電通依存のツケを払う万博…「吉村知事は敗北を認めるべき」開幕1週間で経済誌元編集長怒る「事故ではなく思想の問題」

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 2025年4月13日、大阪・関西万博がついに開幕した。だが、初日からその会場では、長蛇の列、通信障害、案内の不備、トイレの混乱、雨風をしのげない待機スペースなど、想像を超える混乱が発生した。「未来社会の実験場」として世界に発信するはずの国家イベントは、「実験失敗の見本市」と化し、多くの来場者に怒りと困惑を与えた。なぜこれほどの破綻が生じたのか。経済誌『プレジデント』の元編集長であり、作家としても活動する小倉健一氏が問題に迫るーー。

目次

大阪万博が初日に示した絶望的リアリティ

「万博開幕日に来てくれた皆さん、ありがとう。途中から天気がかなり悪くなりましたが、こればかりはどうにも。日々改善しながら、より良い運営を目指します。今日からスタートです」

 4月13日、大阪・関西万博の開幕直後に吉村知事が発したこの言葉に、どれほど多くの人々が怒りと失望を抱いたか。実際の現場では、通信障害、入場ゲートの長蛇の列、会場案内の不備、QRコードが表示されず通行できない事態、雨風をしのげない広場、トイレの混乱、案内サインの不足など、あらゆる不手際が連続していた。会場で体感されたのは、「未来社会の実験場」ではなく、「実験失敗の見本市」であった。

 この混乱の全てが、「やってみてわかった課題」などという言葉で済まされてよいはずがない。投じられた万博に莫大な予算が投じられたからだ。それが意味するのは、単なるイベントではなく、「国策」である。責任の重さは桁違いである。それにもかかわらず、初日に見せた景色は、地方の祭り以下の水準であった。

「コテンパンにされましたね。徹底的に。特に東京のメディアに」

 吉村知事は「社会課題解決型万博」を掲げた。理想を掲げることは否定しない。しかし、それを実現するには設計図と責任ある実行力が必要である。吉村知事は、メディアに対しても異常な敵意をあらわにしている。

「コテンパンにされましたね。徹底的に。特に東京のメディアに。やり返そうと思っている」(4月11日、読売テレビ「そこまで言って委員会NP」)

 この発言は、公共事業の執行責任者として、あまりにも品位を欠いている。批判に対して「やり返す」という姿勢は、言論空間を支配しようとする権力の本能にほかならない。万博は国家事業であり、報道は国民の監視手段である。メディアを敵視する時点で、説明責任を放棄している。

電通外しの大きな「代償」…骨格なき博覧会

 吉村知事は2025年4月12日の会見で「これはまずい」と思ったのは2023年春だったと語った。海外パビリオンの工事が間に合わないと知り、岸田首相に直談判もしたという。だが、危機感を口にしたところで、現場が改善されていなければ意味はない。開幕日に見せたのは、工事用のコーンが残る仮設エリア、予約できない通信障害、会場案内の混乱、そして「何も準備されていなかった」という来場者の嘆きだった。改善の兆しはなく、全てが後手に回っていた。

 原因は構造にある。万博の設計段階で中核を担うべきだったのが「博覧会のプロ」電通だった。1970年大阪万博以来、日本の国際博は電通が招致からパビリオン設計、動線設計、広報展開まで一貫して関わってきた。2022年に発覚した東京五輪汚職事件の影響で、万博協会は2023年2月に電通を指名停止にし、運営から排除した。その結果、広報設計、PR戦略、動線設計、会場演出といった全体の「骨格」が崩れた。報道関係者からは「地方展示会のよう」との声もあがり、国際博としての格が問われる事態となった。

 この構造的不在を埋める代替案は、最後まで現れなかった。その結果、万博は国家プロジェクトでありながら、統合的なビジョンを欠いた寄せ集めの催事となった。莫大な予算をかけて、世界中から注目を集めた国家的催事の中核を「実務ノウハウの欠如」によって潰すという、極めて日本的な自壊が起きたのである。

「健活10ダンス」が象徴する府政のズレ

 そんな中、吉村知事が自信をもって打ち出した政策が「健活10ダンス」である。これは、府民の健康意識向上を目的に、オリジナルソングと振り付けで構成されたプロモーション動画であり、演歌歌手の起用、海外振付師の招致、スーツ姿で踊る吉村本人の出演などが含まれていた。政策としての位置づけは「健康寿命の延伸」であったが、実態はただのパフォーマンス動画だった。

 吉村知事は自身の動画には「200万円」しかかからなかったという。しかし、その費用に、振り付け、作詞・作曲など本来含まれるはずの費用は計上されていない。この健活10動画には、動画制作や振付、イベント展開を含め、1億2000万円以上の税金が投じられていた。だが、効果測定として挙げられているのは「再生回数」「SNSの反応」「イベントの参加人数」であり、「健康寿命の延伸」に関するデータや指標は設定されていない。大阪府健康づくり課の説明でも、具体的なアウトカム評価は一切行われていないことを私自身が直接電話して確認した。

 つまり、健康寿命を伸ばすという本来の政策目的に対して、「映像を作って満足した」だけの中身だった。自治体が制作する健康啓発の広報素材として、映像を活用することは否定しない。だが、それに1億2000万円をかけ、しかも成果を定量化できないまま終わるのであれば、それは「税金の浪費」と断じざるを得ない。目に見える成果がなく、数値もなく、比較対象もなく、単なる印象にすぎない政策は、政治の表現ではなく、予算の私物化に近い。

万博は儲かる!高橋洋一氏の“試算”が見落とした現実

 元財務官僚の高橋洋一氏は「万博は極めて投資効率の高い案件」「建設費が上振れしても問題ない」「経済効果は2兆円以上にのぼる」などと、J-CASTニュース(2024年2月29日)で主張している。だが、この手の言説は、過去の失敗を一切顧みず、机上の都合だけで作られた数字に過ぎない。まず、彼の言う「経済効果6倍」「会場運営支出が7000億円」「経済波及効果が2兆円以上」といった数値は、関西経済連合会が出した産業連関表に依拠しており、その前提自体に複数の重大な問題がある。

 第1に「代替効果」が完全に欠落している。万博で使われた消費が、元々別の観光施設や商業地で発生していた支出の代わりであれば、単なる需要の付け替えであり、経済全体としての純増にはならない。高橋氏はこれを一切無視して、すべてが「新たな経済活動」としてカウントしている。これは、レジを通ったすべての買い物を「儲け」と勘違いするような初歩的誤謬である。

「2億円トイレ」の正当性、あまりに滑稽な論理展開

 第2に「機会費用」が存在しないかのように扱われている。減税や他の予算に充てた場合、どれほどの社会的便益があったかという視点は、彼の主張から完全に欠落している。これでは「金は使えば使うほど正義」と言っているに等しい。万博で投じられた税金は、本来、私たちの家計や企業の設備投資に回るお金であったのだ。

 第3に「再分配効果」の誇張が著しい。高橋氏は、「誘発効果があるから建設費の上振れは問題ない」と主張しているが、建設によって発生する雇用や取引がすべて国内に波及するとは限らない。資材費や設備費の一部は海外へ流出し、元請けによる中抜きや不透明な契約構造が利益を目減りさせることは、過去の大型事業で繰り返されてきた。それでも「2兆円の波及効果があるから成功だ」と言い切るその姿勢は、あまりにも楽観的だ。

 また、「2億円トイレ」の正当性についても、あまりに滑稽な論理が展開されている。高橋氏は「時給2000円で1時間節約すれば2000円の便益がある」とし、それを万人に当てはめてトイレ1基あたりの便益を逆算して正当化している。だが、仮にこの理屈を適用すれば、全国のあらゆる公共施設のトイレに2億円かけても「高くない」ということになる。しかも「リサイクルだから高くない」「便器が50基だから割安」といった主張は、何の費用内訳もない。

万博の混乱は「事故」ではなく「思想」の問題である

 このような論調が吉村洋文知事によって利用され、「ほら、専門家も儲かると言っている」という形で政策正当化に使われるのは、非常に危険である。万博で吹き出した問題は、イベント運営の単なる未熟さではなく、吉村の統治思想そのものの限界を映し出している。問題が起きたとき、批判を受け止めず、感謝と反撃の言葉で済ませる。政策を推進する際、成果の検証を行わず、イメージと印象だけで押し切る。税金の使い道を問われたとき、数字ではなく、感情で返す。行政の本質は、感情ではない。根拠と責任である。吉村知事の頭には、そのどちらも存在しない。

 吉村知事は、ありもしない万博の成功を強弁する前に、自らの「失敗」を認めるべきである。それができなければ、未来など語って欲しくない。語るのは過去の検証で十分だ。未来は、責任を果たす者のためにある。責任から逃げた者が、希望を語る資格はない。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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