窮地の習近平…国内の体制不安、パクり声明、焦りを隠せなくなった中国の虚勢
習近平「火遊びすれば必ず自らの身を焦がす」
2022年7月28日に行われた米中首脳電話会談で、ペロシ米下院議長の訪台について習近平国家主席は、「火遊びすれば必ず自らの身を焦がす」と発言し、米側をけん制した。しかし実際にペロシ氏は訪台。中国軍が「演習」名目で台湾をぐるりと囲むように艦船を派遣し、日本のEEZ内にも着弾するミサイル演習を行うなど、危機レベルは高まっているかに見える。
確かにロシアは演習と称してウクライナ国境付近に駐屯させていた軍をいつまでも撤退させず、結局そのまま実際の侵攻に及んだ。また、摩擦が高まれば偶発的な衝突から有事に発展しないとも限らない。「あくまで演習だから」と片付けられない状況にある。
しかし「今にも有事に発展する!」と騒ぎ立ててもあまり意味がない。一つ一つの状況を精査し、これまでに比べて事態はエスカレートしているのか、アンコントローラブルな状況に陥っているのか、確認する必要がある。そこで、3つの論点について考えてみたい。
①ペロシ下院議長は勝手に台湾に行ったのか
一方からは「何の益もなく事態をエスカレートさせた!」と非難され、もう一方からは「自由と民主主義を体現し、米政権の制止を振り切ってでも台湾の側に立つことを示した!」と称賛されているペロシ氏。実際、ペロシ氏は「思い出作り、あるいは自らの政治スタンスを誇張するために訪台し、米政権が意図していない緊張を米中間に作り出した」のだろうか。
これについて、軍事アナリストの小川和久氏はnote記事にこう書いている。(https://note.com/pkutaragi/n/n778f0701fb03)
「事前にミリー統合参謀本部議長が『訪台は望ましくない』と懸念を伝えていたように、軍事の専門家集団にとってペロシ訪台は厄介な動きでした。しかし、シビリアンコントロールのもと、米軍は任務に忠実に不測の事態に備え、中国を圧倒して見せたのです」
「中国が反発する中での訪台です。沖縄の嘉手納基地から出動したKC−135空中給油機5機を伴ったF−15戦闘機18機が護衛した状態ですから、南シナ海上空の飛行は軍事衝突を招きかねません。しかも、中国の海空軍の戦闘機は夜間の洋上飛行にはまだ不慣れです。威嚇するために接近したつもりが、機体が接触したり衝突したりする場合もある。それで迂回ルートをとったわけですが、同じとき米軍は中国側がたじろぐほどの戦力を台湾周辺で突きつけていたのです」
つまり、確かにペロシ氏の訪台には軍事関係者を中心に懸念を示す向きもあったが、行くと決めた氏に対しては政軍あげてサポートした、とみていいだろう。
本人の「訪台希望」が先だったのかどうかは確かめようがないが、下院議長とはいえ、一議員の勝手な行動をサポートするために仕方なくこれだけの体制を急遽整えた、と考えることには無理がある。
むしろ、訪台とそれに次ぐ中国の軍事演習は、アメリカはアメリカで自国のやるべき「対台外交・対中安全保障」をやって見せ、中国は中国で国内外に向けて「弱腰と見られない姿勢」を示した、と判断できるのではないか。
日本からすれば、初めてEEZにミサイルを撃ち込まれたことになり、エスカレートを心配するのは無理もないかもしれない。しかし、軍事演習は中国から台湾に事前通告されたものであり、安全保障上は問題であっても、EEZへの着弾は国際法上、何の問題もない。
着弾を受けて「在日中国要人の資産を差し押さえるべきだ!」と噴った有識者もいたが、これではエスカレートを防ぐどころか加速させかねない。
②なぜ中国はこんなに過剰な反応を取ったのか
中国はコロナ前後から「戦狼外交」と言われる、対外的強硬姿勢を取り続けている。そのうえで行った今回の習近平発言と台湾周辺での演習を、どう見るべきか。
「火遊びするものは自ら焼け死ぬ」
これは2020年9月18日、中国国防部報道官が、同17日からのクラック米国務次官(当時)の訪台を牽制するためにSNS上で発した文言だ。
そして同18日には、中国軍の戦闘機が台湾海峡上空の中間線を越え、爆撃機などが防空識別圏内に侵入。台湾に接近した中国軍機は計18機と異例の強硬姿勢を取った(森本敏・小原凡司編著『台湾有事のシナリオ』、ミネルヴァ書房)。
米下院議長は副大統領に次ぐ「大統領職継承順位」第2位。米国務次官よりも立場は上とみて、習近平自らこの議題を扱う中で「火遊びすれば必ず自らの身を焦がす」と述べたのだろうか。しかしそれが、2年前に自らの部下がSNSに書き込んだ文言とほとんど同じというのは、「ちょっと手抜きではないか」と言った感想さえ抱かせる。
今回の中国側のエスカレートについて、東京大学の川島真教授は朝日新聞の取材にこう答えている(https://digital.asahi.com/articles/ASQ8373LQQ83UHBI02H.html)。
「中国の習近平政権が台湾問題をめぐって、許容できることのハードルを上げたことが一つの理由です。民進党の蔡英文政権が『台湾独立を目指している』と定義し、蔡政権に歩み寄ったり寄り添ったりする動きをすべて批判するようになりました。従来は認めていたはずの立法府どうしの交流、ここにはアメリカ下院議長の訪台も含まれますが、それを批判するのが、まさにこの動きにあたります。自分自身が上げたハードルに基づいて『怒って』いるといえます」
「米国は『一つの中国政策』に変化はないと繰り返してきました。(中略)米国と台湾には外交関係がないため、大統領や国務長官は訪問しない一方、議員交流が続いてきました。議員どうしが交流してきたのは、日本も同じです」
「25年前にも米国のギングリッチ下院議長が数時間ではありますが、台湾を訪問した事例があります。米国としては、従来通りのラインで対応しているのです。議員外交で、最高位の議員が台湾を訪問する。ホワイトハウスや行政府は立法府のやっていることに口を出さない、というスタンスです」
つまり、習近平は「自分で上げたハードルに対して、アメリカがそれを踏み越えたと言って怒っている」ことになり、それによって軍事演習というエスカレートしたかに見える対応が出てきた、というわけだ。
もちろん、25年前の下院議長訪問時と比べれば、中国側にも「当時とは違って、アメリカに物を言える立場に立った」という思いがあるだろう。しかし2年前の国務次官の訪台を考えれば、「なぜ今回、こんなに過剰な反応を見せたのか」という謎は残る。
ロシアのウクライナ侵攻が影響しているのか、ペロシ氏の訪台が8月1日の中国軍の建軍記念日に近かったことが影響しているのか、国内の自身の体制に不安があり、強硬姿勢を見せる必要があったのか。
確かなことは今のところ不明だが、中国側が何らかの利を得られたとすれば、「大規模軍事演習を台湾周辺で行った」という既成事実だろう。仮にこの演習体制が常態化すれば、台湾の不安定化は一層進むことになる。
③中国は戦争をしたいのか
一部では「中国は戦争をやりたくて仕方がない」「虎視眈々とその時を狙っている」という前提に基づいて状況を解説する向きもある。だがこうした前提にのみ立ってしまうと、現実を見誤る恐れがある。
中国はかねて「2049年までに世界の超大国になる」と宣言し、これが「米国という覇権国を凌駕する」と受け取られている。しかし少なくとも現時点では、中国はアメリカとの対決を避けたいと考えており、アメリカもまた、不測の事態に至ることを警戒している。
例えば2021年1月、トランプ落選、バイデン大統領就任に不満を持った一団が、米議会に突入し、銃撃戦の上死者まで出るという事態に至った。「もしやトランプ大統領が、軍の出動を支持したり、核ボタンを押したりしないか」と危惧し、さらには「中国がそうした危惧を持って何らかの行動に出るのではないか」という懸念を抑え込むため、米軍の制服組トップにあるマーク・ミリー米統合参謀本部議長は、中国人民解放軍トップに電話をかけ、「米国は混乱しているように見えるかもしれないが、100%安定しています」「中国を攻撃する意図はありません」と訴えたという。
「トランプが選挙での敗退を避けるため、中国に何らかの攻撃を仕掛け支持率回復を狙うのではないか」と中国がアメリカの動向を疑っていたことは、2020年10月時点の機密情報で明らかになっていた。それゆえの対処だったという。
これはアメリカの著名ジャーナリストであるボブ・ウッドワードとロバート・コスタがトランプ政権の内幕とバイデン政権の立ち上がりまでを綿密な取材で描き出した『PERIL 危機』(日本経済新聞出版)に詳しい。そしてこうした「政権外」の危機管理に、ペロシ氏も加わっていたことが明かされている。
こうした状況を加味して考えれば、ペロシ氏もやはり「軍事的衝突にも発展するような米中間の摩擦を拡大させたくて台湾に行った」わけではないし、一足飛びに有事に至る可能性は少ないとみるべきだろう。アメリカはもちろん中国も、「今すぐ戦争をしたいと考えているわけではない」ことが分かるとともに、米中間の連絡メカニズムはさまざまなチャンネルで張り巡らされているとみるべきではないだろうか。