値上げラッシュが止まらない! 次に来る「本当に怖いスタグフレーション」に備えよ
「価格は経済学の中でも重要なテーマの1つ。価格がわかれば経済について半分以上理解した、と言えるほど難解なテーマ」と経済評論家の加谷珪一さんは言う。なぜモノの値段(経済学的には価格)が上がるのか、つまり「なぜインフレが発生するのか?」その仕組みや、今、日本で起こっている物価上昇について初心者にも分かりやすく解説いただく。(第2回/全3回)
※本記事は、加谷珪一著『スタグフレーション――生活を直撃する経済危機』(祥伝社新書)より抜粋・再編集したものです。
第1回:日本で一番レギュラーガソリン代が高い県は…今後の大幅値上げの前に賢く購入する方法
第3回:インフレ地獄が本格化!ビール、コーヒーが買えなくなった客に店は何を売ればいいのか
なぜインフレが発生するのか?
なぜモノの値段(経済学的には価格)が上がるのか、つまりなぜインフレが発生するのか、その仕組みについて解説します。それによって、スタグフレーションの本質と怖さがおわかりいただけるでしょう。
価格が上がる仕組みを理解するには、まず価格がどのような仕組みで成り立っているかを知る必要があります。価格はきわめて身近なものであり、ほとんどの人が「高い」「安い」という認識を持っていると思います。しかし、その商品やサービスの価格がなぜ、その金額になっているのかについて説明することは容易ではありません。
実は、価格は経済学のなかでも、もっとも重要なテーマの1つとして位置付けられており、ミクロ経済学の根幹部分を形成しています。いっぽうでよくわかっていないことも多く、価格がわかれば経済について半分以上理解した、と言えるほど、難解なテーマでもあります。ミクロ経済学の専門書を読むと、頭が痛くなるくらい数式が出てきますが、今回は、可能な限りわかりやすく、数式を使わずに価格について説明します。
経済学のどの教科書を見ても「価格は需要と供給のバランスで成立する」と書いてあります。これは経済学の基本となる考え方と言ってよいでしょう。では、商品(モノやサービス)の需要と供給はどのように決まるのでしょうか。
まずは、需要側から見てみます。
経済学の世界では、消費者や企業といった経済主体は「合理的に行動すること」が大前提となっています。最新の経済学では、人や企業は時に非合理的に行動することを前提にした理論も登場していますが、経済学の基本にあるのはやはり合理性です。ここで言う「合理性」とは、消費者は商品の購入を通じて得られる満足感を最大化するよう行動しているという意味です。
私たちは食品を購入すれば、空腹を満たすことができます。テーマパークに行けば、楽しい体験を通じて精神的な満足感を得ることができます。同じ金額を食品に投じるのであれば、より選んで購入することでしょう。
このように、お金を投じて得られる満足感のことを、経済学の世界では「効用」と呼びます。そして経済学において、消費者や企業は効用を最大化するように行動すると考えます。つまり、同じお金を払うなら、より美味しいものをたくさん食べる、つまり食事を通じて得られる効用(味や満腹感など)を最大化するように商品を選択しているとの解釈になります。
安くて旨い、コスパ重視で満たされる「合理的」価格決定の仕組み
いっぽう、価格が同じなのに内容量が減ったり、味が落ちたりすると、私たちはその商品に対して不満を持ち「もうその商品は買わない」と考えたりします。結果として、商品を選別するという行動を無意識的に行っています。つまり、私たちは明確に意識することなく、お金を払うことで得られる効用を最大化するように合理的に行動しているのです。
もし商品の価格が安ければ、消費者は同じ金額でより多くの商品を購入して、たくさんの効用を得ようとします。すなわち、消費者は同じ効用を得られる商品であれば、価格が安いほどたくさん購入する傾向があるわけです。
この話を、数量を横軸、価格を縦軸にしたグラフにすると、価格が安いほど数量が増えますから、右下がりの形になります。この曲線のことを経済学では「需要曲線」と呼びます(図1・左)。
【図1】需要曲線と供給曲線
つまり経済学において、需要は価格が安くなるほど高まり、価格が高くなるほど減少すると考えます。価格が限りなく安くなれば、いくらでも購入できますから、数量は極限まで増えていきます。したがって需要曲線の形は直線ではなく、曲線になることがほとんどです。
もっとも現実社会では、いくら価格が安くなったからといって、人は無制限に商品を購入するわけではありません。そのもっともわかりやすい例が食品です。人は食べれば食べるほど、空腹は解消されていきますから、一定量以上の食品を購入することはありえません。しかしながら、市場全体についてシンプルに考えた場合、価格が安くなればなるほど需要は高まると考えて差し支えありません。
儲けるために企業はどのように価格を決めるのか
需要は主に消費者が担いますが、供給の主役は企業です。当たり前のことですが、企業は営利目的で活動していますから、常に利益を上げたいと考えています。消費者はお金を投じて得られる効用を最大化するよう行動しているのに対して、企業は利益を最大化するよう行動することになります。
コストなどを無視すれば、企業が得られる利益は、販売数量に価格を乗じた数字となります。つまり価格をより高く、そして数量をより多く販売できれば、企業は利益を最大化できるという仕組みです。
ところが、生産量を拡大していくと、全体の効率が悪くなり、コストが余計にかかるようになります。たとえば、機械を1日に10台製造する場合、完成した製品を適当に置いても、出荷作業に苦労することはないでしょう。
しかし、1日100台を生産するということになると、製品を移動して保管するだけでもかなりのムダが発生し、全体の効率が悪くなります。状況を改善するには、より広い場所を確保してフォークリフトを導入したり、在庫の管理を行う社員を新たに配置するなど追加コストが必要となります。
大量生産すると、取引先との交渉で値引きしてもらえたり、生産設備をフルに使うことで逆にコストが削減できるケースもありますが、こうした効果をいったん無視すれば、生産量を増やすと効率が悪くなり、コストが高くなるのが基本原則です。
この話を先ほどの需要曲線と同じルールでグラフ化すると、数量が増えるほど価格が上がることになり、需要曲線とは逆に右上がりになります(図1・右)。これを経済学の世界では供給曲線と呼びます。
もっとも、企業は商品を提供するにあたって、さまざまな形でコストをかけていますから、商品をいくらで何個を売れば儲かるのかという、いわゆる損益分岐点は企業ごとにさまざまです。また、現実問題として、コストがかかっているからといって、企業は無制限に価格を引き上げることはできません。
先ほど説明したように、消費者は価格によって購買行動を変化させるため、価格を高く設定すると、販売数量が減ってしまいます。しかしながら、企業側の理屈に立って利益というものを考えた場合、よりたくさん売るためには、価格を高くしたほうがよいとの理屈が成立します。
需要を担う消費者は、安ければたくさん買う、高ければあまり買わないという行動を取り、供給を行う企業は、同じ商品なら、より高く、よりたくさん売ろうと試みるという話ですから、最終的には両者の思惑がバランスするところで価格が決まります。つまり、需要曲線と供給曲線が交わったところが、最終的な価格の落ち着き所です(図2)。
【図2】価格の決まり方
このように、消費者は消費者で、企業は企業で最適な価格を探りますが、最終的に需要と供給のバランスが取れたところで価格が決定される──。これが、経済学における基本的な考え方です。しかしながら、これは極端に単純化したものであり、現実の価格の決まり方はもっと複雑です。