窮地の日銀、最後の選択「企業潰し」の決断へ…短期金利はこれからどれほど上昇するのか

 日銀は12月の金融政策決定会合で大規模緩和を修正し、10年国債の上限金利を0.25%から0.5%に引き上げると決めた。経営コンサルタントの小宮一慶氏はこの決定について「決して褒められた行動ではない」と指摘する。黒田東彦総裁の任期満了が近づく中、これまでの日銀の歩みと今後について小宮氏にうかがった。 

世界的に見て異常な日銀の「イールドカーブ・コントロール」 

 昨年末、日本銀行は長期金利の変動幅を、従来のプラスマイナス0.25%の誘導ゾーンから0.5%程度に拡大すると発表しました。ただそもそも「長期金利を誘導する」こと自体が、世界から見ると異常な事態です。まずはそのことを理解する必要があります。 

 各国の中央銀行は、短期金利を政策金利として設定しています。政策金利とは、日米の場合、1日だけ銀行間でお金を貸し借りする金利を指します。アメリカでは「フェッドファンド金利オーバーナイト」、日本では「コール翌日物」と呼ばれています。市場に日銀が毎日介入し、金利が誘導ゾーンに入るように調整しているわけです。 

 本来は、短期金利である政策金利だけを、押しピンで留めるように中央銀行が定め、長期金利は自然の動きに任せるのが普通のやり方です。ところが日本の場合、世界の常識に反して10年国債の利回りもコントロールしているのです。 日銀はこれを「イールドカーブ・コントロール(YCC=長短金利操作)」と呼んでいます。 

 イールドカーブとは、利回りと償還期間の相関性を示したグラフを指します。いずれにしても日銀は、コール翌日物と10年国債利回りの調整を行っているわけです。

 世界の主要中央銀行の中で、これだけ長期間にわたって長期国債の利回りをコントロールしている国はほかにありません。短期金利のみならず、長期金利も誘導という名のもとに不自然に抑え込んでいるわけですが、その効果はすでに限界に達しています。 

「大胆な金融政策」は成功するも、他の矢が放たれず…黒田・日銀総裁の10年の歩み 

 黒田総裁の着任からいまに至るまでの歩みを振り返ってみましょう。2013年3月、黒田総裁が選任されました。時の首相は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「成長戦略」を三本の矢とする「アベノミクス」を主張する安倍晋三氏です。 

 同年4月、黒田総裁はアベノミクスの考え方に沿って「異次元の金融緩和」を発表しました。具体的には、135兆円のマネタリーベースを2年間で2倍の270兆円まで増やす「量的・質的金融緩和政策」を宣言したのです。マネタリーベースとは、流通現金(日銀券発行高+貨幣流通高)と日銀当座預金の残高の合計値で、日銀がある程度自分の裁量でコントロールできる資金量を指します。 

 とはいえ、マネタリーベースを増やすために日銀券を大量に刷ってしまうと激しいインフレを引き起こしかねません。そこで日銀は、お金を実際に刷ることなく、市中の銀行から国債を買い入れて、その代わりお金を各銀行が持つ日銀当座預金に記帳することでマネタリーベースを増やす手法を取りました。 

 「2倍のマネタリーベース」の目標を達成した結果、民主党政権下で1ドル80円を切るまで進んだ円高は修正され、7000円台まで落ち込んだ日経平均株価も回復しました。この成果を受け、アベノミクスを評価する声も多数上がりました。 

 本来は、その時点で成長戦略に移行するべきでした。黒田総裁もそのつもりで安倍元首相に進言したようですが、実際に安倍元首相が指示したのは「異次元緩和の継続」。着任当初に日銀券約85兆円、日銀当座預金約50兆円の計135兆円ほどだったマネタリーベースは、2022年12月時点で日銀券約120兆円、日銀当座預金約500兆円の計約620兆円にまで膨れ上がっています。 

 確かに、異次元緩和は効果がありました。ただそれは最初だけ。異次元緩和はカンフル剤以外の何物でもありません。人間だって、元気になる薬を摂取した瞬間は元気になっても、使い続ければ最終的にはボロボロになりますよね。それと同じことが起こっています。 

1%の金利上昇で債務超過…アベノミクスが日銀のフリーハンドを奪った

 日銀はいま、540兆円程度の国債と60兆円あまりの上場投資信託(ETF)を抱えています。黒田総裁の前任の白川前総裁の時代までは、価格変動する資産については日銀券の残高程度までしか持たないとする「日銀券ルール」がありました。価格変動する資産を持ち過ぎると、大きな損失を被る可能性があるとともに、場合によっては実質的に債務超過に陥る可能性があるためです。 

 12月2日、参院予算委員会で日本維新の会の浅田均議員が日銀に対し「1%金利が上昇した場合、日銀の保有債の評価損はどれくらいになるのか」と質問しました。これに対し、雨宮正佳副総裁は「マイナス28.6兆円の評価損という計算になる」と答弁。2022年3月末時点で日銀の純資産は4.7兆円にすぎず、債券の価格変動のための引当金の5.6兆円を足し合わせても10兆円強ほどにしかなりません。1%金利が上がるだけで、実質的な債務超過状態になるのです。 

 予算委で雨宮副総裁は「日銀は満期保有を原則としている」と発言しました。これは、最後まで持ち続ければ額面で償還されるため、途中で含み損が出ても影響がないという意味です。 

 その理屈は分かるとしても、だからといって「問題ない」わけではありませんよね。日銀券の原価は30円もしません。それを例えば「1万円」と認識させているのは、日銀が信用されているからにほかなりません。みんなが「いま日銀は債務超過の状態にある」と認識すれば、日銀の信用は大きく下がります。 

 1%の金利上昇で約28兆円の含み損が出るということは、金利を0.25%上げると単純計算で約7兆円の含み損が出ることになります。こうなると、先ほど話した日銀の純資産と引当金のバッファーは3兆円ほどしか残りません。このような状況では、10年国債ではもうこれ以上の利上げはできないでしょう。通貨の番人である日銀としては、実質債務超過を全く気にしないというわけにもいかないからです。

 今後は、どれだけがんばっても、せいぜい短期金利を0.1%程度上げるのが限界でしょう。ただ、それもそう簡単な話ではありません。5600兆円に及ぶ当座預金の一部には0.1%の金利が設定されています。政策金利の利率を上げると、日銀当座預金の金利も上げなくてはならなくなる可能性が高まります。これはいまの日銀にとってはかなり大きな負担です。

 要するに、アベノミクスの異次元緩和を続け、大量に国債を抱え込みすぎたことで、日銀は政策のフリーハンドを失ったのです。黒田総裁の10年は日銀がフリーハンドを失っていく10年だったのです。結果として、いまの大きくは身動きが取れない状況に導いてしまったことは事実です。 

日本再生のためのただ一つの道…それは金利を上げて「ゾンビ企業」を潰すこと

 日銀が10年国債の金利上限を0.5%に引き上げた背景には、市場の圧力がありました。欧米各国が日本をはるかに上回るインフレに陥る中、機関投資家をはじめとする海外の投資家が、金利が抑え込まれている日本の10年債を売り浴びせました。金利上昇によりさらに安くなることを見込んでです。10年債以外の短期国債・長期国債にも売り浴びせのプレッシャーがかかった末の日銀の判断だと見ることができます。 

 利上げの決定に踏み切った黒田総裁に対して、一部のメディアは「次の総裁のために道を開いた」と、まるで良いことのように報じましたが、全くお門違いだと言わざるを得ません。これは、次期総裁に残しておくべきわずかなフリーハンドの一部を、自分で使ってしまったことを意味すると私は考えています。褒められた行動ではないですね。 

 日銀はさまざまな機能を果たしていますから、アベノミクスが「日銀を潰した」とまでは言いません。ただ、こうなってしまったら、景気を調整するという本来の役割はもう果たせません。

 次の総裁には、雨宮副総裁と前副総裁の中曽宏氏が有力視されています。先日、中曾さんが書いた文章を読みましたが、考え方は “まとも” です。いまの緩和策を必ずしも「良し」としていません。かといって、いまの状況で日銀にやれることはありません。 

 もし日銀が本気で日本を再生したいと思うなら、いわゆる「ゾンビ企業」を潰すことが必要でしょうね。ゾンビ企業とは、ただ自分たちが生き残ることだけを目的にしている企業のことです。そこに社会的な役割を果たすといった思想はありません。 

 ゾンビ企業の多くは儲からないので、社員教育も十分にできません。その結果、ゾンビ企業で働く社員も転職できるだけのスキルを持たず、ゾンビ企業で一生を終えるゾンビ社員になりかねません。このような人間がたくさんいる社会は成長しませんよ。 

 いま日本では、法人税を払っている企業は全体の35%程度にとどまります。残りの65%は法人税すら払っていないんですよ。だから、この国の未来を真剣に考えるなら、金利を上げるべきです。そうすると、法人税も払えないようなゾンビ企業は淘汰されます。今回の0.25%の利上げについて「企業活動に影響が出る」との報道もありましたが、0.25%上がるくらいで潰れる企業は早く潰れるべきです。

 11月の消費者物価指数は前年同月比で3.7%上昇しました。これは約41年ぶりの水準です。41年前の私は、東京銀行で定期預金と金融債を売っていました。当時の定期預金は預入期間が1年間のもので5%、3年間だと7%もの利率でした。

 コツコツ働いてお金を稼いで貯めた人はお金が増える。放漫経営で借金を重ねる企業はすぐに淘汰される時代だったんです。この時代の方がよっぽど健全です。ここ数十年間 “異常” な状態が続いていた上に、アベノミクスがそのとどめを刺したと言えるでしょう。ただ、先ほども述べたように、金利が上昇すると、日銀自体がおかしくなる可能性があります。また、対名目GDP比で先進国中最悪の財政赤字を抱える日本政府も利払いで大変になる可能性もあり、そういった点で金利上昇は望むべくもないのが残念です。

 こういう状態なのに、多くの日本国民は危機感を持っていません。私たちは現実を直視し「金融的には安全でない国に住んでいる」との認識を持たなければいけません。 

構成=松田小牧

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