「投資家向け広報」に優秀人材を投入する時代に…日本企業に迫る「協働エンゲージメント」の波

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 機関投資家が連携し、企業と持続的企業価値向上を目指した対話を行う「協働エンゲージメント」の潮流が日本にも訪れている。長らく株式市場と一定の距離を保ってきた日本企業だが、企業統治改革や国際的な動きに押され、株主との対話の重要性が高まっている中では必然なのかもしれないが、果たして「協働エンゲージメント」は今後どのような影響をもたらしていくのか。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が解説していく──。

目次

「協働エンゲージメント」が日本企業に迫る変革

 日本の企業統治(コーポレートガバナンス)改革が始まって約10年。株式市場と疎遠だった日本企業もようやく株主との対話を始めた。ガバナンス改革の推進力のひとつだった「スチュワードシップ・コード」(SCC)は3度目の改訂で、複数の機関投資家が連携して企業に働きかけをする「協働エンゲージメント」を促進する姿勢を持った。日本企業は株主との対話に一段の緊張感をもって臨まなくてはならなくなる。

「協働エンゲージメント」とは米国や英国では一般的に見られる手法で、同じ企業に投資する2社以上の資産運用会社などが共通のテーマを実現するために用いる。1社ずつ別々に働きかけをするより、企業分析に費やす人やお金の面でのコストを有効に使える。浮いた時間や人員を別の企業への働きかけに割くこともできるので、全体として企業と株主の対話は質量ともに増す。

 協働エンゲージメント(Collective Engagement)が強く意識され始めたのは、2012年の英国だ。この年、経済学者のジョン・ケイ氏が英国の株式市場の問題点を総括する「ケイ・レビュー」を発表。このなかで、英株式市場には単独で大きな力を企業にふるう大株主は存在せず、所有構造がきわめて分散していることを指摘した。所有の分散は民主的ではあるものの、株主の影響力も分散してしまうことから、経営に対する資本の規律付けが弱くなっているという問題も生じていた。

 そこで、ケイ氏は機関投資家が力をあわせて企業を監督し、様々な要求をするための組織をつくるよう提言した。ケイ・レビューの提言に沿ってインベスター・フォーラムができたのは2014年。2014年の活動報告書によれば、資産運用会社や年金基金など51社が加盟し、昨年はハーグリーブス・ランズダウン、ヒプノシス・ソング・ファンド、ヴィストリー・グループの3社に協働エンゲージメントを実施している。

「コンプライ・オア・エクスプレイン」英国モデルが日本にも波及

 2012年のケイ・レビューは日本のガバナンス改革のきっかけの1つとなった、2014年の「伊藤レポート」にも影響を与えたとされる。罰則を伴う規制ではなく、「遵守せよ、さもなくば説明せよ」(コンプライ・オア・エクスプレイン)の考え方に基づく「コード」による推進も、英国にやり方にならったものだ。今回、認められる「協働エンゲージメント」も、14年設立の英国インベスター・フォーラムを意識していることは間違いない。日本でも同様の組織がつくられるのではないか。本格的なエンゲージメント時代の幕開けである。

 海外事例をつぶさに研究してキャッチアップに努めている日本の市場関係者だが、協働エンゲージメントについてはなぜ10年あまりも遅れてしまったのか。

 日本でもスチュワードシップ・コードが最初につくられた当初から、英国のような協働エンゲージメントができないのか、議論があった。問題は金融商品取引法だった。別々の投資家が同じ働きかけを協働して行うと、それは実態としては同じ投資家が持っているのと同じことになる。すなわち「共同保有者」として届け出をする必要が生じかねない。怠れば法律違反にも問われかねない。それを恐れた資産運用会社などは協働に慎重にならざるをえなかった。

金融庁を動かしたのは海外投資家たち

 金融庁は2020年のスチュワードシップ・コード改定で「協働エンゲージメント」について「有益な場合もある」と明記し、投資家の背中を押そうと試みた。しかし、法律に神経質な海外勢は納得せず、ルールの明確化を求めた。

 そこで今回、金融庁はまず金商法を改め「共同保有者」の範囲を明確にした。経営支配権への影響行使を目的としなければ、すなわち「乗っ取り」などを意図しない限り、対話で連携しても共同保有者にはあたらないこととした。そのうえで3回目となる今回のスチュワードシップ・コード改定で、協働エンゲージメントについて「重要な選択肢である」と踏み込んだ。

 一連の改革を後押ししたのは、英国に本部を置く世界的な機関投資家の集まり、国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)の金融庁に対する要望だった。以前、このコラムでも取り上げた「有価証券報告書の株主総会前開示」も、ICGNの強いはたらきかけにより実現に向けて動き始めた。協働エンゲージメントも自国で経験を積んだ欧米資産運用会社の意向が反映されたものだ。改訂版のコードが発効すればいち早く動きだすのも、こうした海外勢だと思われる。

日本企業は「投資家向け広報」など優秀な人材確保が必要となる

 企業と株主との対話というと、昨今はアクティビスト(物言う株主)の存在がすぐにアタマに浮かぶ。3月27~28日にピークを迎えた12月期決算会社の定時株主総会では、取締役選任などを求める株主提案は29議案と前年から4割増えた。多くはアクティビストからだったが、議案によっては3割近い賛成票を集めるものもあった。アクティビスト提案に国内外の資産運用会社が賛同したからだ。資産運用会社が共同エンゲージメントを始め、企業に物言う姿勢が一段と強めれば、株主総会の投票でアクティビストと資産運用会社の足並みがそろう機会が増えるかもしれない。

 例えば、米国のカリフォルニア州教職員退職年金基金(カルスターズ)はアクティビストのファンドに出資したり、議決権行使で連携したりすることで知られる。カルスターズはこうした動きを「アクティビスト・スチュワードシップ」と呼んでおり、今後日本の株主総会でも広がりそうな手法だ。

 企業にとっては「株主との対話」が生き残りの生命線となる。投資家向け広報(IR)をトップ直轄の戦略部門と位置づけ、優秀な人材を投入するなどの対策が急がれる。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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