「まさに老害」…八角理事長、白鵬を“排除”!そして定年延長案で加速する相撲協会、一強体制

日本相撲協会に再び厳しい視線が集まっている。その発端となったのは、6月9日に行われた元横綱・白鵬翔氏の退職会見であった。優勝45回を誇った相撲界の象徴的な存在が協会を去るという出来事は、協会に大きな影響を与えるとともに、今後の相撲界の行く末を占う重要な局面となるだろう。ネット上では相撲協会の八角理事長を「まさに老害」と批難する声もある。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏がこの問題に鋭く切り込むーー。
目次
「八角一強体制」の裏で進行する相撲協会の権力闘争
公益財団法人「日本相撲協会」を巡る情勢が、深刻な閉塞感に包まれている。
その中心にいるのは、10年近くにわたり組織の頂点に君臨する八角理事長(元横綱・北勝海)だ。史上最多優勝記録を持つ元横綱・白鵬が角界を去るという異例の事態は、この八角一強体制が完成したことを世に知らしめる象徴的な出来事であった。協会に異を唱える者、改革を志向する者を次々と排除し、自らの権力基盤を盤石にしてきた手法は、組織の活力を著しく削いでいる。
八角理事長がその地位に就いたのは2015年12月、当時の北の湖理事長の急逝を受けてのことであった。本来、次期理事長として有力視されていたのは貴乃花親方であった。状況は一変し、理事長代行であった八角親方が正式に理事長の座に就く。その後の展開は、権力闘争そのものであった。2017年の元横綱・日馬富士による暴行事件を巡り、被害者である貴ノ岩の師匠であった貴乃花親方は、協会執行部と対立を深める。結果的に、貴乃花親方は猛烈な批判を浴び、2018年に相撲界を去ることを余儀なくされた。かつて角界の将来を担うと期待された大横綱は、八角体制の前に姿を消した。
協会からの追放か、それとも改革の象徴か?「白鵬退職」という事象
次に標的となったのは、もう一人の大横綱、白鵬であった。圧倒的な実績と国内外に広がる人脈を持つ白鵬は、現役時代から時に協会の意に沿わない言動で注目されてきた。観客に万歳三唱を促すパフォーマンス、審判の判定に異議を唱えるかのような仕草は、伝統と格式を重んじる協会から問題視され続けた。引退し、年寄名跡を襲名する際には、ルールやマナーの遵守を誓う誓約書への署名を求められるという、大横綱に対しては異例の対応が取られた。
協会側の強い警戒心が透けて見える。そして2024年、弟子である北青鵬の暴力問題が発覚する。協会は宮城野部屋の閉鎖という極めて厳しい処分を下した。過去の同様の不祥事における他の親方への処分と比較して、著しく重い措置であったことは多くの関係者が指摘するところである。これは、協会にとってうるさい存在であった白鵬を追い出すための処分であったという見方が根強く囁かれている。事実、部屋再興の見通しが全く立たない状況に追い込まれた白鵬は、協会を退職する決断を下した。こうして、八角体制に対抗しうる二人の大横綱は、角界から完全に排除されたのである。
相撲協会の「長すぎる在職期間」がもたらす悪影響
組織のトップマネジメントの在り方が、その組織全体のパフォーマンスにいかに影響を及ぼすか。この点を実証的に分析した興味深い経営学研究が存在する。2024年に発表された論文「時間のゲーム:TMTの年齢と在職期間が組織業績に与える影響の解読」は、まさに現在の相撲協会が直面する問題を解き明かす鍵を提供する。この研究は、米国のIT企業442社の最高経営陣(Top Management Team)を対象に、経営陣の年齢(age)と在職期間(tenure)が組織の業績に与える影響を定量的に分析したものである。分析から導き出された結論は、極めて示唆に富む。
第一に、経営陣の平均年齢の上昇は、組織の業績に対して肯定的な影響を与えることが示された。これは、年齢を重ねることで蓄積される多様な経験、深い知見、洗練された意思決定能力が、より効果的な戦略立案につながるためである。年齢そのものが老害なのではない。むしろ、経験は組織にとって貴重な資産となり得る。
第二に、この研究が強く警鐘を鳴らすのは、在職期間の長さである。同じ役職にトップが長く留まり続けることは、組織の業績に対して明確に否定的な影響を与えることが実証された。長い在職期間は、思考の固定化、戦略の硬直化を招く。新しいアイデアや外部からの批判を受け入れにくくなり、組織は内向きで変化を拒む体質へと変貌する。意思決定プロセスの多様性が失われ、いわゆる「グループシンク(集団浅慮)」に陥りやすくなる。この研究結果を現在の相撲協会に当てはめてみると、問題の核心が鮮明に浮かび上がる。批判されるべきは八角理事長の年齢ではない。問題の本質は、2015年12月から10年近くにも及ぶ、その長すぎる在職期間にある。論文が示す「長い在職期間の罠」に、相撲協会は完全に陥っている。
八角政権の10年…評価の一方で避けられなかった停滞の兆し
貴乃花、白鵬という異なる視点を持つ可能性のあった人材を排除したことで、執行部の思考は均質化し、組織の新陳代謝は完全に停止した。この停滞と閉塞感こそ、八角長期政権がもたらした最大の弊害である。
八角理事長の10年間の政権を評価する声が皆無なわけではない。コロナ禍という未曾有の危機を乗り越え、本場所の観客動員は活況を呈している。2024年10月には20年ぶりとなる海外ロンドン公演も予定されており、これらを理事長の手腕とする見方もある。しかし、現在の盛況はインバウンド景気という追い風に乗った面が大きく、運が良かっただけという冷静な評価も存在する。むしろ、この10年間で目立つのは、相次ぐ不祥事とその後処理の不透明さである。力士による暴行事件、大麻所持、違法賭博への関与、親方によるパワハラなど、角界の品位を汚す事件は後を絶たない。
「えこ贔屓」体質の深刻化…組織改革を阻む定年延長案の波紋
問題が発生するたびに協会が下す処分には、一貫性や公平性を欠くとの批判が常に付きまとう。八角理事長に近い者には処分が甘く、対立する者には過度に厳しいという「えこ贔屓」体質が、協会内部の不信感を深刻化させている。芝田山親方(元横綱・大乃国)が協会職員の労働問題を巡って理事長の責任を追及する動きを見せると、執行部から外され閑職に追いやられた一件は、体制に物言うことが許されない空気の存在を物語っている。こうした長期政権の弊害を、さらに永続させようとする動きが、現在浮上している「定年延長案」である。
親方の定年を現行の65歳から70歳に引き上げ、さらに75歳までの再雇用を可能にするというこの案は、組織の健全な新陳代謝を完全に阻害する。八角執行部に従順でありさえすれば、より長く協会に留まり、安定した地位と報酬を得られることになる。これは、執行部への忠誠心を高め、異論を封じ込めるための強力な道具となる。制度が実現すれば、八角理事長自身の定年も延長され、理事長退任後も協会に留まり、事実上の院政を敷くことすら可能になる。これは改革などでは断じてない。組織の私物化であり、停滞を制度として固定化させるための延命措置に他ならない。
白鵬が切り開く相撲の未来、八角一強体制の行きつく先は
角界を去った白鵬は、相撲を世界に広めるという新たな夢に向かって歩み始めた。新会社を設立し、「世界相撲グランドスラム」構想を推進するという。東京・日本橋に建設を計画するビルは、1階の土俵をガラス張りにして、開かれたイメージで相撲の魅力を発信していく構想だ。閉鎖的な協会との軋轢に苦しんだ末にたどり着いたキャリアの始まりである。
一方で、八角理事長が率いる相撲協会は、有力な後継者候補を次々と排除し、定年延長という内向きの論理で体制を固め、ますます閉鎖的な組織へと変貌しつつある。この鮮やかな対比は、大相撲の未来を暗示しているかのようである。一人の大横綱が切り拓こうとするグローバルな相撲の可能性と、古い体質にしがみつき自己保存を図る組織。どちらが相撲という文化を未来へと繋いでいくのだろうか。八角一強体制という長い停滞の果てに待っているのは、緩やかな、しかし確実な衰退の道筋ではないのか。