毎週月曜、楽天では全社員が椅子の脚まで拭く…三木谷哲学「掃除の約束も守れない人に、世界は元気にできない」

 1997年にたった6人でサービスを開始し、いまでは国内eコマース全体で年間5兆円もの流通総額を記録するまでに成長を遂げた楽天。その驚異的な成長の背景には、創業当初からいまに至るまで変わらない「想い」と「習慣」があった。創業期から楽天を支えてきた常務執行役員CWOの小林正忠氏が語る、楽天のブレない強みとは――。 (みんかぶプレミアム特集「楽天」第5回)

※本稿は三木谷浩史監修、上坂徹著『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』(幻冬舎)から抜粋・編集したものです。 

目次

「日本を元気にする」と言い続けた三木谷

 楽天は、1997年2月に三木谷とその大学院生、社員番号2番の本城慎之介によって設立された株式会社エム・ディー・エムが前身となっている。同年5月、インターネット・ショッピングモール「楽天市場」がスタートする。 

 97年といえば、インターネットのスピードは14.4Kbps。今や1ギガなので当時は今の約10万分の1のネットワークスピードの世界だった。 

 このとき、社員は三木谷を入れて6人。その中の一人が、社員番号4番、現楽天グループ常務執行役員CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)の小林正忠である。創業期から、社内では「せいちゅう」と呼ばれている。 

 小林が加わったとき、事業内容はすでに決まっていた。地ビールの小規模醸造所の全国展開や、アメリカの天然酵母ベーカリーの日本でのフランチャイズ展開など、100を超えるアイデアがあったが、最終的に元手がかからず、将来性があり、社会に新しい価値を創造できると考え、インターネットでのショッピングモール事業が選ばれた。 

 実のところ小林は、この時点で楽天がどんな会社になるのか、その可能性について、あまり気にしていなかった。 

「なんだか面白いからやっている、という感じでした。僕も大学でインターネットをずっと使っていましたから、ほかの人よりは未来が見えていたとは思いますが、当時から今が想像できていたかといえば、まったく違いますね」 

 それより小林が惹(ひ)かれていたのは、三木谷が設定していたゴールだった。「誘われていたときから、日本を元気にする、という言葉を何度も聞いていて。エンパワーメントという言葉も出てきていました」 

 エンパワーメントとは、相手を元気づけ、自律的に行動する力を与えることを意味する。小林は英語が得意ではなかった。エンパワーメントという単語を知らず、このときまで意味もよく知らなかった。 

常に公平、聖域はなし

 創業期から楽天をずっと見てきた小林が改めて思うのは、楽天には聖域がない、ということだ。三木谷は、絶対に聖域を作らない。楽天市場に出店した店舗に対する従量課金を始めるときにも、特定の店舗を優遇することはなかった。後の社内公用語英語化でも同様だった。どんな古株の役員であっても、社員と同じく完全英語化を求めた。 

 「創業メンバーはいいよ」などということは絶対にやらないのである。楽天グループ入りした企業に対しても同じである。 

「まだ始まったばかりで、もうちょっと理解が深まってからにしましょう」  

「いや、もう楽天グループなんだから。朝会にも出てもらう」 

 聖域はないのだ。三木谷は本質的・根源的なところでは決して意見を変えない。となれば、小林たちがどうにかするしかない。 

「じゃあ、事前の説明をどんなふうにしたらいいのか、ということを我々が考えればいいわけです。三木谷がブレると我々もブレますが、三木谷はブレないので、我々のアクションもブレずに済む。どう対応するかを考えるのは、めっちゃ大変ですけど」 

 こうして海外の楽天グループでも、月曜日の朝会の後、自分で机まわりを掃除することを全員が実践するようになった。デスクを拭き、椅子のキャスターまで磨く。これは、創業以来続く、楽天社員の習慣である。 

「創業期、6人が当たり前のようにやっていたので、新しく入ってくる人も、ああ、これはやるもんだ、ってなったんですよね。おかしいと思う人もいるかもしれませんけど、おかしい側がマジョリティだったら、おかしい組織ができあがるんですよ。なんだか猛烈に頑張ってしまうのも同じ。でも、だからここまで来られた、と思うわけです」 

 掃除には当事者意識の醸成という目的もあった。オフィスを自分の人生の一部だと思うこと。自分の家だと思うこと。 

「家にゴミが落ちていたら、拾いますよね。それと同じです。ここは大切なあなたの人生の一部で居場所だということです」 

 そしてもう一つ、三木谷の思いがある。「我々が目指そうとしているのは、世界を元気にしていく、世の中を元気にしていく、という大きな目標なんだ。掃除をする、なんて小さな決めごとすら守れない人間に、そんな大きなことが達成できるはずがない」 

 小林は、こう言って笑う。「端折って言えば、椅子の脚を拭くのは、世の中を元気にするため、ということです」。もちろん三木谷もやる。「彼は一般社員よりも、拭いている時間が長いですよ。デスクも大きいし、椅子も大きいですから(笑)」 

「三木谷は変人」だからこそ可能な徹底

 そして、聖域がないことと並んで、小林が印象深いのは、三木谷の徹底度である。掃除の前に行われている全社員に向けた毎週の朝会は、とうとう25年、続けることになった。三木谷がしゃべり、質疑応答も行われる。 

 「これは、三木谷という変人にこそなせる技だと思うんです。たくさんダメなところもありますけど、三木谷は継続ができるんです。とにかく毎週やる。それ先週も、先々週も聞いたよ、という話もする。彼にとっては、そのときそれが脳味噌の大部分を占めていることなんです。でも、それがいいんです」 

 おかげで社員は、朝会にさえ出ていれば、楽天という会社が何をやろうとしているのかがわかった。三木谷が考えている、大事なことが理解できた。そしてどんなに人数が増えても継続してきたために、楽天のフィロソフィーが薄れることはなかった。 

「創業社長の生の言葉ですから。言葉に詰まったり、単語を選んだり、違う言い回しを考えたり。そういうことを目の前でライブでやっているので、スピーチライターが作った原稿を読み進めていくような場にはならないんです。時には乱暴な表現もありますが、そこには言霊(ことだま)が乗っている。毎週毎週、楽天社員は三木谷の魂を受け取っているんです。そりゃコーポレートカルチャーは濃いと思います」 

 朝会中に三木谷から幹部に指示が飛ぶことも珍しくない。「脳味噌のいろんな使い方をしているんでしょうね。気になったことや気づいたことを、バンバン発信していくのは、今も変わらないです。パンと思いついて、パッと行動に出る。まさに楽天の『成功の5つのコンセプト』にもあるスピード!!スピード!!スピード!!です」 

 朝会の前半で発表していた内容が、質疑応答を終えたときにはまったく違ってしまっていることもある。朝令暮改ならぬ「朝令朝改」だ。 

「でも、すごく正しいんです。産業革命以後、日進月歩でいろんなことが変わっていきます。環境変化も著しく速い。ましてやインターネットというフィールドなので、朝と夕方で置かれている環境が異なるなんてことも往々にしてあるので。前言撤回、何が悪い? ということを、三木谷自身が体現しているんです」 

 だが、全員が猪突猛進で進んでいるのかといえば、そうではない。「悪い話があります」と、三木谷に水を差すことのできる人材も登用している。三木谷が長くCOO(最高執行責任者)に据えている、百野研太郎(現楽天グループ代表取締役副社長執行役員)がそうだ。 

 わかっていてあえて、自分とは異なる人材をそばに置く。アクセルとブレーキの絶妙なバランス。それが現在の楽天を支えている。 

 小林は常務執行役員として米州本社社長、シンガポールを拠点とするアジア本社の代表を歴任。2017年からは、人々を幸せにする役割を担うCWOに就任している。楽天にとって最も大事なコーポレートカルチャーを再強化していくことがミッションである。し、そうなった理由はわかる。 

「創業期から三木谷が言っていた、世の中を良くしていこう、世の中を元気にしていこう、というゴール設定に尽きると思っています。楽天が、ではなく、みんなが、です。これがたくさんの仲間を引き寄せた。我々は出店者さんがあるから生きていけるパートナーシップモデルを自負していますが、パートナーと一緒に社会を作っていくという共存社会の思想を持っていたことが、何よりも一番大きかったのだと思っています」

三木谷浩史監修、上坂徹著『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』(幻冬舎)
この記事の著者
三木谷浩史

1965年兵庫県神戸市生まれ。88年一橋大学卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。93年ハーバード大学にてMBAを取得。興銀を退職後、97年2月エム・ディー・エム(現楽天グループ株式会社)を設立。同年5月インターネットショッピングモール「楽天市場」を開設。その後、トラベルや証券、銀行、プロ野球、携帯キャリア事業等へと業容を拡大。現在、楽天グループ株式会社代表取締役会長兼社長。また、東京フィルハーモニー交響楽団理事長、一般社団法人新経済連盟理事、楽天メディカル社の副会長兼Co-CEOも務める。

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