異物混入、弁当盗難…大田区の人気弁当「玉子屋」が受けた壮絶すぎる嫌がらせを2代目社長が告白
ライバル会社による弁当廃棄に異物混入、少しでも経営にかかるコストを下げたい企業の意向に伴う失注……。東京・大田区に本社を構え、一日7万食の弁当を配送することもある玉子屋の成長の裏側では、さまざまなトラブルが絶えず発生してきた。そんな中で従業員のモチベーションを保ち、玉子屋の魅力をどうアピールしているのかについて、同社社長の菅原勇一郎氏が語る――。全4回中の3回目。
※本稿は、菅原勇一郎『東京大田区・弁当屋のすごい経営』(扶桑社新書)の一部を再編集したもので、数字などは2018年当時のものです。
弁当を盗まれ、得意先を奪われる
ショックなことがありました。ある月に100食の大口契約を他社に取られてしまったのです。それも2ヶ所、合計200食分です。私が玉子屋に入って20年以上が経過しましたが、こんなことは初めてです。
玉子屋が目立って食数を伸ばすようになってから、他社の標的にされることが増えました。玉子屋に発注してくださるお客様に、ほかの弁当屋が営業をかけるとき、「玉子屋はいくらで卸していますか?」とは聞かない。
「玉子屋のマイナス50円でやります」
こんな調子で価格競争を仕かけてきます。ときには3社、4社がタッグを組んで潰しにかかってくることもありました。1社が1週間弁当を無料で配るとして、4社が組めば1ヶ月無料で弁当を配れます。その分、玉子屋への発注がなくなる。
90年代後半には、弁当を盗まれて公園にばらまかれたり、配達員が後をつけられて弁当に異物を入れられたこともありました。そういうタイミングで玉子屋の得意先に営業をかけて、注文を取るのです。
競争を勝ち抜くために目には目を、というわけにはいきません。私たちはそういうひきょうな真似は絶対にしない。ただし、「3倍返し」というルールを決めていました。
10食取られたら、「悔しくないのか。ウチのほうが美味しいんだから1ヶ月以内に30食取り返してこい!」と発破をかける。「3倍返し」を徹底していたので、ほかの業者に取られるたびに、逆に食数は増えていきました。
低価格で勝負してくる相手からどうやって3倍返しで取り返すのか。値引きをして一時的に取り返したとしても、不毛な消耗戦に陥るだけです。だから値引きはしません。
450円の玉子屋の弁当に対して競合相手の弁当が380円だとしたら、70円の価格差をお客様に説明して、いかに納得してもらうか。やはりこれが大事です。
たとえば原価率の高さ。玉子屋は食材にお金をかけています。しかも、数万食分という大量仕入れによって仕入れ値を下げたり、クオリティの高いプライベートブランドをつくってもらっている。
だから私たちが謳っている「50数%」という原価率は、他社の原価率で言えば60%ぐらいに相当するはずです。それくらい自信はあります。
プライベートブランドのフライにしても、衣は極力薄くして、揚げる油も使い回しではなく、継ぎ足し継ぎ足しで酸化を抑えて、常に新鮮な油で揚げるように心がけています。だから「玉子屋の揚げ物はヘルシーで胃にもたれません」と堂々アピールできる。
弁当箱を回収するときなどに、こうした説明をきちんとしていけば、他社につけ込まれにくくなるし、3倍返しで取り返すときにも強力なセールストークになります。
「何が潮の変わり目になるかわからない」という危機感
私が玉子屋に入ってメニュー改革に取り組んだのは、クオリティを高めてお客様に喜んでいただきたかったからだし、「玉子屋の日替わり弁当」を強固なブランドにしたかったからです。
社員の皆にも自社の弁当に自信とプライドを持ってもらいたかったし、お客様に玉子屋の弁当を美味しく食べていただくことに喜びを感じて仕事をして欲しかった。
そのための社員教育にもじっくり時間をかけて取り組んできたつもりです。それだけに100食の大口契約を同じ月に2ヶ所も取られたのは非常にショックでした。「6万食も7万食も売っていて、そんな数を気にするのか」と思われるかもしれませんが、何が潮の変わり目になるかわかりません。
築き上げた信用も崩れるときは一瞬。ほんの1回のミスが命取りになる。何も口出ししなかった会長から、それだけは何度も言い聞かされました。
100食の大口契約を取られた理由はすぐに判明しました。2件とも人為的ミスです。1件は先方の担当者の機嫌を損ねたことが原因でした。
決して悪気はないのですがあまり愛想がよくない配達スタッフがいて、総務部の担当者から嫌われてしまった。「あの人が配達するなら、もう取らないわよ」とクレームを受けていました。にもかかわらず、エリア担当の上司が当人にきちんと話をしなかったために、その後も態度を改めることもなくそのスタッフが配達を何度か繰り返した。結局、クレームを放置する形になったわけです。
担当者としては、弁当の発注先を変えたい。しかし、その会社でも玉子屋の弁当は美味しいと評判だったので担当者の独断で簡単には変えられない。そこで従業員にアンケートを取りました。当然、「美味しいけれど、こういうところを改善して欲しい」という意見も出てきます。
そのアンケート結果を役員に上げて、こういうところを直して欲しいとお願いしても改善が難しいようなので、ほかの業者に替えます」という話に持っていかれてしまった。
弁当のコスト削減で出世を目指す人事総務
もう1件はネットでご注文いただいていたお客様です。玉子屋では約1割がネット注文ですが、そのお客様から「現金売りをやって欲しい」という要望があった。
現金売りというのは、先方のオフィスの一角を借りて昼休み時間などに弁当を現金で売ることです。注文とは違って、30個なり、50個なりの弁当を持ち込んで、売り切れ御免で売り捌く。売り子は配達スタッフがそのまま務めることもあれば、そのための人員を派遣するケースもあります。
すでに現金売りをしているオフィスは何十ヶ所もあるのに、エリアの担当者が勘違いして「ウチはそういうのはできません」と言ってしまった。「あれ、玉子屋さんは現金売りできると思ったけど、できないなら……」と先方の担当者が上司と相談して、現金売りできる業者に乗り換えてしまった。
本当に単純なミスです。それで100食失った。一度手放した注文はそう簡単には取り返せません。特に大企業は業者の選定も決済があります。すぐに元の業者に戻すとなれば、「だったら何で変えたんだ? 玉子屋のままでよかったじゃないか」という話になって、責任問題に発展してしまう。
総務や人事の担当者の中には弁当をうまく絡めて出世したいと考える人もいます。会社が弁当代を一部負担しているような場合は、450円の弁当を390円の弁当に変えるだけで60円経費が浮く。60円×社員数×年間でそれなりのコストカットになります。新しく役員になった人が経費削減の手柄欲しさに弁当業者を変えることだってある。
逆に波風を立てたくないという担当者もいます。自分が担当のときに業者を変えて問題が起きたら困るから、とにかく現状維持を志向する。
取られた200食を「3倍返し」で取り返すとなれば1ヶ月で600食。食数が勢いよく伸びていた頃ならいざしらず、今は同業他社も頑張っているし、コンビニエンスストアやファミリーレストランなどの外食、街の中華屋や飲食店までランチメニューを充実させています。簡単に600食が取り戻せる時代ではないのです。