「悪者と決めつけるな」斎藤兵庫県知事問題に弁護士指摘「24時間体制の業務で問題なし」…「革新進めたい」出直し知事選へ
パワハラ疑惑などをめぐり、兵庫県議会で19日に議員86人の全会一致で不信任決議が可決された斎藤元彦知事。斎藤氏は辞職・失職か、議会を解散するかの選択を迫られれいたが、その後「失職し出直し選挙」する方針を示した。斎藤氏はこれまでにも県政について「革新進めたい思いはある」などと述べている。
組織ガバナンスに詳しい中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士は斎藤知事について「悪者と決め付けるべきではない」と語る。一連の問題を巡っては一人の元職員が亡くなっているが、なぜそう語るのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が取材したーー。
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知事と職員の関係が悪化すると、問題が解決しにくい制度設計
「首相は合議体のトップという性質が強く、直接選挙で選ばれる知事とは立場が異なります。知事は直接選挙で選ばれるため、部下である職員に対して強いリーダーシップを発揮しやすい立場にありますが、その反面、組織内で重大な問題が起こった場合、トップである知事個人の責任がすぐに追及されやすいです」
「日本の公務員制度では、議員などを除いて、職員は定年まで解雇されることがほとんどなく、その職員に対してポストが割り当てられるのが基本となっています。都道府県レベルでは、国のように『担当大臣を交代させる』ような方法は地方自治法や地方公務員法では導入されていません。そのため、知事と職員の関係が悪化すると、問題が解決しにくく、袋小路に陥りやすい制度設計になっているのです」
ーーそう語るのは、組織ガバナンスに詳しい中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士だ。斎藤元彦兵庫県知事を巡る騒動は、パワハラを受けたと主張する内部告発などを契機に始まり、最終的には9月19日の県議会本会議で全会一致による不信任決議が可決されるまでに至った。この不信任決議により、知事には退陣が迫られているが、法的にはここで二つの選択肢が存在する。一つは、不信任決議に従い知事職を辞任・失職することである。もう一つは、地方自治法第178条の規定に基づき、知事が議会を解散することだ。斎藤知事はこの岐路に立たされていたが、「失職し出直し選挙」する意志を表明した。
いずにれよ、この騒動は地方自治法に基づく政治的、法的なプロセスの重要性を再確認させるものとなっている。知事と議会の関係が緊張した場合、どのようにして信任や責任を果たすべきか、そしてその手段としての不信任決議や議会解散が持つ意義が問われている。
3つの論点について
この事例は、地方自治における権力分立や民主的な意思決定プロセスの中で、法がどのように機能するべきかを示す重要な教訓となるだろう。
それにしても、なんとも白黒がはっきりしない騒動である。マスコミに提示された「斎藤知事のパワハラの証言」などは、詳しく調べてみると、結局、やったという確たる証拠はなく、先行するパワハライメージから醸成されてしまったものであることを否定できない。他方、自殺者まで出す事態となっており、有権者の斎藤知事の怒りは根強いものがある。
ここは、いったん、冷静になった方がいいだろう。今回浮かび上がった論点を一つ、一つ、城南中央法律事務所(東京都大田区)の野澤隆弁護士の協力を得て、整理していきたい。
1、内部通報への対処。初動は誤りだったのか。
2、自殺者が出たことの意味
3、無実なのに、辞職(失職)しなければならないのか
まず、初期段階にあった内部通報への対処だ。県が告発文書を作成した元局長を公益通報の保護対象とせず、懲戒処分にした対応に対して、公益通報にあたらないと判断したのは拙速だという意見があった。憶測やデマにも近い内容の中にも、真実が含まれていれば公益通報になるという主張のようだ。
維新の創業者である橋下徹氏も、この県の対応の一点をもって、斎藤知事の辞職を迫っていた。これは、橋下氏が維新に在籍して獅子奮迅の活躍をしていたときにも似たような対応をしている。
思い出される橋下徹、上西百合子問題
例えば、上西小百合氏の除名問題である。当時、維新の党の衆議院議員だった上西小百合氏が体調不良で衆院本会議を欠席した直後に、秘書との不倫旅行をしたとされる疑惑があった。除名処分を決める前で行われた記者会見(※1)では、不倫旅行はどの社も裏が取れていないことが露呈し、不倫旅行という疑惑はなくなった。しかし、翌日、大阪維新は除名処分を決めた。
橋下氏は「大事な会議を病欠した後で、国会議員としてあるまじき行為」と批判するが、時系列的には、以下(※2)だ。
3月13日 体調不良で国会欠席
3月14日 自宅(大阪)療養
3月15日 選挙で支援してくれた経営者と京都で会食
会食に関して、私的な不倫旅行ではなかったことが判明したが、メディアでネガティブに取り上げられ続ける上西氏を、大きな理由も明かされることなくバッサリと切ったのだ。政治家とは人気商売であることを認識した対応であったということだろう。ただ、怪しそうだから除名処分をしたということならば、前近代な党運営でしかない。
弁護士「労働者側には『内部調査には限界がある』ことを早めに伝える」
今回の兵庫県知事の一連の対応について、手続き上の瑕疵があったとしても、それが辞任するほどのものなのかという感触が拭えない。行政とて1つのミスなく進むということなどありえないものだ。
橋下氏は、自殺者が出た段階で、橋下氏自身の警戒アラートが発動したのだろうか。法規やコンプライアンス上の問題の大きさではなく、維新の政党としての生き残りのアドバイスをしていたつもりだったのかもしれない。たしかに、白とも黒つもつかない事態が続き、維新は斎藤氏を斬るのか、支えるのか、いまだにスタンスが見えてこない。そして、維新の政党支持率は激減していった。先述の野澤弁護士は、こう解説する。
「私もある企業の公益通報窓口業務を担当しています。労働者側にも経営者側にも不利にならないよう、できる限り公平に対応していますが、労働者側には『内部調査には限界がある』ことを早めに伝えるようにしています。率直に言えば、『実効性』は完全には期待できないかもしれませんが、『透明性』は確保しようという姿勢です。そのため、聞き取り調査の際には録音を行ったり、アンケート集約方法について事前にルールを決めたりすることに力を入れています。このようにして、何とか意見書や報告書を作成しているのが実際のところです」
上司のパワハラを内部告発するのは非常に大きな覚悟
さらに日本社会特有の問題について、次の通り説明する。
「日本では終身雇用と年功序列が基本であり、一人の力の弱い労働者、いわゆるサラリーマンが上司のパワハラを内部告発するのは非常に大きな覚悟が必要です。本来であれば、労働組合や野党の力が必要になる場面ですが、日本では企業ごとに労働組合が存在し、また保守的な政党が強いことから、問題解決がスムーズに進まないことが多いです。その結果、過酷な状況に耐えきれず、命を絶つことで抗議する人が一定数出てきます。こうしたケースがメディアで大々的に報道されることで、一気に改革が進むこともあります。『忠臣蔵』のような自己犠牲が効果を発揮することが、今もなお社会に根強く残っているため、日本は先進国の中でも自殺率が高く、その改善がなかなか進んでいないのです」
現在、兵庫県の政界では、自民党と維新で、斎藤知事を生んだのはどっちの政党なのかという見苦しい責任のなすりつけ合いが起きている。そして、そのなすりつけ合いに勝利したのは自民党のようだ。
「維新の知事」というイメージ
維新色がついたのは、2021年に、当時、大阪府財政課長だった斎藤氏は、大阪維新の会の松井一郎前代表に抜擢されて兵庫県知事選に出馬したためだ(※3)。選挙戦では、自民党の西村康稔経済再生担当大臣と丸川珠代東京オリンピックパラリンピック担当大臣も応援に駆けつけるのだが、やはり有権者の目には「維新の知事」と写っていたようだ。野澤弁護士はこう解説する。
「東京や大阪のような大都市とは違い、兵庫県では『一定の水準を保つ公務員集団を背景に、発信力のある有名人が知事になる』という形での改革は難しいです。結果論ではありますが、兵庫では、まだ一定の力を持っている役所系の労働組合や左派系議員の動きを警戒しながら、自民党と維新のちょうど中間に立って、あまり目立たない形で、長い時間をかけて改革を進めるのが適切な方法だったのかもしれません。3期ぐらいかけて少しずつ良くなっていくような形が理想的だったのでしょうが、残念ながらすでにその機会は失われてしまったのかもしれません」
「刑事裁判では、憲法第37条で保障された『公平な裁判所』の下で、刑事訴訟法第317条の証拠裁判主義により『事実の認定は証拠に基づく』という建前があります。そのため、悪意のあるアンケート回答や具体性に欠ける質問に対しては、斎藤知事に同情の余地もあります。しかし、政治の世界は『一寸先は闇』というように予測不可能な部分が多いです。初期対応でミスをした上に、味方する議員を最後まで確保できなかったことから、このままでは斎藤知事が情報戦で敗北したという評価を受けるのは避けられないと思います」
それにしても、やはり証拠もない状態で、失職させてしまうのは…
それにしても、やはり証拠もない状態で、失職させてしまうのは、やりすぎではないだろうか。どう考えれば良いのだろうか。野澤弁護士はこう述べる。
「幹部職員が24時間体制で知事に何らかの形で常に連絡を取れるようにしていること自体は、特に不自然なことではありません。問題の本質は、誰がどの時間帯にどの業務を担当するかというローテーションが明確に決まっていなかったことです。これは、日本の組織でよく見られる『特定の個人に依存する』問題に起因しています」
「アメリカでは、副大統領が通常は上院議長の仕事をしていますが、非常時には大統領の権限を行使することができる仕組みになっています。日本でも、副知事制度が形だけでなく、もっと実質的に機能するように拡充すべきです。例えば、政治が行き詰まった場合に3人の副知事が順番に30日間ずつ臨時の知事として務め、その後3か月ほどの冷却期間を設けてから最終的な政治決断が下されるようなシステムを導入することが望ましいです」
壊滅的打撃を受けた維新
この問題を通して、維新は、壊滅的な打撃を受けている。
<維新の支持率は下落が顕著だ。日本経済新聞社とテレビ東京の13〜15日の世論調査で5%と直近で最も高かった6月の9%から4ポイント下落した。/地盤とする関西圏(京都府、大阪府、兵庫県、奈良県)での悪化が響いた。6月の22%から7月に13%に急落し、9月は12%だった。斎藤氏を巡る対応が影響したとの見方は党内外で多い>(日経新聞、9月19日)
大阪での選挙ですら連戦連敗し、全国的には次々と維新から離脱する地方議員や立候補予定者が増えている。吉村洋文知事の神通力もかげりを見せる中で、維新議員の悩みは深まるばかりだ。
※1 橋下徹氏「食事は秘書と2人じゃなく6人。裏取れてるんでしょ?」関テレ「掴んでなかった」–上西議員・質疑応答全文
※2 大阪維新、上西氏を除名処分 国会欠席問題で
※3 兵庫県知事・斎藤元彦(46)パワハラ告発 元局長を自死に追い込んだ「7人の脅迫者」