トランプはイーロン・マスクを絶対に許さない…「完全に常軌を逸した」全面戦争へ!新党結成でテスラ株は取引開始直後7.6%下落

2024年の大統領選挙で最大の支援者の一人としてドナルド・トランプを支え、トランプ政権2期目では政府の無駄を削減する新設省庁のトップに就任したイーロン・マスク。テクノロジー界の巨人と米国の最高権力者の蜜月関係は、かつてないほど強固に見えた。しかし、トップ退任後の2025年夏、大規模な財政政策を巡る激しい対立をきっかけに、修復不可能な敵対関係へと劇的に転換した。両者の決裂は、トランプが推進した大規模な税制・国内政策法案「Big, Beautiful Bill」に対するマスクの猛烈な批判が発端である。マスクは法案が財政赤字を数兆ドル規模で拡大させると主張し、自身のSNSプラットフォームXで「忌まわしい代物」「国を破産させる」と痛烈に非難した。本稿では、この確執が金融市場に与えた影響、そして両者の対立の根源にあるマスクの特異な性格と現代共和党の政治力学について、経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は「トランプはイーロン・マスクを絶対に許さないのではないか」と指摘するーー。
目次
マスクのトランプ批判「忌まわしい代物」「国を破産させる」
2024年の大統領選挙で最大の支援者の一人としてドナルド・トランプを支え、トランプ政権2期目では政府の無駄を削減する新設省庁のトップに就任したイーロン・マスク。テクノロジー界の巨人と米国の最高権力者の蜜月関係は、かつてないほど強固に見えた。この協力関係は、2025年夏、大規模な財政政策を巡る激しい対立をきっかけに、修復不可能な敵対関係へと劇的に転換した。
両者の決裂の直接的な原因は、トランプ大統領が推進した大規模な税制・国内政策法案、通称「Big, Beautiful Bill」である。マスクはこの法案が連邦政府の財政赤字を数兆ドル規模で拡大させると主張した。自身のSNSプラットフォームであるX上で、法案を「忌まわしい代物」「国を破産させる」と痛烈に批判した。
法案は2017年のトランプ減税の大部分を恒久化し、国防費を増額する一方、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)の予算を削減する内容を含んでいた。マスクの激しい反対にもかかわらず、法案は議会を通過し、7月4日の独立記念日にトランプ大統領によって署名され、成立した。
法案成立に深く失望したマスクは、共和党と民主党の両党を「一党支配体制」と断じ、新たな政治勢力の結成へと動いた。
マスクが立ち上げた「アメリカ党」は何をしたいのか
7月5日、マスクはX上で新党「アメリカ党(America Party)」の設立を宣言した。「国民に自由を取り戻す」というスローガンを掲げた。
アメリカ党の戦略は、2026年の中間選挙で特定の選挙区に資源を集中させることにある。上院で2議席から3議席、下院で8議席から10議席の獲得を目指す。僅差で拮抗する議会において、この議席数が法案の行方を左右するキャスティングボートを握るのに十分だとマスクは考えている。アメリカ党は特定の党派に与せず、独立した立場で両党と是々非々で交渉する方針を示した。とはいえ、多くのアメリカメディアは、アメリカ党が連邦選挙委員会(FEC)に正式な届け出をまだ行っていない事実を指摘している。
トランプ大統領は、かつての盟友の行動に激怒した。自身のSNS「Truth Social」上で、マスクを「完全に常軌を逸した」「本質的に列車事故のようだ」と人格を攻撃する言葉で非難した。新党構想自体も「馬鹿げている」と一蹴した。トランプは、第三政党が米国の政治史において成功した例はなく、もたらすものは「完全かつ全面的な混乱と無秩序」だけだと主張した。トランプは、「マスクが反旗を翻した動機は、高潔な財政規律の理念によるものではない」と示唆した。法案成立によって、マスクが経営するテスラ社の電気自動車(EV)購入者に適用されていた税額控除が廃止されたことが、マスクの怒りの源泉だとトランプは指摘した。さらに「大統領選挙期間中からEV税額控除の廃止を公言しており、マスクもそれを承知の上でトランプを支持したはずだ」と主張している。
テスラの株価は取引開始直後に7.6%も急落
アメリカを代表する二人のリーダーの確執は、金融市場に即座に影響を及ぼした。マスクが新党結成を発表し、トランプとの対立が決定的に報じられた週明けの7月7日、テスラの株価は取引開始直後に7.6%も急落した。投資家や市場アナリストの間では、懸念が広がっている。
懸念の第一は、トランプ政権との敵対関係がテスラの事業に直接的な打撃を与えるリスクである。政府からの補助金削減や、スペースXが受注する政府契約の見直しといった可能性が囁かれる。第二は、マスクが新党の立ち上げという壮大な政治活動に没頭し、テスラの経営から注意が逸れることである。
「イーロン・マスクは骨をくわえた犬のようだ」
ウェドブッシュ証券のアナリストであるダン・アイブス氏や、トランプ支持派の投資家ジェームズ・フィッシュバック氏といった人物は、テスラの取締役会がマスクの政治活動を抑制するよう介入すべきだと公に求める声明を出した。
この対立の根源には、マスク自身の特異な性格と、政治という領域の特殊性がある。ウォール・ストリート・ジャーナル(7月4日)は、マスクの成功哲学が政治の世界で裏目に出た様子を深く分析した。
「イーロン・マスクは骨をくわえた犬のようだ。マスクを成功に導いたもの、つまり自分が正しいという揺るぎない信念は、自らを破滅させる原因にもなり得る。特に、世界で最も裕福な男がその問題について感情的になるときは尚更だ。マスクは、いかにナイーブであったかはさておき、トランプこそが政府を削減するという自分のビジョンを支持してくれる人物だと考えていた」
「ところが、トランプにはただ一つのアジェンダ、つまり自分自身のアジェンダしかなかった。マスクはそれを手放すことができないようだ。起業家としてのマスクのキャリアは、従うべき唯一のルールは物理法則であるという前提の上に築かれてきた。再利用可能な宇宙ロケットや踊る人型ロボットを設計する上では、これは素晴らしい公理である。政治の世界においては、おそらく、それほど素晴らしいものではない」
共和党議員がトランプに逆らえない構造
「マスクの元妻タルラ・ライリーは、BBCのドキュメンタリーで次のように語っている。『彼はその時に感じている感情を、それがどんな感情であれ、信じられないほどの純粋さで感じます。彼は物事を非常に、非常に深く感じるのです。私が知る限り、最も感情的な人間です』」
一方、この確執は、現代の共和党が置かれている状況を浮き彫りにした。ポリティコ(7月4日)のコラムニスト、ジョナサン・マーティンは、共和党議員がトランプに逆らえない構造を次のように解説した。
「いわゆる『Big Beautiful Bill』が可決される運命にあった理由を理解することは有益だ。共和党議員にとって、これはトランプ大統領に対する信任投票だったからだ。この広範な法案は、税率やメディケイド、財政赤字を巡るものでは決してなかった。根底にある法案は法案ですらなく、トランプに関する国民投票だった。その結果、議会の共和党員には、政策の中身とは無関係の二者択一が残された。大統領に敬礼して賛成票を投じるか、反対票を投じて予備選挙で自らのキャリアを危険に晒すかである」
強固な二大政党制に風穴を開けることはできるのか
「小さな政府を志向する議会の保守派にとっての厳しい現実は、自分たちの選挙区の有権者が連邦政府の規模縮小よりもトランプへの忠誠心を重視しているということだ。原則や健全な政治に根差したものであろうと、議員によるいかなる声高な批判も、トランプによって不満分子による『スタンドプレー』として怒りをもって退けられた」
かつては強力なタッグを組み、ワシントンに大きな影響力を行使したマスクとトランプ。財政規律という一つの理念を巡る対立は、個人の感情、ビジネス上の利害、現代米国の政治力学が複雑に絡み合い、互いを「破壊」しかねない全面戦争へと発展した。マスクが立ち上げたアメリカ党が、強固な二大政党制に風穴を開けることができるのか、あるいは単なる億万長者の壮大な政治的実験に終わるのか。トランプは、その過去の行動からも裏切者を決して許さない人だというのもわかる。二人のバトルの行方は、2026年の中間選挙、そしてテスラという巨大企業の未来をも左右する不確定要素として、米国社会に横たわっている。