「ごはん一食、パンの2倍」報道、自民党の農家イジメ「日本人のお米離れ」始まる…食文化が静かに、確実に変わっていく

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 日本人の主食であるはずのコメ。そのコメの価格が高騰し、家計を圧迫している。そんな中で日経新聞が気になる記事を掲載した。「『1食』のコメ価格、パンの2倍」。コメがどんどん高級品になってきている。一体なぜこんなことが起きているのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は「長年の政策の結果として現れている」と指摘する。小倉氏が詳細を解説するーー。

目次

わずか数年前まで、ごはんとパンの価格はおおむね並んでいた

 2025年4月15日、日本経済新聞はある衝撃的な見出しを掲げた――「『1食』のコメ価格、パンの2倍」。同紙が伝えたのは、東京都区部における価格統計をもとに、ごはん1膳(精米65g=炊飯後150g)のコストが57円に達し、食パン1枚(6枚切り、約60g)の32円を大きく上回ったという事実である。およそ1.78倍という数値に「2倍」と見出しをつけた判断は報道的に議論の余地はあるものの、重要なのはこの価格差が突発的な変化ではなく、長年の政策の結果として現れている点にある。

 日経の報道によれば、わずか数年前まで、ごはんとパンの価格はおおむね並んでいた。ところが、2023年から2025年にかけて、米価は急騰し、ごはん1膳がパンの約2倍に跳ね上がった。これは単なる物価上昇ではない。主食の座を巡る構造的な転換点である。

 家計への影響は無視できない。4人家族が夕食に1膳ずつごはんを食べるだけで、1日あたり228円、1か月で6,800円を超える支出となる。主食が「家計圧迫要因」に変貌した結果、多くの家庭がパンやパスタに主食を切り替えるのも、当然の帰結である。問題は、このような価格構造がどのようにして生まれたかという点にある。

 本来であれば、主食用米の供給は、国民の生活と食文化を守るという観点からも安定的に確保されるべきである。しかし現実には、生産量は制度的に抑制され続けてきた。転作を奨励する補助金制度が継続され、主食用米を多く作っても報われない仕組みが温存された。農家は合理的に動く。補助金の出る飼料用米や麦に水田を転用し、主食用米の供給は徐々に絞られてきた。

 農林水産省は、米価高騰の原因について「流通の滞り」や「在庫の分散」を挙げてきたが、それは表層の話に過ぎない。主因は、政府が長年主導してきた生産調整の構造にある。

問題の核心は「減反政策の実質的継続」

 需要に対する供給をあえて絞り込み、価格を人為的に維持する。その結果として、ごはん1膳が57円という異常な水準に達し、パンの2倍という報道が成り立つ状況が生まれた。

 消費者は価格に正直である。高ければ離れる。長年支えられてきた米食文化が、こうして制度の矛盾によって静かに崩されている。だが、この問題を「物価の一時的変動」として片づけることは許されない。背景には、制度の継続と、改革を怠った政治の明確な責任がある。

 農政が長年にわたって築き上げてきた制度は、「生産者の自由意思による選択」と「価格形成の市場原理」という名のもとに、実際には巧妙な生産抑制と誘導の枠組みを温存し続けてきた。問題の核心にあるのは、表向きには撤廃されたとされる減反政策の実質的継続である。

 形式上、2018年に「生産調整(減反)」は廃止されたとされている。しかし実態は、あらかじめ政府が都道府県ごとに示す「目安」に基づき、水田を主食用米にどれだけ割けるかが暗黙のうちに決定される。そして、作付けを控えた分の水田には、飼料用米や麦、大豆などの転作作物を配置し、その作付面積に応じて補助金が支給される。主食用米を自由に作ることに対しては、報奨も保護もなく、むしろ不利な扱いとなる。こうした構造が、現在も制度として機能している。

制度的な矛盾は、農家にも消費者にも等しく不利益

 この制度の根底には「需給均衡の維持」という名目がある。しかし現実には、供給力の抑制こそが最優先されてきた。2024年の生産量は683万トンと発表されたが、同年と前年度を合わせた需給ギャップは累積でマイナス30万トンに達していた。にもかかわらず、翌年に向けて生産目標を大幅に引き上げる動きは見られなかった。

 結果として価格は高止まりした。だが、これも偶然ではない。むしろ制度がそうなるように設計されていた。米の供給が過剰になれば価格が下落し、農家の収益が不安定になる。それを避けたい行政と、補助金を継続したい与党政治が、供給の抑制という「予防線」をあらかじめ張ることで、価格を一定水準で維持してきた。この構造が、今や限界を迎えつつある。

 制度的な矛盾は、農家にも消費者にも等しく不利益をもたらす。農家は、自らの意志で主食用米を増産しようにも、その選択にインセンティブがない。

都市部では夕食の主食としてパスタやパンを選ぶ家庭が確実に増加

 補助金が得られるのは、あくまで転作作物であり、主食用米を多く作れば、制度上の保護も支援も受けられない。一方で、消費者は価格の上昇という形で、そのひずみを押し付けられる。

 こうした制度を長年にわたって維持・推進してきた政治の責任は極めて重い。自由民主党は、農協を基盤とする組織票を確保するため、既得権益の保護に終始し、制度改革に手を付けなかった。農水省は、毎年の需給見通しと生産目標を提示しながらも、その責任を「民間の自主判断」に転嫁し、自らの政策誘導の結果については沈黙を貫いてきた。

 生産者の「自由」と消費者の「選択」がともに奪われている現状は、自由市場の名に値しない。主食であるコメが、政策的に生産を絞られ、価格が人為的に維持される状態が常態化している。その一方で、農家の持続可能性も、消費者の生活の安定も、じわじわと損なわれている。

 消費行動の変化はすでに数値として現れている。都市部では夕食の主食としてパスタやパンを選ぶ家庭が確実に増え、ごはんの登場頻度は低下傾向にある。小麦製品が割安で手に入る状況が続く限り、この傾向が逆転する兆しは見えない。主食という食文化の根幹にかかわる分野においてすら、価格が選択を支配しつつある。

その代償は、すべて国民の食卓に跳ね返っている

 農林水産省と自民党は、この変化に何ら有効な手を打ってこなかった。高騰した米価を緩和するための備蓄米の放出も、毎月少量ずつ市場に投入するという「その場しのぎ」に終始している。市場価格を下げる意志も構想も見えず、制度全体の見直しは棚上げされたままである。

 主食の価格差が消費の習慣を変え、やがて文化そのものを浸食する――それが今、現実に起きている。57円というごはん一膳のコストは、もはや一般家庭にとって日々の食卓の選択肢として受け入れがたい水準となりつつある。日本人の米消費量は長期的に減少傾向にあり、今後その速度は一段と加速する可能性が高い。

 この危機的状況において、最も問われるべきは、農政の基本方針を設計・維持してきた政治と行政の責任である。自民党は、農協を支持基盤とする選挙戦略において、転作支援制度や補助金政策は重要な「道具」となっていた。その結果として、農業政策は「農家を支援するための制度」ではなく、「票田を管理するための仕組み」と化した。

 そしてその代償は、すべて国民の食卓に跳ね返っている。

日本人の食文化は静かに、だが確実に変質していく

 かつて、米は「安くて栄養価が高く、誰もが等しく食べられる主食」として日本の社会を支えてきた。その米が、いまやパンやパスタよりも高価な「贅沢品」となりつつある。これは単なる価格の問題ではない。国民の生活の根幹をなす主食に対して、政治と行政が果たすべき役割を放棄してきたという、極めて深刻な政策不全の象徴である。

本来であれば、主食用米の供給を安定させ、その価格を国民にとって無理のない水準に保つことは、政府の責務である。しかし現実には、供給を絞り、価格を維持し、補助金で帳尻を合わせるという「見かけの安定」に固執する政策が繰り返されてきた。その帰結が、ごはん一杯57円、パンの2倍という異常事態である。

 このままでは、日本人の食文化は静かに、だが確実に変質していく。米を日常から切り離す生活が当たり前になり、やがて世代を超えて定着する。そのとき、かつて日本社会が共有していた「ごはんを炊く」という日常は、過去の記憶に変わってしまうのだろうか。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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