市川猿之助騒動「絶望の歌舞伎界を救ってくれ、香川照之」息子が『猿之助』襲名既定路線…コロナで打撃の業界、土下座から倍返しだ!

小倉健一
公開)

コロナで公演中止損失を計上した松竹

 新型コロナウイルスの世界的な流行が始まってから約3年。歌舞伎座は2020年3~7月、公演を中止した。2020年8月に観客数を制限して公演を再開したものの、関係者の感染により幾度となく公演が中止になった。2022年には、「第7波」で7月に10日間の舞台が中止になってしまった。歌舞伎興行をほぼ一手に担う松竹は、2022年3~8月期の決算で、約2億円を「公演中止損失」として計上したのである。

 このようにコロナに翻弄され続けた歌舞伎界も、2023年に入って客席や舞台上の様々な制限を徐々に緩和、劇場内も以前の姿を取り戻しつつあった。

 コロナ禍にあった歌舞伎界は、これまで当たり前とされてきたことができなくなり、伝統芸能の継承も困難になっていた。歌舞伎には一般的な演劇のような演出家が存在しない。 代わりに役者たちが台本の解釈、表現方法、衣装、化粧、全てを取り仕切ることになる。 優れた演出は人気が出て定着し、「型」となる。歌舞伎では、座長を中心に、役者たちが結束してお芝居をつくりあげていくというスタンスをとっている。年配の俳優たちは、後輩が楽屋に挨拶に訪れると、アドバイスを与えたり、芸談に花を咲かせていた。つまり、通常の演劇では演出家1人が役者と向き合い、演技を伝えるのが一般的であるが、歌舞伎の場合は、第一線級の人たちが集まって、芸をそれぞれ若手に伝えていくというきめ細やかな演技技術の伝承が行われていた。歌舞伎といえば世襲ばかりが注目を受けるが、集団で芸を継承していくシステムが機能していたのだった。

久しぶりの明るいニュース。海老蔵の「市川團十郎」襲名


 松本幸四郎は、朝日新聞(3月25日)のインタビューに答えて、「今は映像や音源が家にいても手に入りますが、それは『情報』。(実際に)教わる、見る、聞くことは大事であることは、なくならないと信じています。生で見る舞台も、決してなくならない。『変わらない』ことが、これからの『変わり方』ではないかと思います」としている。公演中止が重なり、収入が激減した。ウーバーイーツなどの副業に従事する役者が出た一方で、廃業に追い込まれた役者も多く出た。しかし、何よりも問題だったのは「古典劇の継承」が危ぶまれたことだろう。中村吉右衛門、片岡秀太郎のベテラン勢が相次いで死去した。片岡仁左衛門も高齢によって体力を使う演目が徐々にできなくなっている。

 2022年10月31日、久しぶりに明るいニュースが舞い込んだ。市川海老蔵が「市川團十郎」を襲名したのだ。歌舞伎の大名跡が誕生し、襲名披露興行を開催した。

 歌舞伎における「襲名」は、先代または先々代の芸名を受け継ぐという伝統的な儀式を指す。これは家系や門弟関係の中で行われ、役者のスキルや経験の成熟、または家系の代替わりを示すためのものだ。この儀式は、特に重要なステージイベントとして計画され、多くの場合は大規模な舞台で行われることになる。観客はその舞台を通じて新たに名前を受け継いだ役者の出世を祝う。戦後からは、観客へのお披露目が絶好の集客の機会となることから、興行面でも重視されるようになった。團十郎の襲名興行に伴い、観客からの掛け声も解禁となった。

そんな中でまさかの事件が…

 歌舞伎から足が遠のいていた客も徐々にではあるが、再び劇場に足を運ぶようになった。よし、歌舞伎の復活はこれからだ、と、関係者が一様に気合を入れていた矢先に、忌まわしい事件が起きてしまった。報道によれば「歌舞伎俳優、市川猿之助さん(47)と両親が、東京都目黒区の自宅で倒れているのが見つかったことを巡り、警視庁捜査1課は19日、両親の遺体の司法解剖を実施した。その結果、父親で歌舞伎俳優の段四郎さん(76)と母親(75)の死因は向精神薬中毒とみられることが判明した」「3人が倒れているのが見つかったのは、18日午前。段四郎さんは搬送先の病院で死亡し、母親は自宅で死亡が確認された。猿之助さんは命に別条はないという」「捜査関係者によると、両親は2階のリビングの床にあおむけで並んで倒れており、布団がかけられた状態で発見された。母親は自宅で死亡が確認されたが、18日午前に発見された時には死後硬直が始まっていたという。段四郎さんは搬送先の病院で死亡が確認された。2人とも17~18日に死亡したとみられる」(毎日新聞・5月19日)という。

 猿之助から出されたとされる遺書も見つかっており、自身のスキャンダルを報じた週刊誌報道が自殺の原因だった可能性があると言われている。

 ここで、「市川猿之助」という歌舞伎名跡を巡る歴史について触れておきたい。歌舞伎をあまり知らない人からすると少々複雑な経緯がある。

“猿之助”という名前は僕の中では神様に等しい

 今回、忌まわしい事件が起きたのは、4代目市川猿之助で、本名が喜熨斗 孝彦(きのし たかひこ)だ。4代目というからには、猿之助には初代、2代目、3代目がいる。3代目市川猿之助は、現在、2代目市川猿翁を襲名していて、4代目猿之助の父親の兄にあたる。猿之助(4代目)は、襲名発表した2011年、「伯父から “僕のやってきたことを継いでほしい” ということで、その時点では “猿之助” という名前は、僕の中では神様に等しいような憧れの名前ということはありますけれども、“憧れ=それになりたい” というわけではないです。あまりにも憧れすぎて」(日テレNEWS・5月18日より)とコメントしている。

 そして、2代目猿翁の息子にあたるのが、市川中車。つまり香川照之である。
 香川照之と猿之助(4代目)はいとこ同士であり、一座として、頻繁に同じ歌舞伎演目に出演しているのだ。

 「猿之助」という歌舞伎名跡は、3代目猿之助の実子である香川照之に受け継がれてもよさそうなものだが、香川照之は幼い頃に両親が離婚し、母(浜木綿子)のもとで育てられた。東大を卒業して俳優になり、テレビや映画俳優として人気が爆発したものの、2012年「6月歌舞伎」まで歌舞伎の世界には入らなかった。

香川照之の実子「市川團子」が5代目猿之助、襲名既定路線

 2013年には、ドラマ「半沢直樹」が放映され、主人公の敵役である大和田常務を演じた。相当に憎たらしい役で、倍返しをされた挙げ句の屈辱の土下座シーンなど、ドラマを大いに盛り上げたことは記憶に新しい。香川照之は、芸能界では本名を、歌舞伎界では「市川中車」という二足のわらじをはくことになったのだ。歌舞伎関係者はこう話す。

「猿之助(4代目)は、結婚せず、子どもをつくらないことを周囲に明言していて、香川照之の実子である『市川團子』が、いつの日か、猿之助(5代目)を襲名することが既定路線となっていた。今回、猿之助が引き起こした事件で、幸いにも命に別条はないという報道があったものの、両親が自殺をしており、自身も自殺未遂をしたことで、歌舞伎への出演が当面難しそうな状況だ。そうなると『猿之助一座』は解体の危機を迎えてしまう。猿之助抜きで、どこまでお客を呼ぶことができるのか。香川親子にとって、試練のときを迎える」

 香川照之といえば、こちらも週刊誌報道によって、失脚、謹慎を余儀なくされた経緯がある。ようやく團十郎襲名興行で舞台復帰を果たした直後の、いとこ・猿之助(4代目)の事件に、香川照之が心を痛め、失意のどん底にあるのは想像に難くない。これからどうしていけばいいのだろう、そんな不安もきっと抱えていることだろう。

猿之助歌舞伎の維持・再建の中心人物は香川照之

 猿之助は、自身の襲名時に「一番の念頭にあるのは襲名やこういうようなことを通して、個人ではなく歌舞伎というものを末永く守りたいとそのための襲名だということは僕の中では変わりません」(日テレNEWS・5月18日より)と述べているように、この「猿之助」という名跡や、猿之助一座は、歌舞伎という芸能を末永く続けるという意志が具現化したものであるはずである。

 問題が複雑化しているのは、性的加害者として報じられた猿之助がその直後に事件を起こしたことから、猿之助を全面的に擁護することが公共の感情と一致しない可能性があるという点だ。しかし、猿之助が以前に述べたように、一座や猿之助歌舞伎の維持・再建について考えたときに、中心人物は香川照之であると確信する。彼自身とその子供が「猿之助」の名跡と一座を継承できるか否かは、香川照之にかかっている。落ち込んでいる場合ではないはずだ。

 もちろん、これは簡単なミッションではない。そもそも製作を担う松竹の方針なのか、今月の明治座を含めて、いい役が香川照之には与えられていないという不満がファンにはくすぶっている。なぜ、人気者の彼に主役級の役が与えられないのだろう……不思議でしょうがない。

 名跡の継承、一座の存続、そして何よりも歌舞伎という芸能の存続と発展に貢献することは、個人の力だけでなく、全体の協力と理解、そして時間が必要となる。その過程で、香川照之と彼の周囲の仲間は多くの困難と直面するだろうが、その努力が歌舞伎の未来に対する一歩となることを願っている。私は、テレビや映画での香川照之のお芝居で何度笑わせてもらったか、数え切れない。たくさんの人が、彼の大復活を待っていると思う。今こそ、大どんでん返し、そして、倍返しだ。(文中敬称略)

◆主な相談窓口

いのちの電話 ナビダイヤル=0570・783・556(午前10時~午後10時) フリーダイヤル=0120・783・556(午後4時~同9時。毎月10日は午前8時~11日午前8時)

日本いのちの電話連盟 https://www.inochinodenwa.org/

小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact/

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