相次ぐ中国公演中止に歌手ら高市首相に怒り「黙るな。怒れ。抗議しろ」…「中国経済3重苦」これは発言への単純反応ではない

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 中国で予定されていた日本人アーティストの公演が次々に中止となった。中国全土の都市で告知されていたライブが一夜にして白紙となり、シンガーソングライターたちのSNSに「黙るな。怒れ。抗議しろ」という強い言葉が並んだ。公演中止は単なる文化イベントの延期ではない。関係者が抱えていた制作費や広告費が回収不能になり、中国各地の会場側にも損害が広がる。日本国内でも訪中予定の観光客がチケットをキャンセルし、逆に訪日客も大幅に減り、日本の観光産業には数千億円規模の逆風が吹きつつある。高市総理が台湾情勢に踏み込んだ発言を行い、中国が強く反応して以降、文化と経済の複数領域が連鎖的に揺れた形である。政治に詳しいコラムニストの村上ゆかり氏は「アーティストにとっては極めて理不尽であり、ファンにとっても大変痛ましい出来事だが、この怒りを「高市総理のせいだ」という単純な対立に落とし込むことは、問題の核心を見失う」と指摘する。村上氏が解説するーー。

目次

中国国内の経済不振や政治構造が重なりあった結果と理解するべき

 外交の言葉は時に、言葉の範囲を超えた影響を生む。今回の現象はその典型例である。

 中国公演中止は文化領域の問題に見えるが、実際には経済の各層まで波及する。アーティスト一組あたりの中国公演の収入は1億円規模であり、公演が複数都市で予定されていれば数億円単位の損失になる。映画の公開延期や配給停止も同様である。中国市場は巨大で、日本映画がヒットすれば数十億円の興行収入が期待できる。これが停止すれば損失が直接発生する。

 観光キャンセルの影響も深刻である。中国系航空会社では日本行きのチケットが数十万人規模でキャンセルされ、観光庁が示す中国人観光客の平均消費額を当てはめると、数千億円規模の消費減となる。関連する飲食、ホテル、小売産業への波及効果を含めれば、影響はさらに拡大する。過去の類例を見ても、韓国はTHAAD問題で7,000億円以上の観光損失を受け、豪州は中国制裁で輸出産業全体が揺らいだ。日本も同じ構造に直面している。

 この怒りを「高市総理の責任」という一因にだけ結びつけてしまうと、問題の本質が見えなくなる。今回の公演禁止は、日本国内の政治家の発言だけで説明できるほど単純な事象ではない。むしろ、中国国内の経済不振や政治構造、外交スタイルが重なり合った結果として理解する必要がある。

不動産バブル崩壊、地方政府の巨額債務…苦しい中国経済

 今の中国経済は、不動産バブルの崩壊、地方政府の巨額債務、民間投資の冷え込みという“三重苦”の中にある。恒大集団や碧桂園など大手デベロッパーの経営危機は世界的なニュースになった。地方政府は土地売却収入を失い、公共事業や社会保障に必要な財源が枯渇しつつある。民間企業は習近平政権による締め付けを恐れ、投資を控え、外資も徐々に撤退している。

 こうした状況になると、政府は国内の不満を抑える必要が強まる。景気が良ければ国民も不満を溜めにくいが、経済が落ち込むと「不満の行き場」が必要になる。内政が不安定な時期ほど対外姿勢が強くなる傾向は、中国だけの話ではないが、中国は特にその傾向が強い。強く当たる対象として選ばれやすいのが、「観光」「文化」「農産物」「特定品目の輸入規制」といった分野である。

 これらは中国国内にほとんど痛みが出ず、相手国には象徴的なダメージを与えられる“安くて効くカード”になる。

火をつける燃料は中国の内部にたまっていた

 過去を振り返れば、中国では、韓国のTHAAD配備を巡る観光客締め付け、豪州へのワイン・大麦輸入制限、台湾への農産物禁輸、日本へのレアアース停止、水産物禁輸といった事例が繰り返されている。

 今回の中国公演禁止も、この文脈の中に置いて理解するほうが現実的だ。高市総理の発言が発端ではあったかもしれないが、「火をつける燃料」はすでに中国の内部に大量に溜まっていた。むしろ、中国の国内情勢が「外に向かって何かをやらねばならない状況」を作っていたのである。

 日本は中国と深く結びついている。輸出入の約2割が中国相手で、半導体製造装置、化学製品、電子部品、日用品まで幅広い分野で依存が続く。観光を見ても、中国人観光客は消費規模が大きく、地方経済への影響も深い。エンタメ業界も中国市場を収益源に組み込み、アニメ・映画・ライブ事業が中国市場を前提にしたビジネスモデルを組み立ててきた。

観光・エンタメ・小売は制裁の影響受けやすい

 この構造は、平時には大きな利益をもたらす。しかし「締め付け」という局面になると、一気に脆さが露呈する。今回の公演禁止は、文化領域が政治的に制裁され得るという現実を浮き彫りにした。観光・エンタメ・小売といった分野は特に影響を受けやすい。

 中国は、外交カードとして文化や観光を用いることに躊躇がない。相手国に痛みを与え、国内に「毅然とした姿勢」を示すことができるため、政治的に非常に使いやすい。日本は中国と友好的な関係を保とうと何度も努力してきたが、それでも外交上の圧力から完全に逃れることはできない。日本がどれほど配慮しても、中国国内の事情が外へ噴き出す時期には、同じリスクが必ず訪れる。

 日本が弱いのは「中国依存」そのものではなく、「依存している部分が政治的に締め付けられやすい場所に集中している点」である。観光・文化・食品・中間財は、最も揺さぶりを受けやすい分野である。

 日本はこれまで、対中関係で「刺激しない」「波風を立てない」という方向で配慮を積み上げてきた。しかし、いくら配慮しても中国が制裁を発動する時期は必ず来る。日本側がどれほど静かにしていても、中国の内政・対米外交の都合によって締め付けが行われるため、「避ける」という選択肢自体が非現実的である。

対中国依存を分散させる3つの論点

 仮に中国から制裁を受けても国として致命傷にならない構造を作るためには、まず、“依存”を分散させる必要がある。中国依存が高い分野を棚卸しし、代替先を増やす。調達先を多角化し、国内生産やASEAN・EUの供給力を引き上げる。特に、文化・観光・農産物は依存を下げることが肝要である。次に、日本が世界に不可欠な分野を伸ばすことが考えられる。高機能素材、精密機械など、日本が締め付けられても逆に世界経済が困る領域を育てる。「日本を制裁したら自分が困る」という状況を作ることで、相手のコストを上げる。

 また、同盟・国際連携の強化も重要だ。G7やEU、インド太平洋のパートナーと「経済的威圧への共同対抗」枠組みをつり、日本企業が狙われたときに、他国が金融支援や市場アクセスの代替策を提供できる仕組みを整える。この3つの論点は経済安全保障政策としてすでに議論が始まっているが、まだ十分ではない。中国が今回のように文化制裁を実行する現実を直視し、国の構造を変えることが急務である。

 今回の公演禁止は、アーティストにとっては極めて理不尽であり、ファンにとっても大変痛ましい出来事だ。しかし、この怒りを「高市総理のせいだ」という単純な対立に落とし込むことは、問題の核心を見失う。中国が強い反応を示した背景には、国内経済の不安定、政治構造の硬直、対米外交の駆け引きなどが複雑に絡んでいる。

高市発言への単純反応ではない

 中国は今後も、自国の事情に応じて文化・観光・農産物を外交カードとして使う可能性が高い。日本が向き合うべきは、こうした構造的リスクであり、揺さぶりを受けても倒れない経済構造を作ることである。

 今回の騒動は表面上、高市総理の発言と中国の反応という単純な構図に見えるが、実際には中国の国内事情、米中関係、日本国内の政治構造、経済構造、水面下の外交ネットワークなど、複数の要素が絡み合っている。これらを正確に捉えて、どの構造を整え、どの構造を弱め、どの構造を強化するかという議論が最も重要だ。外交の成熟とは、この構造を理解し、整えていく営みそのものであり、また、それを国民一人ひとりが主体性を持って考えていくべきことでもあるのではないかと筆者は考える。

 外交の場では、国内で意見がばらばらにならず、落ち着いて物事を判断できる状態そのものが国力になる。相手国は常に、こちらの政治状況を細かく観察している。 

たしかに高市発言は大きな問題がある、が…

 国内の議論が激しい対立に変わり、感情的な批判があふれれば、「この国は内部が割れている」「こちらが強く出ても反撃は来ない」と判断され、揺さぶりが入りやすくなる。国内がまとまっていない国は、交渉の土台そのものが弱くなるという意味で外交的に脆い。

 高市総理の発言は、総理という立場を踏まえると重大な問題を孕んでいた。日本の外交姿勢や同盟関係、台湾との微妙な距離感に直結する発言であり、発信の精密さと慎重さは不可欠である。しかし、個人攻撃に陥った感情的な批判が続くことは国内の不信を深め、日本の外交基盤そのものを弱める恐れがある。

 国内の議論が冷静であれば、相手国は簡単に内部不和を利用できなくなる。国内の判断基準がぶれなければ、強い圧力の場面でも、必要な外交カードを落ち着いて切ることができる。日本の外交が揺さぶりに左右されにくくなる理由は、最終的にはこの「国内の統一感」と「議論の質」にあるのではないか。我々国民一人ひとりも、日本の国力を支えている―――それを忘れずに冷静な議論が進むことを、筆者は心から願っている。

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