一体なぜ…全国で障がい者が「次々とクビ」の異変!年間解雇者数は余裕で更新数「成果主義に走る国に涙をのむ人たち」
「働く障がい者」が次々に解雇されている。一般企業に就職するための技術・知識を身につける「就労継続支援事業所」の閉鎖が相次いでいるのだ。雇用契約を結んだ上で自立した生活を営めるよう必要な訓練などを行う場になっているが、4月から国が“成果主義”に重きを置いた事業所報酬の引き下げを実施したことが背景にある。経済アナリストの佐藤健太氏は「事業所が閉鎖に追い込まれれば、利用者は収入を失う。岡山市のように先進的な取り組みで支援するところもあるが、国や自治体にはより丁寧な対応が必要だろう」と指摘する。穴だらけの制度、切り捨てられる障がい者たち、このままでは行く末を案じざるを得ないーー。
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解雇が続いている「A型事業所」
8月13日、共同通信が配信した1本の記事が波紋を広げた。「障がい者5000人が解雇や退職 事業所報酬引き下げで329カ所閉鎖」というニュースだ。共同通信が自治体を対象に調査したところ、今年3~7月に全国で329カ所の就労事業所が閉鎖されていることが判明したという。
障がい者総合支援法に基づく就労系障がい福祉サービスは「就労移行支援」「就労継続支援A型」「就労継続支援B型」「就労定着支援」の4種類あるが、閉鎖が相次いでいるのは「就労継続支援A型」の事業所だ。障がいや病気などで就労が難しい利用者と雇用契約を締結した上で最低賃金以上を支払い、生産活動の機会提供や訓練を行っている。全国に約4600カ所あり、8万4000人近くが利用している。
解雇人数は約5000人、過去最多をわずか5カ月で更新
A型事業所に逆風となったのは、4月の報酬改定が原因だ。3年に1度の改定で国が事業所に支払う報酬ルールが変わり、「労働時間」「生産活動」「支援力向上」「地域連携活動」「経営改善計画」「利用者の知識・能力向上」「多様な働き方」の7項目のうち、収益性に重きが置かれることになった。一言で言えば、生産性を重視した“成果主義”ということになる。
共同通信の記事によれば、事業収益で障がい者の賃金が支払えていない場合の報酬を大幅に引き下げたため、経営が成り立たなくなった事業所が閉鎖に追い込まれているという。事業所が各自治体に廃止届を出した時点の利用者数から解雇・退職者数を集計すると4995人に上る。障がい者の年間解雇者数の過去最多は約4000人というから、その衝撃は大きい。
自治体の4割が報酬改定の閉鎖への影響「あると思う」
事業所が閉鎖されれば利用者は原則解雇となる。閉鎖した329カ所のうち4割強は最低賃金が適用されない「B型事業所」に移行したとされるが、共同通信の調査では自治体の4割が閉鎖について報酬改定の影響が「あると思う」と回答。1割強は「さらに増えると思う」と答えている。コツコツと汗水垂らして働き、技術や知識を学ぶ利用者の場が失われることのマイナスは計り知れない。
報酬引き下げは本来、国の給付金や助成金を目当てに参入した問題事業者の排除を目的としたものだ。ただ、障がい者福祉サービスの一環として純粋な思いで経営している事業所にも打撃となった点は否めない。4月の報酬引き下げ実施前には国会でも課題が取り上げられていた。
3月15日の衆院厚生労働委員会で、公明党の伊佐進一氏は「今回の報酬改定は、生産活動収支で賃金が出せていないところ、つまり自分たちの身を切って賃金を払っているようなところは厳しく報酬を下げる、スコアをマイナスにするという制度が今回決まった」と指摘した。
その上で「本来の『A型』の使命は、一般就労につなげるという役割だったのではないかと。その方が仕事できるようになる、生産性が上がる、卒業して一般就労で抜けると事業者全体の生産性が今度は落ちるわけだ。だから、自立させればさせるほどやっていけなくなる。逆のインセンティブの報酬改定をしたのではないかという声をいただいている」と述べ、報酬改定は生産活動に重きを置き過ぎているのではないかと迫った。
生産活動収支が少ない事業所には「厳しく対応」
これに対して、厚労省側は「改定は生産活動収支が賃金総額を上回った場合を高く評価するとともに、一方で下回った場合の評価を厳しくするなどの見直しを行ったもの。賃金総額を下回るような状況の事業者をそのままの状態とすることではなくて、むしろ賃金総額を上回るよう改善を図っていただきたいという趣旨も含むものだ。事業の健全な経営を確保するとともに福祉専門職の配置の加算なども活用しながら、障がい者の一般就労や自立を目指せるように支援していきたい」と説明している。
さらに武見敬三厚労相は「生産活動収支以外の取り組みも評価しており、従前よりも一般就労に移行した場合を加算で評価するとともに、報酬改定ではマナー研修などにより利用者の能力向上のための支援を行った場合を新たに評価することとしている」と理解を求めた。
最も解雇者が多かったのは大阪市
もちろん、国からの給付金や助成金を目当てに本来の趣旨を逸脱した問題事業者を排除することは重要だ。そのような事業者は障がい福祉サービスに関与させてはならない。ただ、伊佐氏が指摘するように生産活動の収支を重視する報酬改定は、全うに経営している事業所も打撃を与える。いきなり仕事を失った利用者も後を絶たない。それでは本末転倒と言えるだろう。
共同通信の記事によれば、解雇・退職者を自治体別に見ると、最も多いのは大阪市の471人(閉鎖32カ所)で、三重県290人(同10カ所)、名古屋市272人(同18カ所)などと続いている。休止した事業所も全国で計32カ所あったという。自治体には不安の声が寄せられており、国は利用者が不利益を被らないよう丁寧な対応が欠かせないだろう。
岡山市では事業所と企業のマッチング事業を開始
一方、先進的な取り組みで障がい者を支援する自治体もみられる。岡山市は就労継続支援事業所における賃金向上に向け、スタートアップ企業と協働で作業を受注したい事業所と発注したい企業をWEBサイト上でマッチングする新規事業を始めた。
事業所は様々な生産活動を行うことで得た収益から利用者の賃金を支払っているが、多くは作業を受注するための営業活動を行う余力がないのが実情だ。営業力がなければ収益は向上せず、それによって賃金が上がりにくいという構造的な課題が指摘されてきた。
このため、岡山市はスタートアップ企業の「Zero To Infinity」(東京・新宿区)が制作したプラットフォーム「tanoma」(タノマ)を開設。企業は外注を希望する作業を掲載し、その案件に事業所が応じる形でマッチングを実現することにした。国内初の生成AIを活用した機能を導入しており、他の自治体からも問い合わせが相次いでいるという。
収益性ばかりに注目する仕組みは正しいと言えるのか
今年4月には一般企業における障がい者の法定雇用率が2.5%となり、2026年には2.7%に引き上げられる。実雇用率は過去最高となっているが、「A型」のようなサポートを必要とする人は少なくない。中には雇用契約がない「B型」に移行するケースもみられるが、利用者側にとっては賃金が月7万円程度も低くなる。
問題事業所の排除は進めるべきであるが、収益力が乏しい事業所が閉鎖していけば障がい者が働く場は失われる。収益性ばかりに注目する仕組みは本当に正しいと言えるのか。自民党や立憲民主党では新たなトップを決める選挙が行われているが、この点についても議論を深めることを願いたい。