「健康経営銘柄」の不都合な真実…「半数はROE8%未満」の激アマ査定の実態

 従来、従業員の健康管理は企業にとって単なるコストや「自己責任」と考えられてきたが、昨今では経営リスクの回避、業績向上のための取り組みとして概念化されている。それが今、注目されている「健康経営」である。その導入実態と課題について、気鋭の経済アナリスト・馬渕磨理子氏に聞いた。

健康経営をしているかどうかを海外の投資家も注目

 健康経営はアメリカの経営心理学者ロバート・ローゼン博士が1990年代に提唱した理念。

 1992年にアメリカで出版された「The Healthy Company」で、「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」という思想を提唱したことが始まりとされています。

 ただ、日本で株価にいい影響が出ているかというと、現状では何とも言えません。

 実際に、健康経営が企業の収益性(ROE、ROA)に影響していなかったという研究結果もあります(https://www.jc.u-aizu.ac.jp/news/management/gr/2020/08.pdf)。

 とは言え、我が国でも健康経営の推進には力を入れており、経済産業省は健康経営銘柄として50社を選定しています。

2022健康経営銘柄(https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220309001/20220309001.html

 これは、上場企業の中から、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に健康経営に取り組んでいる企業の中で、特に優れた取り組みを実践している企業を選定したものです。

 ここでの主な選定基準は、

  • 「健康経営度調査」の総合評価の順位が上位20%以内であること
  • ROE(自己資本利益率)の直近3年間平均が0%以上または直近3年連続で下降していないこと
  • 重大な法令違反等がないこと

 となっています。特にROEに関しては、長期的な視点で企業価値を高めるため健康経営に取り組んでいる企業であるとともに、直近3年間でROE(自己資本利益率)が0%以上であるか、または下落してないこととなっています。しかし、これは投資家目線に立つと、かなり低い水準であると言わざるを得ません。

 「伊藤レポート」※によると、国内の機関投資家と外国人投資家がどれだけのリターンを求めるのかというアンケート調査を行った結果、全体の 75~80%の投資家が、ROE5%から8%を望むという調査結果が出ています。

 ちなみに表彰された銘柄の中でROEが8%を実績で超えているのは半数の25社です(表彰時点)。

※2014年に発表された「伊藤レポート」(経産省)は、投資家と経営者の対話のあるべき「中身」を規定しているもの。そこでは、「日本企業は外国人投資家を最低限満足させられるROE8%を目指すべき」と主張しています。それを根拠づけているのが、上記のアンケート結果です。

ROEを健康経営銘柄の基準に組み入れた理由とは

 企業が稼いだ資本を循環させ、投資に回して成長していくときに、ROEを高めるというやり方があります。例えば、自己自社株買いとかもそう。株式公開をするとROEが高まったりする。だから今回の健康経営銘柄の選定のときにも、ROEの基準を入れたんだと思います。

 健康経営で求められるのは社員の睡眠や、食事の栄養バランスを見直そうといったことですが、昨今では禁煙や受動喫煙防止が健康経営の第一歩として語られる場合も多々あります。ただしそれは、受動喫煙防止の取り組みや喫煙スペースの完備などで対応できる問題でしょう。

 だからといって健康経営という取り組みを否定しているわけではありません。しかし果たしてそれを数値化することにどれだけの意味があるのでしょうか。過度な禁煙は従業員にとって負担になることも考えられます。例えば極度なストレスがかかるような職場において禁煙を会社から強く求めることが従業員にとってプレッシャーになるかもしれません。

株価を上げたいのならば、直接投資家と対話することが必要

 健康経営とは、それよりももっと大きな意味で、従業員を大切にしようという理念ではないでしょうか。企業内のジェンダー・ギャップなど、外から見える部分だけに注力しても人的資本が充実しているとは言えず、形骸化しかねません。そのため、数値で表せられない、KPI(成価指標)化しにくい部分での工夫が必要なのだと思います。

 たとえば社内で輝いている方々の情報をオウンドメディアで記事にして配信していくなどが考えられます。これだけ魅力的な人材が集まり、離職率も低いということをアピールしていくことが大切。こうしたことも情報開示の一つです。

 そもそも、なぜ健康経営がここまで注目されているのでしょうか。今は人的資本企業内の人的資本の情報開示が義務付けられています。優良な人材をいかに獲得するかが企業の基本として求められ始めているのです。

 人的資本の開示とは、たとえば女性の管理職比率や男性育休取得率、男女間賃金格差の解消などの達成度で測定されます。自社の現状や施策についての情報の定量化と分析の徹底が求められます。だが、それらは形骸化しやすいリスクも孕(はら)んでいます。

 だからこそ今後は「サスティナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」という概念を、企業がもっと取り入れていくことが必要になるでしょう。これは、新型コロナウイルスの影響や、気候変動など不確実性が高い時代の中で、企業の「稼ぐ力」と社会の持続可能性を両立するための戦略指針です。

 そこで必要なのは、投資家との持続可能なコミュニケーションです。IR情報だけではなく、前述した人的資本の話も含めて投資家に開示し、対話していくことで企業価値を高めていく必要があります。

 たとえば、IRのページに人的資本がわかるような動画も一緒にアップするなどが良いでしょう。また、そのためには外部メディアの活用の仕方も、とても重要になっていくでしょう。

構成=安宿緑

馬渕 磨理子

経済アナリスト 京都大学公共政策大学院修了。資産運用を担ったのち、金融メディアのシニアアナリストなどを務める。2022年に日本金融経済研究所を設立。「日本一バズるアナリスト」。

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