新・華麗なる一族…岸田翔太郎vs岸信千世「未来の総理」への過酷な道”世襲は続くよどこまでも”
世襲議員のすべてが悪いわけではない。出自がなんであれ、国民のために汗水垂らす優秀な人物が選挙で民意を得れば、議員バッジをつけることに誰も異論はない。だが、世間の目が世襲議員に厳しいのは、選挙で圧倒的に有利な「地盤・看板・カバン」を継ぎながら、その後継者たちが往々にして、庶民の感覚とかけ離れたお坊ちゃん感覚を持っているケースが見られるからだ。今やその代表例が、岸田文雄首相の長男、首相秘書官を務める翔太郎氏だ。
「長期政権後、翔太郎氏に世襲」を目論む岸田首相
7年ぶりに日本で開催される先進7カ国首脳会議(G7サミット)の開催地で、一つの「帝国」が完成しつつある。5月の広島サミットで議長を務める岸田首相は自らの地元で、唯一の被爆国として「核なき世界」を目指すリーダーシップを発揮し、緊迫するウクライナやアジアの情勢を踏まえた外交成果をあげるための準備に余念がない。
内閣支持率は、依然として低空飛行を続けるものの、自民党支持者の「岩盤」に支えられて下げ止まり感を見せている。閣僚や秘書官の不祥事に見舞われているとはいえ、来年9月末までの自民党総裁任期を再選出馬で突破すれば、長期政権を手にすることは十分可能だ。そうなれば、65歳を迎えた首相の心は自らの “後継” に移ることは想像に難くない。
言うまでもなく、岸田首相は祖父も父親も衆院議員を務めた「三世議員」だ。早大法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。父・文武氏の長男として秘書に就いた後、「選挙区・知名度・資金」(3バン)を引き継ぎ35歳という若さで議員バッジをつけた。宮沢喜一元首相を伯父に持つ自民党税調会長の宮沢洋一参院議員は従兄にあたる。
自らが政治家となった年齢を考えれば、同じように長男を「4代目」にすることに迷いはないだろう。慶大卒業後、三井物産に就職した翔太郎氏を2020年から公設秘書につけ、首相就任後1年を迎えた22年10月には首相秘書官に抜擢(ばってき)した。あらゆる情報にアクセス可能な政務秘書官という最重要ポストに就いた翔太郎秘書官の年齢は32歳だ。来年9月の自民党総裁選で再選を果たし、さらに3年在任することができれば、翔太郎氏は36歳となる。長期政権を築いた後に余力を残したまま政界引退し、自らと同じような年齢で長男に引き継ぎたいとの “親心” も透けて見える。
宏池会領袖の座を譲らないのも、翔太郎氏への世襲のため
菅義偉前首相から脱派閥を要求されながらも、自民党第4派閥・岸田派(宏池会)領袖の座を離さないのは、一族で宏池会を支えてきたという自負と、翔太郎氏へのスムーズな “世代交代” を考えてのことだろう。そこには、国会議員が「家業」になっているとの感覚すら感じられる。2021年の総選挙に出馬せず「国会議員の職は主権者の主権を預かっており、個人のものではない」と世襲を否定した伊吹文明元衆院議長の言葉など、気にも留めない姿が浮かび上がる。
先に触れたように、世襲であろうがなかろうが、その人物が優秀で国民のために尽くしてくれるのであれば、現行制度上の問題はない。慶大から三井物産に進んだエリートの翔太郎氏も、類い稀な才能を持っているのかもしれない。だが、消費者物価指数の上昇率が41年ぶりの高水準にあって国民が苦しむ中、32歳で年収1000万円を超える翔太郎氏が首相外遊中に公用車を使った「観光」や土産の「買い物」をすれば、どのような視線が向けられるかが分かっていないという感覚には呆(あき)れざるを得ない。
さらに、性的少数者や同性婚に対する差別発言で経済産業省出身の荒井勝喜首相秘書官(当時)は、問題視された後にスピード更迭したものの、翔太郎氏については何らお咎(とが)めなしという “父親” の姿勢にも疑問が残る。翔太郎氏の行動は「対外発信に使用する目的で街の風景やランドマークの外観の撮影」が目的であるため問題ないというのが政府の見解だが、公務として行動していたと言っているにもかかわらず、その中でプライベートの買い物をする理由が分からない。最高権力者とその息子のズレた感覚は、今後も批判を免れないだろう。
「華麗なる家系図」を慌てて隠滅で注目…安倍晋三元首相の甥っ子、岸信千世氏
もう1つ「世襲」批判が出ているのは、衆院山口2区だ。岸信夫前防衛相(前首相補佐官)が体調不良を理由に議員辞職し、4月に行われる補欠選挙に31歳の長男・信千世氏が立候補を表明した。信千世氏は曾祖父に岸信介元首相、曾祖叔父は佐藤栄作元首相という政界きってのサラブレッドで、祖父は安倍晋太郎元外相、伯父は安倍晋三元首相である。慶大商学部卒業後、フジテレビに入社。20年11月には信夫防衛相の大臣秘書官に就いた。
「華麗なる一族」「30代前半」「慶大」「秘書官」というキーワードは翔太郎秘書官とも共通する。こちらも優秀な人物であると信じたいところだが、すでに正式出馬前から奇怪な動きが注目を集めている。
信千世氏は、公式サイトの最も目立つ位置に華麗なる一族の「家系図」を掲載し、自らの血統を誇示していた。しかし、翔太郎秘書官の問題とともに世襲批判が起こると「家系図」を削除。その後、公式サイトは閲覧不能となり「ただいまメンテナンス中です」(2月17日現在)という表示のみが現れるようになったのだ。
自ら「世襲」をアピールしておきながら、批判が出ると何ら説明しないまま撤回する点は「ブレない男」「頑固な政治家」といわれた伯父・安倍元首相や父・信夫元防衛相とは異なる姿勢だろう。慶大出身で信千世氏を知る全国紙記者は語る。「翔太郎秘書官も信千世氏も1991年生まれの『Y世代(ミレニアル世代)』で、将来の日本を担う2人の活躍を期待していた。でも、政治家になることを約束されたような家庭で育ち、どこかで庶民感覚とズレてしまったのかな。『天は人の上に人を造らず』という福沢諭吉先生の言葉をいま一度、噛みしめて欲しい」
岸信千世氏の “世襲完了” はすでにほぼ確定…世襲議員が育つかどうかは “国民感覚との距離” 次第
4月に行われる衆院補欠選挙は、信千世氏が立候補する山口2区と安倍元首相の死去に伴う山口4区、議員辞職を受けた和歌山1区と千葉5区の計4選挙区ある。補選は「与党が全勝」(全国紙政治部記者)の勢いとされ、その通りならば信千世氏の世襲は一足先に “ミッションコンプリート” となる。同じ山口が地元の河村建夫元官房長官(山口3区)が世襲に失敗し、息子が地縁のない地域に追い出されて落選した一方で「岸家」の地盤は強固だ。
自民党の世襲議員の1人は声を潜める。「選挙区を回って有力者と会うにしても、スタッフと政策を練るにしても、世襲であることは圧倒的に有利。公募や予備選というところもあるかもしれないが、大物政治家の家系ならば他の “候補者” が勝つのは容易ではない。実態としては、右も左も分からないところから選挙を通じて知識と経験を積み、一人前になっていくということではないか」
秘書官出身の世襲議員と言えば、福田康夫首相の秘書官を務めた自民党の福田達夫衆院議員が当選3回という若さで党総務会長を経験し、「3代続けて宰相になり得る男」と言われている。翔太郎氏や信千世氏の政界におけるステップは未知数だが、やがて出世街道を歩み、首相や閣僚といったポストに就くことはあるのか。その成否は国民感覚との距離がカギとなることは間違いない。