見えた!日本企業が資本主義をリードする…トランプが告げた「欧米の市場」機能不全

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 かつて「企業の使命」は明快だった。より多くの利益を上げ、株主に還元すること。それが企業の成長であり、社会への貢献だと信じられていた。だが21世紀に入り、世界はその前提を大きく揺さぶられている。地球規模の格差、気候変動、テクノロジーの急激な進化……いま問われているのは、企業がどのように社会と関わり、どんな価値を提供していくのか。そのビジョンと実践の質である。日経新聞の編集委員である小平龍四郎氏が、このテーマについて深く考察していくーー。

目次

トランプ現象が告げた経済秩序の転換点

 世界の資本主義はいま、根本的な問い直しの時期を迎えている。市場原理に偏りすぎた経済運営が格差や分断を生み、「株主第一主義」だけでは持続可能な社会を築けないことが明らかになりつつある。企業の存在意義を、もはや利潤追求のみに求めることはできない。社会的責任や環境への配慮、多様性の尊重といった新たな要素が、経済の枠組みに組み込まれつつある。

 こうした構造変化の象徴のひとつが、ドナルド・トランプの登場に代表されるアメリカ社会の変質である。保護主義、反グローバリズム、反エリート主義といった風潮は、行き過ぎた自由市場経済への反動として表出した。中間層の没落や地方経済の衰退に象徴されるように、新自由主義が生んだ歪みは、トランプ現象という形で可視化された。社会の周縁に追いやられた人々の不満が、既存秩序への挑戦となって噴き出している。

トランプ現象は序章にすぎない。グローバルに広がる「資本主義不信」

 この現象はアメリカ固有のものにとどまらない。英国のEU離脱(ブレグジット)やフランスの「黄色いベスト運動」、ドイツやイタリアをはじめとするヨーロッパ諸国での極右政党の台頭など、既存の資本主義体制への不信は先進国全体に広がっている。かつては経済成長と豊かさを約束してくれた仕組みが、今では不平等と不安定さの象徴として認識される場面も増えた。

 気候変動への対応も急務である。企業の環境負荷や資源利用のあり方が問われ、持続可能性が企業の存続条件になりつつある。さらに、AIやデジタル技術の進展が雇用の構造を変え、労働と資本の関係にも再考を迫っている。テクノロジーがもたらす利便性と効率の裏で、人間らしい働き方や生活の質が軽視されるリスクも見逃せない。

利益の先を見据える経営とは…エーザイが示す“新基準”

 こうした時代背景のなかで、企業は単なる利益追求の道具ではなく、社会の中でどのような役割を果たすかによって評価されるべき存在である。企業は誰のものかという問いに、もはや単一の答えはない。株主、従業員、顧客、地域社会、環境といった多様な利害関係者(ステークホルダー)に対し、どのような価値を提供できるのかが問われている。

 この視点に立ったとき、日本企業の中にはすでに先駆的な取り組みを進めている事例がある。製薬会社エーザイは、企業の社会的影響を定量的に示すモデルを導入してきた。たとえば、女性管理職の比率を1割高めれば将来的なPBRが2.4%向上するという予測、従業員の満足や地域への貢献による影響額などが、同社の資料には具体的に記されている。これらは同社元CFOの柳良平が開発した「インパクト評価モデル」に基づいている。

「社会にどう効いたか」を測る時代へ。インパクト評価の実践

 このモデルは、従来「情緒的」とされがちなステークホルダーとの関係性を、経済的インパクトとして可視化するものである。企業活動が社会にもたらす影響を測り、それを企業価値として位置づける考え方は、いまや世界的な潮流になりつつある。

 その潮流の中心にあるのが、英国のロナルド・コーエンや米ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェイム教授らが設立した国際インパクト評価財団(IFVI)である。企業や会計専門家、投資家たちと協働し、社会的価値の測定基準づくりに取り組んでいる。

 IFVIの好事例には日本企業も含まれている。エーザイのほか、KDDIや五常・アンド・カンパニーといった企業も掲載されている。KDDIはIoT回線による交通事故の緊急通報サービスが人命救助に貢献したインパクトを算出し、五常は小口融資が途上国で富の創出にどのようにつながったかを詳細に記録している。これらの取り組みは、企業活動を通じて生まれる社会的価値が、株主の利益と決して相反するものではないことを示している。

渋沢栄一の志が現代に蘇る?「インパクト評価が」照らす日本の可能性

 こうした動きを日本から支えているのが、コモンズ投信会長の渋澤健である。明治時代に数多くの企業設立を主導した渋沢栄一の玄孫であり、IFVIの理事としても活動している。彼がインパクト評価に注力する理由は明快だ。「日本がこの分野で国際標準をつくることができる」からである。実際、欧米の市場が制度疲労を起こしつつある今、アジアから新たな規範を提示する余地は大きい。

 渋沢栄一の唱えた「論語と算盤」——倫理と経済の調和をめざす理念は、インパクト評価という現代の方法論と極めて親和性が高い。いま、日本が持つ伝統的な価値観を再構成し、グローバルな文脈で発信することが求められている。アメリカやヨーロッパにおける資本主義の再定義の動きに呼応しながら、日本ならではの調和的な思想を制度設計の中に織り込むことは、国際社会における新たな貢献となりうる。

「会社は誰のものか」から「会社は何をなすべきか」へ

「会社は誰のものか」という問いは、時代とともにその姿を変えてきた。もはや所有権の有無だけを問うのではなく、「会社は何をなすべき存在なのか」という根源的な問いへと深化している。そこに、日本からの新たな提案を示す余地がある。資本主義の未来像を描くうえで、社会と調和する企業の在り方は、世界共通の課題となっている。

 そしてその実現には、制度の整備だけでなく、私たち一人ひとりの意識の変革も必要だ。投資家、消費者、働き手——それぞれの立場から、企業の振る舞いを評価し、選択していくことが、次の時代の資本主義を形づくっていく。企業の存在目的を問い続けること。それこそが、バラバラになった社会の糸をもう一度編み直す鍵となる。

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この記事の著者
小平龍四郎

1964年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。日本経済新聞入社後は主に金融・証券畑を歩き、「山一証券破綻」「村上ファンド登場」などの特報にかかわる。欧州総局(ロンドン)やアジア総局(バンコク)を経験し、現在は日経新聞の編集委員。専門は証券市場、ESG/SDGs、企業統治。著書は「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」。 Twitter:@Kodaira_Nikkei

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