが日本では、いまの状態のまま景気後退の局面に陥ってしまったら、日銀にできることは何もありません。これ以上短期金利は下げられないし、長期金利の「のりしろ」もわずか0.5%です。量的緩和も限界です。このような異常な状態を、植田氏は正常に戻すことが求められます。 

まずはYCCの見直しから着手…金利上昇は預金者にも政府にもメリットあり

 私は、今後、植田氏は遅くても7月くらいには金融引き締めの方向に転じるとみています。急激な引き締めは難しくても、まずは10年国債利回りの変動幅を0.75%まで拡大するところあたりから始めるのではないでしょうか。 

 政策の転換は早ければ早いほうがいいです。現状のままだと、国債は世界中の投資家から売り浴びせられてしまいます。日銀も1月には、国債や社債を担保に銀行などに5年間資金を貸し出す「共通担保資金供給オペ(公開市場操作)」 を実施するとして1兆円の貸出枠を提示しましたが、今後どこまで日銀が買い支えられるのかは不明です。逆に言えば、買い支えなければもたないほど、金融市場のいびつな状態が続いているのです。 

 利上げは、市場から求められていることでもあります。植田氏が新総裁に決まってから、10年国債利回りは上限の0.5%付近にへばりついたままで、0.5%を突破することも何度かありました。 

 また、利上げは国民生活にもよい影響をもたらします。2000兆円と言われる個人金融資産のうちの約半分は預貯金ですが、1%でも金利がつけば10兆円になります。約20%の税金を差し引いても8兆円。政府としても税収で2兆円を得ることができます。悪くない話ですよね。 

アベノミクスの「点検」ではなく「反省」が必要…それでも円安基調は止められない

 とはいえもちろん、正常に戻すための道のりは簡単なものではありません。日本は、現在1000兆円を超える国債を抱えています。金利が上がると政府の金利負担は増える上、国債の半分以上を抱える日銀の含み損も増えて、実質的な債務超過状態に陥ります。「国債は満期保有する」という日銀の前提を貫けば乗り切れると思いますが、それを踏まえても難局です。 

 もともと新総裁就任が有力視されていた雨宮正佳さん、中曽宏さんが引き受けなかったのは、金融正常化の道のりの難しさにあると思います。とくに雨宮さんなんて、ずっと黒田東彦総裁と一緒に仕事をしてきたわけですから、本来なら正常化に向けた道筋をつける責任があったはずです。でも、引き受けなかった。それほど難しいんです。 

 植田さんは学者であり、政策審議委員をご経験された方ですから、その難しさについてはよく理解しているはずです。それでも理想主義的な面を持つからこそ、「金融を正しい方向に戻す」との気概を持って引き受けられたのだと思っています。 

  アベノミクスは完全に日銀を使い切りました。ニュースではアベノミクスの検証の是非についても報じられています。当初2年くらいはうまくいっていたものの、開始当初135兆円だったマネタリーベースは、現在640兆円を超えるところまで膨み、日銀はフリーハンドをほぼ失いました。 検証するのは勝手ですが、そんな暇があるなら打てる手を早く打つべきです。

 現状ではこのような弊害しか生んでいませんし、それがわからない人は日銀にいないでしょう。高校生くらいでも理解できる話です。検証ではなく反省を行い、その上で政府と日銀が一体になって金融正常化に向けて動くことが求められます。 

 植田さんが着任し、瞬間的には円高に振れる可能性もあるかもしれませんが、日米の金利差が大きい状態には変わりありません。円安が進行するのは当たり前です。国としての実力を考えたときにも、人口減少や少子高齢化が進む日本に明るい未来は見出しにくい。長期的に見たときにも、円安が進む可能性が高いのではないでしょうか。

安倍元首相の力が強すぎた10年間…気付けば「日本だけが経済成長をしていない」

 ここまでの異常な状態に陥ってしまった原因の一つには、安倍晋三元首相の力が強すぎたことも挙げられます。黒田総裁も異次元緩和がある程度効果を発揮したときに、何度も成長戦略への移行を進言しましたが、有効な成長戦略は出ず、結局、異次元緩和への依存が続きました。そして、結局、黒田総裁も安倍元首相に忖度し、カンフル剤を打ち続けたわけです。 

 安倍元首相からすれば、有効な成長戦略は、財源も必要とするし、場合によっては痛みを伴いますから、選挙対策にはなりにくいのです。また、短期的な視点から「景気を悪くしたくない」という思いもあったと思います。異次元緩和が効果を発揮したと言っても、低空飛行の状態に変わりはなかったですしね。 

 政治家は基本的に、金融のことがよくわかっていません。国民に痛みをあまり感じさせずに景気を良くしたいと考えます。痛みを与える覚悟を誰も持てなかった結果、日本では30年間インフレが起こらなかった代わりに、成長も止まりました。 

 これまで日本人の多くは「日本は平和だしモノが安くて住みやすい」と考えてきました。そこにインフレの波が襲ってきたのに、充分、金利も上げられないことで、ようやく「この国だけが成長していない」と気付いたんです。 

 たとえばコロナが終息の気配を見せ、3年ぶりにハワイに行ったら、スパムが一つ1000円になっているわけです。そのことに日本人は驚き、嘆きました。インフレに伴い、アメリカでは給料も上がっています。ところが日本では給料も充分に上がっていない上に円安なので、ハワイまで行っても高級料理は食べられず、丸亀製麺で食べることになる。そして、それも決して安くはない。そのような悲しい事態が起こっています。 

 政治家が少しの痛みを恐れた結果、いま日本経済を正常化させるには、さらに大きな痛みが必要になりました。政府としてはもう、財政赤字を拡大するくらいしか手がありませんが、それも限界に近いでしょう。 ここは少々の痛みを伴いますが、金融を正常化させるためにも、日本経済を活性化させるためにも、金利を上昇させることが必要だと考えます。

値上げに成功した企業は業績も株価も上昇…日銀は短期的な痛みを恐れず、金融を正常化せよ

 今後の日本経済は、植田総裁の勇気にかかっていると言っても過言ではありません。現在、企業だけを見ると、少しずつよい方向に向かっています。これまで、企業はなかなか仕入れの値上がり分を最終消費財に転嫁できていませんでしたが、ここにきて少しずつ値上げを始めています。

 私は早い段階から、当社の顧客に対して「早く価格を上げたほうがいい」とアドバイスしてきました。ですが、みなさん「お客さんが離れるかもしれない」と怖がる。それはそうかもしれません。30年もデフレや低インフレが続いていたわけですから。しかし、企業もここにきてようやく「価格を上げた企業の方が業績も株価も上がっている」ということに気が付き始めたんです。 

 たとえば最近、信越化学工業の株価が上昇しています。これは、値上げに成功したからだと言えます。つまり、他社と差別化できる商品を持っている企業は、値上げが可能だし、値上げが成功した企業は、収益も上がりやすい。何もインフレや値上げを恐れてばかりいる必要はないんです。そして、日銀はゾンビ企業を滅ぼすためにも、金利を上げることが大切です。金利を上げてゾンビ企業の経営が立ち行かなくなると、ゾンビ企業で働いている人がより成長性の高い企業にシフトできます。それにより、日本経済も再浮上のきっかけをつかみやすくなるのです。政府も、ゾンビ企業の淘汰を後押しするために、M&Aやゾンビ企業で働く人の再就職のための斡旋やリカレント教育を支援するのです。

 今後、日銀が金融の引き締めに入ろうとしたときに、政府が痛みを嫌い、待ったをかける恐れがあります。ですが、短期的な痛みを容認し、誰から何を言われてもまともな金融政策に戻ることを押し進める。その覚悟があるのなら、金融をよくわかっている人間は必ず、植田氏を応援するでしょう。

構成=松田小牧

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