安倍元総理がやりたかったけど、やれなかったこと…サラブレッド政治家の悲しい最期に「それなんとかならないの?」
「安倍晋三のためなら何でもやる」という官僚が続出
「それ、なんとかならないの?」。何度か顔を合わせた時、口癖のように発する言葉の重みを感じた。ある時は真剣な眼差しを向けて迫り、ある時は子供のように純粋で屈託のない笑顔を見せながら問いかける。それが憲政史上最長の首相となった人物があわせ持つ魅力と言えた。自民党の安倍晋三元首相、67歳。それはあまりにも突然で、決して受け入れたくない非業の最期だった。
大叔父は佐藤栄作元首相、祖父は岸信介元首相、そして実父は安倍晋太郎元外相という「政界のサラブレッド」でありながら、偉ぶったり気取ったりすることがない。警戒心は人一倍あるものの、心を許せると感じれば誰よりも信頼し、大切にする優しさを兼ねそろえていた。歪みのないキャラクターは各界にファンを生み、中央官庁には「安倍晋三のためなら何でもやる」という官僚が続出した。その中には、2012年末から8年あまりの長期政権で首相秘書官(政務)を務めた今井尚哉氏や首相補佐官の長谷川栄一氏、国家安全保障局長に就いた北村滋氏らがいる。
彼らは、安倍氏が持病の悪化を理由として2007年に第1次政権の幕を閉じた後、自信を喪失したリーダーを支え、時に山登りに誘うほどの信頼関係を築いていた。2009年の民主党政権誕生後も机の引き出しには安倍氏の名刺をこっそり飾り、その強い思いが退陣からわずか5年での再登板に結びついた。公平中立、不偏不党が求められる公務員にはあるまじき態度だったのかもしれない。面従腹背も多い世界で強固なネットワークを広げたのは、多くの人々を虜にする安倍氏のキャラクターだった。
安倍晋三の挑戦…やり残したこととは
小泉純一郎首相から幹事長や官房長官に抜擢され、異例の超スピードで宰相にまでなった第1次政権時は、52歳という若さゆえの気負いと準備不足が目立った。「お友達内閣」と揶揄されたように安倍氏とそれぞれの閣僚や政府高官、自民党役員には縦のラインがあるものの、誰もが「自分が一番」と横のラインが希薄で、トップが細かいことまで検討して判断せざるを得ない場面が多かった。「安倍カラー」と呼ばれた保守色の濃い政策にはリベラル派の党重鎮が立ち塞がり、相次ぐ閣僚不祥事で体力を奪われていった。
だが、5年間の充電期間にその未熟さはカバーした。