崩壊!米国株の絶対的安心感…ビッグテック時代の終焉「ドル資産離れ」世界マネーが向かう先

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 米国株は長年にわたり、世界の投資家にとって最も信頼される投資先であり続けてきた。経済規模、企業の成長性、市場の流動性――あらゆる面で他を圧倒し、「買っておけば間違いない市場」として確固たる地位を築いてきた。しかし近年、その前提にわずかな揺らぎが生じている。表面的な数字に変調は見られないものの、資本の流れや投資家の姿勢に微細な変化が表れつつあるのだ。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が、米国株を取り巻く現在の潮目を丁寧にたどりながら、「絶対視」の時代を経たその先に、何が見えてくるのかを考察する。

目次

揺らぎ始めた米国株への絶対的信頼

 世界の資本市場で、目に見えぬ潮目の変化が進行している。かつて絶対的な存在と見なされてきた米国株式市場に対し、敬意と信頼に裏打ちされた「思い込み」のようなものが、少しずつほどけはじめている。その変化は劇的でも決定的でもない。だからこそ、かえって深く、後戻りしがたい。

 バブルの崩壊も、リーマン・ショックのような急激な信用収縮も起きてはいない。それどころか、米国経済は相対的に堅調で、労働市場は依然として引き締まっている。株価水準も、決して悲観的とは言えない。しかし、価値の評価軸が、静かに、だが確実に揺れ動いている。

 その変化の震源地は、地政学や経済成長率の数字ではなく、もっと根源的な問いにある――「この市場を信じて、長期の時間軸で付き合い続けられるのか」という、ごく個人的かつ制度的な問いだ。世界の資産運用者たちは、今その答えを探している。

“数字”だけでは動かない時代——ESGで米欧に亀裂

 欧州では、ESG(環境・社会・ガバナンス)やDEI(多様性・公平性・包摂性)といった価値の軸が、金融と投資の世界でも定着して久しい。それらはもはや「社会貢献的なオプション」ではなく、制度設計やフィデューシャリー・デューティ(受託者責任)の中核をなすものになっている。

 そうした価値観の変化に、米国の一部の政治は逆行している。パリ協定からの離脱、多様性政策の後退、公教育やLGBTQ権利への攻撃的な言動――。それらは、経済合理性だけで投資判断を下す時代の終わりを象徴している。

 投資家は数字と同じくらい「理念」を見ている。特に欧州の機関投資家たちは、政治的後退や制度の反動を敏感に察知し、資金の配分を見直し始めている。英国の年金基金が米系運用会社との関係を見直し、ESGに強みを持つフランスのアムンディに委託先を移したのは、その象徴的な動きの一つだ。

GAFAMの時代からの転換点。グローバルマネーはどこへ向かうか

 アムンディの最高投資責任者ヴァンサン・モルティエ氏は、来日時の日経新聞とのインタビューで明言した。「米国から米国外への“グレート・ローテーション”がすでに始まっている」。彼の口調に煽りのような熱はなかったが、その言葉には静かな確信があった。

 米国株の優位性は、長らく「熱狂」のかたちで世界中に広がっていた。その中心には、インターネットとIT革命の波に乗った「テック株」があり、GAFAMに代表される企業群は、経済の未来を具現化する存在として神話化された。

 1990年代半ば以降、バフェット指標――株式時価総額をGDPで割った指標――で見ても、米国は常に他国を引き離してきた。ときにはGDPの2倍を超え、市場の過熱を示す警戒ラインを常態的に超えていたが、それでも資金は流れ続けた。

米国株17兆ドルの潮目——欧州もアジアも“再配分”の時代へ

 だがいま、そうした「合理的な熱狂」は収束に向かいつつあるように見える。特に、外国人保有の米国株が17兆ドル(約2400兆円)に達し、その約半分が欧州勢であるという現実を前にすれば、欧州の動きが持つ意味は無視できない。資金の偏りが頂点を迎えた後は、分極化と再配分の時期がやってくるのが常だ。

 この米国株熱は、アジアでも例外ではない。たとえば韓国では、テスラ株に代表される米国株をネット証券で買い付ける個人投資家が急増し、いわゆる「ミーム株」と化した企業群への投資が一種の社会現象となった。背景には、自国市場への不信感と、より公正で開かれた米国市場への希望があった。

 しかし、その希望が揺らぎはじめるとき、資本はどう動くのか。韓国のコリア・ディスカウント解消のために高まった株主アクティビズムも、米国のモデルへの信頼が支えだった。もしその前提が崩れるとすれば、アジアでも資本の行動原理が変化する可能性がある。

 そして、そのような資本の変調を象徴的に示したのが、ウォーレン・バフェット氏の発言である。5月3日のバークシャー・ハザウェイ株主総会――自身の退任を視野に入れた場で彼は、米国の通商政策を暗に批判し、「通商を武器にすべきでない」と述べた。そして一方で、日本の商社株を長期で保有し続ける意志を明確にした。

 この対比的なメッセージをどう受け止めるか。野村総合研究所の木内登英エコノミストは、それを「ドル資産離れ」と「トランプ政権へのアンチテーゼ」として捉えた。発言自体は一行に過ぎないかもしれない。しかし、世界の投資家たちは、そうした含意を敏感に受け取る。

米国株は強い、だが絶対ではない——“次の10年”への地殻変動

 米国という市場は、成長性だけでなく、「信頼の厚み」で選ばれてきた。だが、その信頼がかつてほどの強度を持っていないという感覚は、今や一部の投資家だけでなく、制度や国の動きとして現れはじめている。

 無論、米国が今後も世界最大の経済・金融大国であることに疑いの余地は少ない。短期的には、株価が再び上昇基調に入ることもあるだろう。だが、問題は「スナップショット」ではなく、「フィルム」としての長期的変化だ。

 経済規模が世界の4分の1、株式時価総額は世界の半分――このアンバランスは、これまで当然のように受け入れられてきた。しかし、価値観と制度が変わりつつあるいま、その前提が再検証されるときが来ている。

 資本は言葉を持たない。しかし、信頼と整合性を重んじる。米国への「静かな距離の取り方」は、確実に進んでいる。それはニュースにはならない。けれど、次の10年を決める地殻変動は、たいていこのように始まる。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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