ドヤ顔トランプは「フォードF-150が日本で売れる」と語ったが…なぜ合意文章作らない!? 関税交渉の大混乱「日本は米国に80兆円投資し、利益の90%は米国」

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 ドナルド・トランプ大統領はCNBCとのインタビューで「美しいフォードの『Fー150』といった米国車を日本が受け入れる」と述べた。アメリカで人気の大型ピックアップトラックが道路の狭い日本で売れないのは、関税のせいではないと思うのだが……。いきなり“合意”が発表されたかと思ったら、早くも大きな認識のズレが表面化している。日米関税交渉は実質的に継続中で、今や「世界の暴君」となった米国のトランプ大統領が一方的に誇示する「成果」と、それを“修正”するための激しい交渉が繰り広げられている。日本は「国益」を守ることができているのか、それとも“敗北”するのか。そして、なぜ急転直下でトランプ氏が“合意”を発表したのか。そもそも日本に課すとしていた相互関税を15%に抑え、合意した。経済アナリストの佐藤健太氏は「焦ったトランプ氏がGOサインを出したものの、細部を詰める作業まで行わず、一方的な認識を発し続ける『トランプ流交渉術』が混乱の背景にある」と指摘する。はたして、その危険すぎる舞台裏とはーー。

目次

「日本は米国に80兆円投資し、利益の90%は米国が受けるだろう」

 一体、いつから世界は1人の人物のものになったのだろうか。トランプ大統領が各国に追加関税の発動を迫りながら、大幅な譲歩を引き出そうとする「恐怖政治」は異様である。日本のみならず、世界中の大国から小国までが翻弄され続けている。ただ、勇ましい言葉を向けてみたところで、現実の世界では経済力と軍事力を背景に強権を見せつけるトランプ氏に翻意を迫ることは難しいのも事実だ。

 トランプ大統領は7月22日、8月1日に新たな税率がスタートするとした関税措置をめぐり、日米間で合意したことを明らかにした。日本に発動するはずだった25%の関税を15%に引き下げ、自動車関税も15%にするという内容だ。トランプ氏はSNSで「我々は大規模な合意を締結した。おそらく過去最大の合意だろう」とした上で、「日本は米国に5500億ドル(約80兆円)を投資し、利益の90%は米国が受けるだろう。これは数十万人の雇用を創出する。日本が自動車やトラック、農産物を含めた貿易で開放することが最も重要だろう。日本は15%の相互関税を払う」と発した。

 日本側の説明によれば、4月から10%が上乗せされてきた品目は8月1日から25%に引き上げられる予定だったが、これを15%に軽減。15%未満だった品目も15%を上限とする。自動車は27.5%から合意によって15%になるというものだ。

  石破茂首相は「『関税より投資』とトランプ大統領に提案して以来、一貫して働きかけを強力に続けてきた。守るべきものは守った上で日米両国の国益に一致する形での合意を目指してきた」と説明し、対米貿易黒字を抱える国の中で最も低い数字になると強調した。

「トランプ大統領が不満を抱くなら、関税率は25%に戻る」

 たしかに、焦点だった自動車に課された25%の追加関税を半減させ、数量制限のない自動車・自動車部品関税の引き下げを実現したのであれば、一定の評価はできる。「意外にやるじゃん、石破さん!」と、内閣支持率が上昇したのも頷けるものだ。

 だが、その直後から“合意”には暗雲が漂う。米ホワイトハウスは7月23日、「日本が米国製の防衛装備品を年間数十億ドル規模で追加購入する」とし、米ボーイング社製の航空機100機などが購入されると発表した。米メディアは、コメの購入を日本が75%増やすことや農産物などを大幅に購入することで合意したと伝えている。関税交渉を主導したベッセント米財務長官は7月23日、ブルームバーグテレビのインタビューで「日本側はタフネゴシエーターだったが、トランプ大統領はもっとタフだったということだ」と強調。米FOXニュースのインタビューでは、日本側の履行状況を四半期ごとに精査するとした上で「トランプ大統領が不満を抱くなら、自動車や他の日本製品全般への関税率は25%に戻る」と事後検証していくと説明した。

 これに対して、日本側は防衛装備品に関し「現行計画の範囲内で対応する」と否定し、投資や融資などが対米投資80兆円の中身であると説明。さらに「事後検証」などについてはトランプ大統領との間でそもそも協議していないと繰り返している。

日米双方の認識で大きなズレが生じているのか

 交渉を担当する赤沢亮正経済再生相は8月5日、記者団に「合意前後を含め、米国側の閣僚から聞いている説明と違う内容になっている」と不満を示し、米側の説明に修正を求める考えを表明した。

 なぜ日米双方の認識で大きなズレが生じているのか。それはトランプ大統領が発した“合意”は共同文書として作成されたものではなく、単なる「口約束」だったことが背景にある。ここからは、筆者が知る日米交渉の舞台裏の一端をメディアで報じられていない別の観点から紹介していきたい。

 まず、トランプ大統領は4月にすべての国・地域を対象に一律10%の関税を課すと発表した。当初は措置の一時停止期間を7月9日までとしていたが、その後に8月1日まで延長している。日本は相互関税として25%が課されると通告されていた。

トランプ大統領は「日本の政局」をも見極めていた

 複数の政府関係者に話を聞くと、実はこの時期が日米交渉にとって重要な意味であることがわかる。

 事柄の性格上、詳細は省くことをお許しいただきたいが、端的に言えば、トランプ大統領は自前の情報網から「日本の政局」をも見極めていた。政権与党である自民党が派閥をめぐる「裏金問題」で大逆風にある中、7月3日公示・7月20日投開票の参院選は自民党敗北が予想されていた。昨年の衆院選で大敗し、衆院で少数与党になっていた石破政権が参院でも少数与党になれば総辞職する可能性がある―。

 当初に設けられた一時停止期間(7月9日)の前は参院選公示直前であり、逆風にさらされている石破政権が米側に安易な譲歩を見せることは期待できない。かといって、8月1日の期限をさらに延長すれば石破政権そのものがどうなるか不透明となる。当初は「日本は30%か35%の関税、我々が決定する関税を支払うことになる」と強気の発言でプレッシャーをかけていたトランプ大統領は、日本の政局が流動化することを恐れていたとされる。

なぜ正式な合意文書を作成しなかったのか

 実際、7月20日投開票された参院選で自民党と公明党の政権与党は非改選議席を合わせても過半数に届かず、衆参両院で少数与党になった。その直後の米国時間7月22日(日本時間7月23日)、訪米した赤沢経済再生相は米ホワイトハウスの大統領執務室でトランプ大統領と向き合い、対米投資を5500億ドルに積み増すことなどを説明。ホワイトハウスの大統領執務室では、ルビオ米国務長官やベッセント米財務長官、ラトニック米商務長官らに囲まれる異様な形で赤沢経済再生相が向かいのトランプ大統領に説明し、口頭で“合意”を得ていった。

 ここで1つの疑問を抱く人はいるだろう。私も同じ感覚を持つ1人だ。それは、なぜ正式な合意文書を作成しなかったのかという点にある。理由を日本政府関係者に尋ねると、「トランプ大統領にとっても、日本側にとってもその方が良かったからだ」との回答があった。

 まず、トランプ大統領は関税やインフレをめぐり国内外の不安や不満をなるべく早く抑えたかったはずだ。そして、先に触れた通り、参院選の結果によって石破政権が退陣することになれば、これまでの日米関税交渉は振り出しに戻る可能性があった。

会談で、唯一決定権を持つトランプ大統領

 トランプ氏の「米国第一主義」にならい、日本でも保守系を中心に「ジャパン・ファースト」を唱える勢力が勢いをもっていけば、交渉は暗礁に乗り上げることが予想されたのだ。

 このトランプ大統領が抱える状況は、日本側にとって1つの好機と言えた。それは「今、日本が言っている内容で合意できなければ、期限である8月1日以降はどうなるかはわからないよ」「合意するのか、しないのか」と迫ることができたからだ。8月1日は参院選後の臨時国会召集日と重なり、場合によっては石破内閣が総退陣し、首班指名選挙で野党から新首相が誕生する可能性もあった。

 たしかに合意文書を作成するのは従来のセオリーと言えるのだが、赤沢経済再生相とトランプ大統領の会談で詰めた内容を文書にするには時間を要する。何より、日本政府としてはトランプ大統領の気が変わって「15%」という数字が変わることを恐れた。会談で、唯一決定権を持つトランプ大統領に対して「○○は、これで良いか?」「○○を言うなら、××はこうするので良いか?」と1つ1つ確認していった方が効率が良かったというのも事実だろう。これが日米関税交渉の実態である。

日本政府高官は「完全なフェイクニュースだ」と憤り

 米ホワイトハウスは7月31日、トランプ大統領が日本を含む国・地域への新たな関税率を定める大統領令に署名したことを明らかにした。日本への関税率は合意した「15%」だった。ただ、これまでに米国の報道官などが発している内容には日本側として協議していない、合意していない事項も含まれているのも事実だ。ある日本政府高官は「完全なフェイクニュースだ」と憤りを隠さない。

 これは「口約束」で双方が合意を急いだツケでもある。トランプ大統領はSNSやメッセージで次々と米国側の「成果」を誇示し、日本政府を揺さぶる姿勢を崩していない。日本の政局が流動化することを恐れて“合意”を急いだものの、続投に意欲を示す石破首相が今後も続くとなれば、曖昧にしてきた細部をめぐり日本側の譲歩をさらに引き出したい狙いもあるのだろう。まさに、これはビジネスでいう「ディール(取引)」を外国交渉などでも好むトランプ流交渉術と見て取れる。

日米関税交渉はまだまだ終わってはいない

 逆に言えば、トランプ大統領は7月に赤沢経済再生相と”合意”したことは焦りから生じたものであり、その内容に満足していなかったという裏返しとも言うことができる。このままでは「米国側が損してしまう」という危機感ともとれる。その意味では、日米関税交渉はまだまだ終わってはいない。それどころかスタートしたばかりとも言うことができる。

 外交は「双方がウインウイン」となることが理想だが、トランプ氏を相手に綺麗事を言っている場合ではないだろう。石破首相はトランプ大統領にだまされてしまうのか、それとも同盟関係にある日本の重要性を再認識させて「果実」を得ることができるのか。それは政権の延命ともリンクしているように映る。

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この記事の著者
佐藤健太

ライフプランのFP相談サービス『マネーセージ』(https://moneysage.jp)執行役員(CMO)。心理カウンセラー・デジタル×教育アナリスト。社会問題から政治・経済まで幅広いテーマでソーシャルリスニングも用いた分析を行い、各種コンサルティングも担う。様々なメディアでコラムニストとしても活躍している

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