「クレーム止まず県政担当から外れた」兵庫・斎藤知事会見で異例の訴え…異動の時事通信記者が完全に「欠落していたこと」「裏切ったこと」

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 7月29日、兵庫県・斎藤元彦知事の定例記者会見で、時事通信の女性記者が私見を述べ、波紋を呼んでいる。女性記者は、斎藤元彦知事が「震源地」となり、結果として自分は誹謗中傷を受け、配置転換が起きたと主張した。一体何が起きていたのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が、プロの視点で解説するーー。

目次

ジャーナリストという職業の根源的な罪

 ジャーナリズムは本質的に道徳的欺瞞を内包する。作家ジャネット・マルコムは名著『ジャーナリストと殺人者』において、ジャーナリストという職業の根源的な罪を暴いた。ジャーナリストは共感や理解を装い、取材対象の信頼を得る。最終的には対象を裏切り、自身の物語を構築するための冷徹な材料として利用する。

 マルコムの描くジャーナリストは、一種のプロフェッショナルな詐欺師である。対象の虚栄心や孤独につけ込み、計算された裏切りを実行する。この非情な職業倫理は、ジャーナリズムが成立するための必要悪ですらある。2025年7月29日、兵庫県知事の定例記者会見で起きた出来事は、マルコムが分析した冷徹なプロの姿とは似ても似つかない、ジャーナリストとしての規律が崩壊した光景だった。時事通信の女性記者が、県政とは無関係な自身の境遇を公の場で訴えた。

 女性記者の発言は以下の通りである。

「先週もここで質問をして、その後、会社にクレームの電話が鳴り止まずに私は県政の担当を外れることになりました。記者が会見で質問をして、即日炎上して、翌日には配置換えが決まるということが兵庫県では起きます。これをまた成功体験にして、ネットの人たちがこぞって兵庫県に集まってくると。兵庫県はそういう遊び場になっていると、私は思いますね。こうすることで記者が委縮して、職員や議員が委縮していくわけですけれども。斎藤知事が推し進めている風通しの良い職場づくりはそれで実現するんでしょうか。まともな県政運営に繋がるんでしょうか。いつも震源地にいるのは知事です。知事しかこの状況を変えられないと、私は思っています。なのに知事はこの状況を問題に思っているようにも、変えようと思っているようにも見えません。いつまでこんなことが続くのか、続けるのかと私は思っています」

 この発言は、ジャーナリストが守るべき一線を根底から踏み越えている。

ジャーナリストが守るべき一線を踏み越えた

 記者会見は、県民の負託を受けた知事に対し、公益に資する質問を行うための公的な場である。記者は、県民の代理人として、あるいは冷静な第三者の観察者として、権力と対峙する。女性記者は、この役割を完全に放棄した。自らの配置転換、会社へのクレーム電話、ネットでの炎上という極めて個人的な問題を会見の場で提起した。公の器を私的な不満のはけ口として利用したわけだ。

 マルコムが指摘したジャーナリストの「二つの自己」という概念が参考になる。取材現場で対象と向き合う共感的な自己と、原稿を前に冷徹な分析者となる自己。ジャーナリストはこの二つの自己を使い分けることで、職業的距離感を保つ。女性記者の場合、この二つの自己は完全に崩壊し、感情的な当事者としての「私」がすべてを支配した。冷静な観察者としての仮面を自ら脱ぎ捨て、傷ついた個人として知事を糾弾した。ジャーナリストが物語の語り手から、物語の登場人物へ転落した瞬間だった。

 女性記者の発言には、責任転嫁という深刻な問題も含まれる。

配置転換は時事通信社が下した人事判断

 配置転換は、所属する時事通信社が下した人事判断である。クレーム電話や炎上は、女性記者自身の質問スタイルや内容に対する世論の反応である。女性記者は、自らの行動が招いた結果を、取材対象である知事の責任であるようにも語った。「いつも震源地にいるのは知事です」という言葉は、自己の行動への省察を放棄し、問題を外部に押し付ける姿勢の表れである。マルコムの著作では、裏切られたと感じ、被害者として声を上げるのは取材対象者の役割だった。女性記者は、ジャーナリストでありながら自ら被害者の座に就いた。取材活動には批判がつきものであり、炎上も現代のジャーナリストが引き受けねばならないリスクの一部である。女性記者はリスクを引き受けるどころか、リスクの原因を知事に押し付け、同情を引こうと試みた。ジャーナリストが取材対象に対して感情的な優位性を求める行為は、職業倫理の倒錯に他ならない。

 女性記者の過去の質問内容は、知事支持者からは”偏向的”、”攻撃的”と見なされていたようだ。住民監査請求を行った県民を間接的に批判したと受け取られるような質問もあり、県民の反発を招いていたという背景がある。

自己客観視の視点が欠落

 女性記者の質問スタイルが、多くのクレームを引き起こす土壌を作っていた可能性は否定できない。女性記者は、自らの取材手法が炎上の一因であった可能性を全く顧みない。自らのジャーナリズムを絶対的な正義とみなし、批判する側を「ネットの人たち」と一括りにして敵視する。ジャーナリストは、自らの言葉が社会に与える影響を常に意識し、批判的な視線を自身にも向けなければならない。女性記者の発言からは、そのような自己客観視の視点が完全に欠落している。

 マルコムが描いた作家ジョー・マクギニスは、妻子殺しの罪で収監されたジェフリー・マクドナルドを4年間にわたり欺き続けた。無実を信じる友人を装い、マクドナルドの全てを記録し、最終的に冷酷な殺人鬼として描く本を出版した。

女性記者が裏切ったものとは…

 マクギニスの行為は、道徳的に許されない裏切りである。マクギニスの裏切りは、真実をよに出す、という職業的な目的を達成するための、計算され尽くした冷徹な行為だった。マクギニスの態度は、プロの非情さの極致である。女性記者の行動は、このプロフェッショナルな裏切りとは次元が異なる。女性記者は、個人的な感情の高ぶりを抑制できず、公の場で自制心を失った。ジャーナリズムという公器を私物化し、自身の感情的な救済のために利用した。マクギニスが裏切ったのは取材対象者一人であった。女性記者が裏切ったのは、ジャーナリズムという職業そのものへの信頼と品位である。

 結論として、女性記者の行動はジャーナリスト失格と断ぜざるを得ない。公私の区別をつけず、記者会見の場を自身の不満表明の場とした。自らの行動が招いた結果への責任感を欠き、取材対象に責任を転嫁した。自己の取材スタイルへの批評的な視点を失い、感情的な当事者として振る舞った。ジャーナリストは、いかなる圧力や批判に晒されようとも、冷静な観察者としての立場を堅持する職業的規律を求められる。女性記者は、その最も基本的な規律を放棄した。

ジャーナリズムの未来に暗い影を落とす

 女性記者の姿は、ジャーナリズムの未来に暗い影を落とすものである。

 兵庫県・斎藤知事の記者会見で起きた時事通信の女性記者による発言は、ジャーナリストとしての基本原則を逸脱した行動だったのではないか。ジャーナリストは、公的な場で感情的な当事者ではなく、冷静な観察者として公益に資する質問を行うべきである。しかし、この女性記者は、自身の個人的な問題を公の場で訴え、取材対象である知事に責任を転嫁した。これは、ジャーナリズムの信頼と品位を損なう行為ではないか。今回の事態は、ジャーナリズムが直面する課題を浮き彫りにした。ジャーナリストが個人の感情を優先し、公器を私物化する行為は、職業倫理の崩壊を意味する。この出来事は、私たち一人ひとりが、真のジャーナリズムとは何か、その役割と責任について改めて問い直すきっかけとなるだろう。

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この記事の著者
小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立。現在に至る。 Twitter :@ogurapunk、CONTACT : https://k-ogura.jp/contact

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