迷走するトラック協会「送料無料表記が業界の地位を著しく低下させている」主張の根拠は何なのか…運転手を守る立場であるはずなのに

 2024年4月1日から始まる、働き方改革関連法による時間外労働の規制強化だが、これにより物流業界に大きな影響が出るとされる。元プレジデント編集長で作家の小倉健一氏が語るーー。

目次

トラック運転手のブラックな職場環境

 2024年4月1日から物流業界にも適用される働き方改革関連法による時間外労働の規制強化は、企業の売り上げや業績にも損害を与える深刻な問題だ。その背景には、トラック運転手のブラックな職場環境がある。

厚生労働省の「参考資料1 改善基準告示見直しについて(参考資料)(https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000840794.pdf)によれば、全産業の平均年齢は、43.2歳、超過実労働時間が平均10時間なのに対し、トラック運転手は、大型で49.4歳、35時間となっていて、中小型では46.4歳、31時間となっている。残業時間が平均の3倍を超えている。

 また、同法を可決するにあたってつけられた「働き方改革関連法の国会附帯決議」(参議院厚生労働委員会附帯決議・2018年6月28日)では、「現状において過労死や精神疾患などの健康被害が最も深刻であり、かつそのために深刻な人手不足に陥っている運輸・物流産業の現状にも鑑み、決して物流を止めてはいけないという強い決意の下、できるだけ早期に一般則に移行できるよう、関係省庁及び関係労使や荷主等を含めた協議の場における議論を加速し、猶予期間においても、実効性ある実労働時間及び拘束時間削減策を講ずること」としている。

法律にありがちな、長いだけの悪文付帯決議文言の誤り

 法律にありがちな、長いだけの悪文だが、ようするに「このままだとトラック運転手が過労死したり精神疾患になるから法律をつくった」のだということだ。たしかに厚労省の別データ(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33879.html)を見ると、過労死する人が多いようだ。ただし、精神疾患は多い方ではないので、この付帯決議の文言は誤りがある。

 この規制強化によって、時間外労働時間の上限が960時間に制限される。NX総合研究所(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/sustainable_logistics/pdf/003_01_00.pdf)によれば、この規制強化によって、国内の輸送能力は、14.2%(4億トン)不足する可能性が指摘されている(2030年には34%不足)。特に、農水産品は32.5%もの大きな供給能力が不足されることが指摘されていて、法律の施行を前に、食品小売業は大パニックを起こしていて、「物流倒産」も囁かれている。

 これまで企業の活動において、「製造と販売」だけがクローズアップされていて、企業はどちらかに特化したり、はたまたユニクロを経営するファーストリテイリングのように「製造小売業」を標榜し、製造と販売を一緒にするビジネスモデルがもてはやされてきた。

店では絶対に売れないものがあります。それは「棚に置いていない商品」

 しかし、物流の供給能力が圧倒的に不足する現代の日本においては、製造、販売に、物流を加えたビジネスモデルを念頭に置く必要がでてきたということだろう。流通業と言いながら、実態は「販売」や「開発」のビジネスであったものが、「流通」という本来の言葉の意味をもったビジネスモデルを構築する必要がでてきたということだ。

 コンビニエンスストラチェーン「セイコーマート」を経営するセコマ会長の丸谷智保氏は<小売業は、店には必ず商品が届く必要があるのに物流をあまり重要視してきませんでした。店では絶対に売れないものがあります。それは「棚に置いていない商品」です>(2024年1月5日、DIAMOND Chain Store)と話している。
では、企業はどうこの問題に立ち向かっていくべきだろう。ローランド・ベルガーの小野塚征志氏はこう話す。

<意識しておきたいのは、物流改革において30年までと、30年から40年とでは、そのアプローチはまったく異なるものになるということだ。物流における技術革新が起きるためである。30年までは労働力不足に伴って輸送能力の減少が見込まれる一方、30年以降は自動運転の実用化が進み、物流センターや店舗のバックヤードでの自動化・機械化も実現され、物流領域で必要な労働力は減少すると考えられる。よって30年までは、既存のレガシーをうまく使いながら、共同配送のための伝票の共通化や、ハンディターミナルのデータの標準化、人手をなるべく介在させない仕組みづくりなどに取り組むフェーズだ>(2024年1月5日、DIAMOND Chain Store)。

トラック運転手を守る立場であるはずのトラック業界の右往左往

 この問題は大きな示唆に富んでいるだろう。2030年まであと6年、しばらくの間、物流については綱渡りが続くのかもしれないが、この経営課題が未来永劫続くことはない。現状でも、例えば、日産のセレナは、一定条件のもとで高速道路を手放しで運転をすることが可能だ。トヨタ自動車が今夏にも、運転手不要のロボタクシー事業を念頭に、特定の条件下で人が運転に関わらない「レベル4」による自動運転サービスを始めるのだ。

 では、物流の担い手であるトラック運転手の立場に立つとどうだろうか。見ていて、まったく訳がわからないのが、トラック運転手を守る立場であるはずのトラック業界の右往左往だ。

 たしかに、職場がホワイト化するのは一般化されるのは歓迎されるべきことかもしれない。しかし、トラック運転手の中には、「たくさん稼げるから」という理由で、働いている人もいることを踏まえなければならない。

もっとマシな方法はなかったのか……

 1980年代、大手居酒屋チェーンのワタミグループ創業者である渡邉美樹氏は、明治大学を卒業後、会社設立資金の300万円を稼ぐため、佐川急便で1年間トラックの運転手をした。当時のトラック運転手は、現在よりも格段に劣悪な環境であったことが窺えるが、そこでがむしゃらに働いたのだ。その300万円で経営不振に陥っていた『つぼ八』のお店を買取、飲食店オーナーとして独立を果たしたのだ。1980年代当時より物価は上がった。300万円では同じレベルの飲食店を買うことはできないかもしれない。何より、20代で1年間で300万円を貯めることができる仕事など、現在でもあまり見つかるものでもない。

 トラック運転手の中には、発注主のブラックな要望から守ってほしい人もいれば、一律の規制ではなく、自分のライフスタイルにあった働き方をしたい人もいるだろう。「現場で働くドライバーの豊かな労働環境の実現を目指し、政府と連携し、積極的に取り組みを推進しています」(全日本トラック協会会長・坂本克己氏「日本のトラック輸送産業 現状と課題 2023」より)というが行政による「一律規制」を積極的に取り組みを一緒に進めることはなかったはずだ。

 業界団体として、トラック運転手にとって劣悪な条件を押し付ける業者、法律違反などを悪質なものを取り締まる、可視化するという形に絞って、運輸行政にモノ申すこともできたはずである。

「送料無料」表記をやめよというというトンチンカン

 さらにわけがわからないのが「送料無料」表記をやめよという、トラック協会による一連のキャンペーンである。『「送料無料」表示について』(2023年6月23日)の資料によれば、<「送料無料」の表現により業界の地位が著しく低下し、⼈⼿不⾜にも繋がっている><「送料無料」の表現により業界の地位が著しく低下し、⼈⼿不⾜にも繋がっている><物流を軽くみている表現だ。消費者の物流に対する意識を変えてほしい>という運送事業者の「声」が主張されている。はっきりいって、この主張は、トンチンカンだ。

 まず「送料無料」表記は、送料は顧客にとって無料であることを意味している。顧客もわかっている。

 次に、消費者心理だ。「商品代1800円、送料200円」よりも「商品代2000円、送料無料」と表記した方がモノが売れるというのは、経営学上の常識だ。この表記によってAmazonは売り上げが爆増した経緯がある。

「無料」表記が、業界の地位を著しく低下させている事実はない

 そして、「無料」表記が、業界の地位を著しく低下させている事実はない。公園の水は「無料」だが、実態は税金だ。維新などが掲げる「教育費無償化」も実態は教育費を全額税負担することに他ならないが、「無償」(つまり無料)によって教育関係者の地位が著しく低下する実態はない。そんな声はまるで聞かない。

 まったくのトンチンカンだ。調べてみると、2022年11月8日にNHKで放送された「”送料無料”の陰で・・・トラックドライバーの悲鳴」という番組が、このよくわからない主張を盛り上げるのに一役買っているようだが、NHKもずいぶん罪作りなことをしたものだ。

 自民党に多額の献金を支払うトラック協会は、他に力を入れてもらうべきことがたくさんあったはずだ。自分で自分の首を絞めるとはこのことだと思う。

    この記事はいかがでしたか?
    感想を一言!

このカテゴリーの最新記事

その他金融商品・関連サイト

ご注意

【ご注意】『みんかぶ』における「買い」「売り」の情報はあくまでも投稿者の個人的見解によるものであり、情報の真偽、株式の評価に関する正確性・信頼性等については一切保証されておりません。 また、東京証券取引所、名古屋証券取引所、China Investment Information Services、NASDAQ OMX、CME Group Inc.、東京商品取引所、堂島取引所、 S&P Global、S&P Dow Jones Indices、Hang Seng Indexes、bitFlyer 、NTTデータエービック、ICE Data Services等から情報の提供を受けています。 日経平均株価の著作権は日本経済新聞社に帰属します。 『みんかぶ』に掲載されている情報は、投資判断の参考として投資一般に関する情報提供を目的とするものであり、投資の勧誘を目的とするものではありません。 これらの情報には将来的な業績や出来事に関する予想が含まれていることがありますが、それらの記述はあくまで予想であり、その内容の正確性、信頼性等を保証するものではありません。 これらの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当社、投稿者及び情報提供者は一切の責任を負いません。 投資に関するすべての決定は、利用者ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。 個別の投稿が金融商品取引法等に違反しているとご判断される場合には「証券取引等監視委員会への情報提供」から、同委員会へ情報の提供を行ってください。 また、『みんかぶ』において公開されている情報につきましては、営業に利用することはもちろん、第三者へ提供する目的で情報を転用、複製、販売、加工、再利用及び再配信することを固く禁じます。

みんなの売買予想、予想株価がわかる資産形成のための情報メディアです。株価・チャート・ニュース・株主優待・IPO情報等の企業情報に加えSNS機能も提供しています。『証券アナリストの予想』『株価診断』『個人投資家の売買予想』これらを総合的に算出した目標株価を掲載。SNS機能では『ブログ』や『掲示板』で個人投資家同士の意見交換や情報収集をしてみるのもオススメです!

関連リンク
(C) MINKABU THE INFONOID, Inc.