爆増する社会保険料、懸念高まる介護難民、GDPへの影響危惧…「現場の引き継ぎは『大学ノートで…』」課題だらけの介護業界への挑戦 ニチイHD

在宅介護が日本の最後の砦となる——。 高齢化が進む中、2021年度末の要支援介護認定者数は960万人だった。公的介護保険制度が始まった2000年度の認定者数は256万人で、その時に比べると2.7倍にまで膨れ上がった。また2040年ごろには1000万人近い人数になると推計されている。
爆増する社会保険料に頭を抱える国は、施設介護よりも費用面や高齢者本人の満足度の高い在宅介護を推す。だが、在宅介護も競争が激しく、倒産件数は増加傾向にある。利用者が希望してもなかなかサービスを受けられないという課題も出てきている。
そんな中、独自性を打ち出して急成長している企業がある。みんかぶマガジンTVでは、世界に先駆けて「超高齢社会」を迎える日本でこの危機を乗り越えようとする注目企業のトップにインタビューしていく。
みんかぶマガジンTV「訪問サービス特集」第3回は日本生命グループの傘下に入った株式会社ニチイホールディングスは、従来の業界の枠組みを超えた新たな挑戦を始めている。ニチイホールディングスで取締役 常務執行役員を務める神村知幸氏に、業界の現状と今後の展望について聞いた。
目次
日本生命が介護業界に参入した理由とは?
——なぜ日本生命が在宅介護・訪問福祉の業界に参入したのでしょうか?
日本生命という会社は、保険事業が中核の事業ですが、「ゆりかごから墓場まで」お客様のいざというときのために存在し、保険金や給付金という金銭の形で様々なご支援をしてきたという百何十年にもわたる歴史があります。
一方で昨今、少子高齢化が進んでくる中で、保育所の問題や介護の需給逼迫が深刻化しています。日本生命のご契約者さまが保険金・給付金を受け取って、実際に本当にそのお金を使ってサービスを受けていただけるのか。我々としてはお金をお支払いするだけではなく、やはり最後までちゃんと支援を受けていただくことがゴールだと考えています。
つまり保険を中心に、保育や介護、医療、ヘルスケア、アセットマネジメントも含めて、多面的にお客さまの生涯をしっかりとサポートするということです。その中核として、ニチイの買収に踏み切ったということになります。
——介護難民の問題も社会的に指摘される中、今後どのような対応が必要になってくるとお考えでしょうか?
日本生命グループとしての考え方としては、これからもっと「チームで働く」、そして「DX化を進める」、この2つがキーワードかなという風に思っています。
また、ニチイは訪問介護や通所介護で有名なのですが、実は施設もやっていますし、オールターゲット、オールサービス、オールラインナップでやっています。ご利用者さまがご自身で最後の過ごし方を選択していただけるような、ご利用者さま本位の選択肢をどうやって準備していくかということが非常に重要だと思います。
大学ノートからSNSへ 現場のDXをどう進める
——業界全体で見ると、介護サービスを提供する企業の倒産が続出している傾向にあります。
これはやはり率直に申し上げて、非常に変える余地があると思います。言い方を変えると、この業界はポテンシャルがかなり大きいんじゃないかなと。
たとえばプロセスマネジメントみたいなことで言うと、業界全体的に仕事の役割とか定義というのが非常に曖昧で、とにかくその場その場で物事を解決してきたというところがあります。介護士の方やケアマネの方が書類だとか雑務だとか、いわゆる介護の仕事以外の業務に時間を取られてしまって、非効率な部分が残っているわけです。
仕事をしっかりと整理をして、無駄な仕事をなくすのは当たり前ですけれども、どちらかというと仕事をしっかりと分解して、そのことをきちっとマネジメントできるような体制をまず作っていかなきゃいけないと感じます。そこにうまくDXを絡めていくことが必要です。
——具体的にはどのようなDX化が考えられるでしょうか?
現場では多職種連携という言葉があるのですが、おひとりの方の要介護度が進んでくると、介護士だけではなくて、当然ケアマネージャーや責任者、それから看護師や医師、自治体の方など、いろんな方々が連携をし合いながらその方を見守っていくことになります。そうした場合に、たとえば家に大学ノートが置いてあって、大学ノートにみんながそれぞれ記録を書いて帰っていくというようなことが珍しくありません。
物理的には引き継ぎはできているんですけれど、SNSでもっと遠隔でもコミュニケーションできるようにするとか、そんなようなことを考えていかなきゃいけないと思っています。
今までの常識だけでは限界?「地域全体でのチーム連携」がカギに
——チームワークとDXで、今後どのような変化を目指しているのでしょうか?
介護の現場だけではなくて、様々な事業者の方や自治体なども含めて、英知を結集してやっていかないといけないような、それくらい業界として重たい課題に直面しているのが現状です。ニチイ単体でというよりも、そういうチームをどんどん作っていきたいと思っています。
また、地域全体で介護する体制みたいなものを仕掛けていくことも考えられるでしょう。例で言うと、介護士の方が有給休暇を取れていないよというときに、たとえばその施設の2階とか3階のご利用者さまは、じゃあ今週火曜日はみんな近所のデイサービスに行って、そこでちょっと過ごしていただこうと。そうすると、その間こっちでちょっと有給が取れていない介護士の方に有給を取ってもらうといったことができるようになりますよね。
あるいはそれがニチイを越えて、ほかの事業者さまでお困りのところがあったら我々の介護士がそこに行ってサポートするだとか、そういう連携の仕方もあるかもしれません。
GDPにも影響する?「家族が介護」の意外なコスト
——在宅介護・在宅福祉サービスのニーズについてはどのように見ていますか?
今のご利用者さまの構成で言うと、在宅という広い概念で見ても、訪問介護に絞っても、割合として大きなウェートがあります。ですから、ご利用者さまの数という意味では、非常に多いと思います。
やっぱりご自宅に住みたいという方は多いですし、金銭的な面で言っても、ご自宅を持っていらっしゃる方は家賃のコストが0円ですから、それは非常に大きいです。「住み慣れた」という観点でも、金銭的な観点でも、やはりご自宅でというニーズは、相対的には高いと思います。
——社会として社会保険料の負担増を抑える観点でも、在宅のほうが有利なのでしょうか?
財源の問題もそうなのですが、実はビジネスケア、すなわちご家族の生産性低下の問題というのもあるのかなと思います。どうしてもご利用者さまの介護にいくらお金がかかるのか、という議論に終始しがちなんですが、介護によってご家族の生産性が下がったときに、今度はその兼ね合いで収入が下がる、GDPの収入の部分が減るという議論も当然あるのではないかなと。
「うちが儲かればそれでいい」では介護業界は良くならない
——今後、どのような会社にしていきたいとお考えですか?
日本生命グループとしてもっとマクロで考えたときに、要介護者の方はとてもたくさんいらっしゃるし、これからもどんどん増えていくと。なのでニチイが1社自己満足で、うちがいいからいいとか、あるいはガンガンM&Aばっかりやって他社の方を引き抜いて、うちが大きくなって、でもほかの事業者さまが潰れるというようなことでは、まったく社会的にダメだと思うんです。
需給の関係で言ったら需要の方が圧倒的に伸びているので、他社を気にするよりももっと業界全体で良くなっていったほうが絶対みんな成長すると思います。ですから日本生命グループという観点に立つと、介護業界、それから地域の介護にどういう貢献をしていくのか、そのようなことになってくるんじゃないかなと考えています。