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インフレ地獄が本格化!ビール、コーヒーが買えなくなった客に店は何を売ればいいのか

 「賃金が上がらず、物価だけが上昇する状況では、もはや単純な節約では乗り切れない。不況下のインフレ、すなわちスタグフレーションに陥る可能性がきわめて高い」と経済評論家の加谷珪一さんは日本経済に警鐘を鳴らす。物価高騰で、消費者はどのような行動をとるのか、価格は上下変動するのかを解説いただく。(第3回/全3回)

※本記事は、加谷珪一著『スタグフレーション――生活を直撃する経済危機』(祥伝社新書)より抜粋・再編集したものです。

第1回:日本で一番レギュラーガソリン代が高い県は…今後の大幅値上げの前に賢く購入する方法
第2回:値上げラッシュが止まらない! 次に来る「本当に怖いスタグフレーション」に備えよ

頑張っても変わらない給料で、満足度の高い買い物をしたい

 お金を投じて得られる満足感のことを、経済学の世界では「効用」と呼び、消費者や企業は効用を最大化するように行動すると前回の記事で説明しました。

 消費者はお金を投じれば投じるほど、得られる効用が増えていきますが、その増え方は、金額が大きくなるほど緩やかになっていき、やがて効用はあまり増えなくなります。ビールの場合、1杯目は生き返るような快感ですが、2杯目になるとそうでもなくなり、3杯目ではお腹も一杯になってくるので、1杯目のような快感は得られません。

 したがって、消費者は商品に対して無制限にお金を投じるのではなく、どこかで最適なバランスになるよう、支出をコントロールしています。

 ここではビールという食品を取り上げましたが、人は食べ物だけにお金を投じているわけではありません。衣服、住居、趣味、学習などさまざまなモノやサービスを購入し、それぞれで効用を得ていることになります。

 一部の億万長者を除けば、ほとんどの人は使えるお金に限界がありますから、たいていの場合、自身の給料を基準にした、おおよその予算の範囲内で支出を決めているはずです。経済学の世界では、人は与えられた予算のなかで、自身が得られる効用が最大になるよう、多くのモノやサービスへの支出を調整していると考えます。

 たとえば、テーマパークにもう一度行きたいと思っても、月末までに大事な資格試験のテキストを買わなければならない状況であれば、そちらを優先するかもしれません。飲み会に行きたいと思っても、今月の家賃の支払いが迫っている状況では、我慢するという選択をするでしょう。

 前者のケースでは、テーマパークに行く効用よりも、資格試験の勉強によって得られる効用のほうが大きいため、テーマパークへの支出を抑制した、という解釈になります。こうした行動を経済学的に見れば、一定の予算制約のなかで、全体の効用を最大化するために支出を調整していることにほかなりません。

 この話は、支出できる金額が一定、つまり給料の範囲内でお金を使うことを前提にしていますが、人が稼ぐ金額は状況によって変化します。そして、稼げる金額が変わってくると、お金の使い方も変わってくることになります。

稼ぐ人はお金を使うセオリー。所得と消費の関係

 もっともわかりやすいのは、ボーナスが入ると気が大きくなって、ついつい大きな買物をしてしまうケースです。また、昇給するたびに金遣いが荒くなり、年収が上がっても、自転車操業になっている人もいます。つまり、人は稼ぎの額が変わると、お金の使い方も変わってくるのです。経済学の世界では、稼ぎのことを「所得」と呼びますが、所得と消費の関係についても理論化されています。

 基本的に人は所得が大きくなるほど、消費(つまり需要)も増えていきますが、すべてのモノやサービスの消費量が所得と同じペースで増えていくわけではありません。

 その典型が食品です。いくらお金があっても、人が食べる量には限界がありますから、所得が大幅に増えても、食費はそれほど増加しません。逆に食事は生命を維持するために必要な支出でもありますから、年収が減ったからといって、食費をゼロにすることもありえません。このように、生活に欠かすことができないモノやサービス、すなわち生活必需品への需要は、所得水準に関係なく決まります。

 いっぽう、趣味への支出やいわゆる贅沢(ぜいたく)品などは、所得から大きな影響を受けます。なかには、給料が上がっても贅沢品はいっさい買わないという人もいるかもしれませんが、たいていの人は、給料が上がるとちょっと贅沢なモノを買おうとするものです。全体を平均すると、所得が上がるにつれて嗜好品や贅沢品への支出は確実に増えていきますから、こうしたモノやサービスに対する需要は所得に依存することになります。

 先ほど食品は生活必需品であると説明しましたが、食品にもさまざまな種類があります。1本何万円もする超高級ワインになると、それはもう生活必需品ではなく、完全に贅沢品・嗜好品の部類です。同じ自動車でも、軽のミニバンは生活に直結した商品ですが、フェラーリなどの高級スポーツカーはやはり贅沢品です。このように生活必需品と嗜好品の区別は、商品やサービスの種類で分けることもできますが、いっぽうで、同じ商品でも生活必需品と嗜好品に分かれてしまうこともしばしばです。

 人々の消費行動を変化させるのは、それだけではありません。商品の価格や自身の所得に加え、似たような商品が存在するかによっても、消費者の行動は変わります。

商品の値上げラッシュに、消費者はどう行動するのか

 先ほども説明したように、ほとんどの人には給料という予算制約がありますから、無制限にモノやサービスを購入できるわけではありません。したがって、ある金額であれば、十分な効用を得られた商品でも、価格が上がってしまうと、その魅力が低下し、需要が大幅に減少する現象が観察されます。その際、商品の購入がおトクか否かを判断する基準として、しばしばコストパフォーマンス(いわゆるコスパ)という言葉が用いられます。一部の商品は価格がちょっと上がっただけでも魅力がなくなり、コスパが劇的に下がってしまいます。

 では、価格が上下することで効用が変化する商品があった場合、消費者はどう対応するでしょうか。

 世の中には多くの商品がありますから、ある商品の魅力が低下しても、その代わりになる商品が出てくるはずです。そして消費者の多くは、商品価格が上がった場合、より安い価格で同じ効用を得られる別の商品を探すという行動を取ります。

 ビールの価格が上がっても、お酒を飲みたい人は、より価格が安い発泡酒を購入する可能性が高いでしょう。コーヒーを飲む人で、紅茶が嫌いでなければ、コーヒー豆の価格が上がった場合は、コーヒーの消費を減らし、紅茶の消費を増やすかもしれません。

 このように、ある商品の価格が上がった時に代わりに購入される商品のことを「代替品」と呼びます。したがって、商品の価格が変化すると、価格が変わった商品の需要が変化することはもちろん、代替品が買われることで、それ以外の商品の需要にも変化が生じるのです。

 このケースとは逆に、ある商品の価格が上がると、需要が減って売れなくなる商品もあります。たとえば自動車の価格が上昇すると自動車の売れ行きが悪くなり、結果としてガソリンの需要も減ることになります。同じくパンの価格が上がると、パンの消費量が減りますから、ジャムの需要も減少することがありえます。

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この記事の著者
加谷珪一

経済評論家。仙台市生まれ。1993年東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在、「ニューズウィーク(日本版本誌)」「現代ビジネス」など多くの媒体で連載を持つほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。著書に『新富裕層の研究』(祥伝社新書)、『戦争の値段』(祥伝社黄金文庫)、『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)など多数。

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