軍事専門家「非常に危険な状況」恐怖の中国”台湾包囲”がウクライナ侵攻に相似の指摘…日本が米国に伝えなくてはいけないこと
4月8日、中国軍は台湾本島を取り囲む形での軍事演習を開始した。また11日からは、米軍とフィリピン軍による台湾有事などを念頭に置いた合同軍事演習も始まった。台湾有事の緊張感が一気に高まる原因ともなった2022年夏のナンシー・ペロシ下院議長(当時)の訪台から、そのような状況下で日本が取るべき行動まで、自衛隊の元将官である小川清史氏、伊藤俊幸氏、小野田治氏らが激論を交わす――。
※本稿は小川清史、伊藤俊幸、小野田治著『陸・海・空 究極のブリーフィング 宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方』(ワニブックス)から抜粋、編集したものです。
民主党政権の「アホな判断」で戦争がくり返される
桜林美佐氏:2022年8月、米国のナンシー・ペロシ下院議長(当時)が台湾を訪問したことについて賛否両論が沸き起こっています。アメリカが戦略的に行っているのであればまだしも、どうもそうは思えない。
伊藤(海):思えないですよね。いろんな見方はあるけれど、バイデン大統領が「米軍は、現時点ではペロシ氏の訪台をいい考えだとは思っていない」と言ったでしょう。ペンタゴンで「あのバカ、何やっているんだよ!何でこんな時に行くんだよ!」と会話している光景が目に浮かびます。
中国側は台湾周辺で実弾演習を行い、台湾沿海の6カ所にわたってミサイルを撃ち込んでいます。
アメリカの歴史を見ていつも思うのは、民主党政権がアホな判断(政策ミス)をして、その結果、共和党政権で戦争になるパターンが繰り返されています。またそれなのか、とものすごく嫌な予感がします。
小野田(空):私には“ウクライナ侵攻の相似形”に見えます。と言うのは、プーチン大統領がなぜキレたのか――「キレた」という言い方は適切じゃないかもしれないけど、2021年にウクライナ国内にNATO軍が入って合同演習を行っていたわけです。
それをきっかけに、同年9月に今度はロシアとベラルーシがウクライナ周辺で大規模な合同軍事演習を実施することになりました。そして結局ウクライナ戦争が始まってしまった。この状況を台湾に当てはめてみると、非常に危険な状況になることがわかります。
前時代的な北朝鮮・中国・ロシアに必要なソフトランディング
小川(陸):日本の周りは北朝鮮、中国、ロシアといった脅威対象国がひしめいています。米国の未来学者アルビン・トフラーは1980年、第一の波(農業革命)、第二の波(産業革命)に続き、第三の波(情報革命)がやってくると予見しました。
この3国に共通しているのは、トフラーの「第二の波」にあたり、それが新しい「第三の波」とせめぎ合う変革期の時代にあるということです。
冷戦後には、国家内の民族が異なることに起因する分離独立の民族紛争が頻発しました。基本的にロシアは「ウクライナ人はもともと同じ民族であり、ロシアと合体させるべきだ」という、言わば帝国主義路線をとっています。
中国も「台湾は俺たちのものだ」という言い分で、やはりそれを自分たちと合体させようとするエネルギーです。北朝鮮も、第二次世界大戦後すぐに朝鮮戦争を始めて以来、まだ韓国と休戦中という戦争状態にありますが、北によって「朝鮮半島は統一すべきである」という方針では一貫しています。
このような帝国主義型の前時代的な「第二の波」の国家に対して、現代的な「第三の波」の各国がそれぞれ自由・多様化を求めていくという構図が、これからの時代の国家のせめぎ合いだと見ることができます。
したがって、それをどうやってソフトランディングさせていくかが肝要なのに、そこに違うエネルギーを注いでしまったら、事前に対応策がなかったらこの後の対応は難しくなるだろうな、というのがペロシ氏の訪台に対する私の感想です。日本はその2つの波の狭間にあって、第三の波の立場で非常に難しい判断を迫られています。
日本はアメリカに「そのやり方ではまずい」とアドバイスを
桜林:日本が取るべき態度については、どうお考えですか?
小川(陸):第一の波と第二の波の時代にも、激しいせめぎ合いが起こっていたと思います。前の時代から残っているものもあれば、乗り換えていくものもあるけれども、新しい時代では価値観が変わるし、制度も違う。
ロシアの地上軍を見ても、中国の地上軍を見ても、前の時代である第二の波の状態が残っています。フランシス・フクヤマも言っているんですけど、民主主義という理念は合っているんだけど、制度が間違っていると結果的に目指す民主主義国家とは違う国家となってしまう。
そこを直していかなきゃいけない。そういった民主主義制度づくりに対して日本は貢献できるはずです。各国家を支援しつつ国際的な秩序をいかに構築していくかに参画していくべきではないかと思います。
桜林:アドバイスしていくということですか?
小川(陸):たとえば、中国に対し敵対的なやり方だけで向かっていくアメリカ型ではまずいということを言うべきでしょう。どちらかというとアメリカ型のロシア・ウクライナ戦争以前までのやり方は、ペニシリンで病原体をやっつけるけど、その後に新しい病原体が出てくるように、敵を倒しては新しい敵を生む連鎖から抜け出すことができませんでした。
敵と味方で二分するからいつもそうなってしまうわけです。その姿勢を、もう少し自分たちとは違う価値観も認めて、周りと協力したり、交渉したりしながら、これから目指すべき秩序をともに模索していくようなアドバイスをするということです。
もちろん、テロリストと協力や交渉するという話ではありません。たとえば安倍さんがやろうとされていた「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンのように、中国やロシアと単純に敵対するのではなく、彼らに帝国主義をとらせないようにインド太平洋で包囲網を構築するというやり方ですね。
伊藤(海):同感です。安倍元総理だったら、絶対アメリカの大統領に助言して、間違いなくペロシさんを止めていたでしょう。
安倍元総理は皆さんにすごい誤解をされていて、右だの何だのと言われていましたが、保守層にしっかり支えられている基盤があるからこそ、「どうやって中国を取り込んでいくか」を一番考えていた人でした。
だから、安倍さんだったらペロシ訪台の話を聞いた瞬間にアメリカ側に対して「それは駄目だよ、あなたたちは中国のことがわかっていない」と言って説得していたと思います。安倍さんだったら……日本もそれができたんです。安倍さん以外の日本の首相には到底できないことです。
安倍晋三が修復した日・米・中関係
小野田(空):私が安倍さんについて思い出すのは、私が2013年から2015年までハーバード大学にシニアフェローとして行っていた時のことです。この期間に安倍元総理がハーバードにおいでになって講演をされているんですよ。
学生が「安倍はhawkish(ホーキッシュ:タカ派)だ」と一様に言う中、安倍さんは1時間ほど講演をされ、その後で矢継ぎ早に厳しい質問を受けていましたが、本当に見事にお答えになっていました。それをきっかけに、彼らの安倍さんに対する見方が一変したという印象を私はすごく受けました。
当時の第一次オバマ政権の時は、日中が対立軸、米中が蜜月関係にあった反面、日米は民主党政権時代にかなり壊れた関係になっていて、修復に入っていくかどうかという微妙な状況でした。それを思うと今のこの日米関係、米中関係というのは当時と比べて激変していて印象深いですね。安倍元総理が日米関係を修復するとともに、中国との対立関係も改善させたということですよ。
今では、インド太平洋戦略のように、どちらかといったら日本が構想の中心に近い形になっている。これはやはり安倍元総理の功績であり遺産だとつくづく感じます。
桜林:当時のアメリカは中国の脅威に鈍感で、気がついたら一帯一路政策が進んでいましたよね。
伊藤(海):アメリカは中国を簡単に取り込めると勘違いしていたんですよ。私が防衛駐在官当時の太平洋軍司令官デニス・ブレアさんは、「日・米・中は等間隔のトライアングル関係」という考えでした。
ペンタゴンで私のカウンターパートだったハリー・ハリスにそのことに伝えると「違う。日米と中の関係だ」と彼も認識していました。2001年当時は、ハリスも私と同じような考えだったのに、2013年頃になると「中国はこちらに取り込めばいいんだよ」という考えになっていた。
「おいおい、中国を舐めたらだめだよ」と思っていましたが、そんな状況から安倍元総理が米中関係を修正した。だから、その功績は大きかったと思いますよ。