【安倍銃撃】異様すぎる喪服キャスター…日本マスコミの低レベルさを憂うフランス哲学者
安倍元首相の暗殺をフランスの報道機関はどのように報道したか
7月8日は異様な日だった。
勤務中、知り合いから「安倍さんが撃たれて心肺停止だそうだ」とLINEをもらった。夕方、帰宅してからテレビを観ると、視聴者の撮影による安倍元首相への発砲の映像(しかし肝心の被弾の瞬間は遮られた映像)が繰り返し流されている。テレビに映る報道陣たちは、どのチャンネルをまわしてもみな喪服に準じた服装。沈痛な面持ち。加えて、「民主主義の蹂躙」「民主主義への威嚇」など仰々しいフレーズ。反面、容疑者の動機について、「元総理が特定の宗教団体と関係があると考えて、殺そうと思ったという趣旨の話をしていることが新たに分かった」というニュースも、同日夕方流された。
他方、フランス在住の友人から、「フランスでの第一報だ」というニュースのURLが送られてきた。 « Franceinfo »というウェッブニュース。タイトルは「元首相安倍晋三、彼を標的とした銃弾による攻撃の後、傷を負って死亡」(フランス時間で7月8日午前6時17分付)。この記事を読むかぎり、客観的な事実が淡々と述べられ、「民主主義」云々のヒステリックな言説や情緒的な表現はひとつも見当たらなかった。
もちろん、当事国の報道と、外側からの報道にある程度の温度差があるのは当然だ。安倍氏は、日本の(その評価はどうあれ)首相であった時期をもっているいじょう、日本のメディアがその在任期間の労を(形式的にではあれ)ねぎらうことがあってもわからなくはない。
「モリ・カケ・桜」を冷静に振り返れない日本のマスコミ
しかし、である。彼の死は、「桜を見る会」に関する118回の虚偽答弁、森友・加計学園問題、その他諸々の疑惑と醜聞を一度に帳消しにしてしまった。各報道は、いっせいに故人をありったけの美辞麗句でたたえ、その功労と人徳を並べあげるばかりだ。街頭インタビューで取り上げられるのは、彼の死を悼む声、生前の功績を賛美する声だけ。マイクを向けられた通行人のなかには、「自らの疑惑に対する説明責任を果たさぬまま逝ったことが残念だ」と言う意見を表する方も少なからずいたのではないかと思うが。
いや、さらにいえば、財務省決裁文書改竄問題で自殺された赤木さんの奥様や森友問題の当事者籠池さんに、現在の心境をたずねるインタビューがひとつくらいあってもよかったのではないか。
「民主主義への脅威」という表現は、民主主義を冒涜し続けた安倍元首相へのブラックジョークか?
もっと驚いたのは、安倍元首相殺害当日のマスコミの論調のあからさまな論理の破綻である。ほぼすべてのテレビのニュースが、容疑者の行動を「民主主義への脅威」と評していた。そうであれば、容疑者の行動は、選挙活動という民主的手続きそのものを妨害して自らの政治的信条を表明するとか政権奪取をもくろむとかといった、明確な「政治的意図」にもとづいていなければならない。もちろん、容疑者は、選挙応援中の安倍氏を襲撃したのだから、決行当初、報道関係者がこの行動を「政治テロ」であると解するのも無理はないだろう。ところが、容疑者の動機が、安倍氏と関係があるらしい宗教団体への恨みであることが、同日夕方報道されたのちも、容疑者の行動を「民主主義」の名において断罪するマスコミの姿勢は撤回されなかった。