中国がヒヨり始めた3つの理由…なぜトーンが急落?国内からも疑問の声あがる「輸出減少していけば中国経済を圧迫」

高市早苗首相の「台湾有事」をめぐる発言で日中関係に緊張感が漂う中、中国による批判のトーンが急落してきた。中国は「核心的利益」に触れたものであるとして高市発言の撤回を繰り返し求め、報復措置も重ねてきたが、なぜ微妙な変化が生じているのか。経済アナリストの佐藤健太氏は「中国がヒヨった理由は3つある」と断言する。はたして、高支持率に支えられる高市政権は、このまま対中外交を見直すことができるのか―。
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麻生太郎「中国から色々言われるぐらいがちょうどいい」
「台湾に関する我が国政府の基本的立場は1972年の日中共同声明の通りであり、この立場に一切の変更はございません」。高市首相は12月3日、このように国会で明言した。日中共同声明は、「台湾は中国の領土の不可分の一部である」とする中国側の立場を踏まえた上で、日本政府として「中国政府の立場を十分理解し、尊重する」とする内容だ。日本政府はこれまで共同声明に基づき、親日派が多い台湾との関係に苦慮してきた。
高市首相は11月7日の衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也氏から台湾有事に関する認識を問われ、「(中国が)戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、どう考えても『存立危機事態』になりうる」と発言した。これが日本として集団的自衛権を行使できるケースに具体的に触れたものと受けとめられ、中国側が猛反発することに繋がった。
中国は日本への渡航自粛を呼びかけ、12月に中国から日本に運航するはずだった900便超が運休を決めた。11月末に開催される予定だった日中韓3カ国の文化相会合の延期も決めている。国営新華社通信は「毒苗」と高市氏を呼び、中国では日本に関する映画の上映やコンサート、ミュージカルなどが相次いで中止となった。中国の薛剣・駐大阪総領事は「その汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などとSNSに投稿したほどだ。こうした中国サイドの報復措置や「殺害予告」とも受け取れる大阪総領事の投稿には日本国内外で批判が殺到している。
自民党の麻生太郎副総裁は12月3日の会合で「今まで通りのことを具体的に言っただけで、何が悪いのかという態度で臨んでいるので、大変喜ばしいことだと思っている」「中国から色々言われるぐらいがちょうどいい」などと、高市首相を擁護した。靖国神社参拝や歴史認識をめぐり、中国の「顔色」をうかがってきた日本外交をもう見直すべきだとの雰囲気が日本政府・与党内に広がる。
なぜ中国の批判のトーンは急落しているのか
中国の外交トップの王毅外相は中国メディアの取材に対し、「日本の現職指導者が台湾問題へ武力介入しようとするという誤ったシグナルを公の場で発し、言うべきではないことを言った」と述べ、越えてはいけない「レッドライン」に足を踏み入れたと激怒している。中国の傅聡国連大使も12月1日、高市首相の発言撤回を求める2度目の書簡を国連のグテーレス事務総長に送り、「根拠なく中国を批判している」「再軍備を進めている」と呼びかけた。
だが、現時点でそれ以上の「報復」は見当たらない。2010年の「尖閣衝突」時のように希土類(レアアース)の輸出停止など追加の報復措置を次々と繰り出す可能性も指摘されていたが、なぜ中国の批判のトーンは急落しているのか。それには3つの理由がある。
1つ目は、「中国の国内事情」だ。まず踏まえておかなければならないのは、中国の習近平国家主席は日本や欧米で学んだ人間を警戒する向きがある。先に触れた薛剣・大阪総領事は日本に何年も赴任してきた「ジャパン・スクール」出身であり、習国家主席からすれば「日本にいる中国の外交官は何をしているんだ」と激怒していることだろう。
知日派の「薛剣氏も苦労しているようだ」
誤解を恐れずに言えば、薛剣・大阪総領事は「日本のことを誰よりも知る中国人」と言うことができるかもしれない。日本の政府や政党、メディア関係者に若手外交官の頃から何十年もかけて接触を繰り返してきた「知日派」である。薛剣氏のSNS投稿に対しては批判が起きて当然だ。「殺害予告」と受け取れる投稿は許されるべきものではない。
ただ、彼のことを昔から知る人々に話を聞くと、「薛剣氏も苦労しているようだ。本国からは何をしているんだと見られ、肩身の狭い思いだろう。その結果があの『投稿』に繋がったと見るのが自然」(日本政府関係者)との声が大半を占める。極論を言えば、薛剣氏は「ジャパン・スクール」の立場からも、自らが習近平国家主席に忠誠心があるとの「ポーズ」を見せつける必要があったということだろう。それは、日本の中国大使館からも同じような匂いがする。
思い出していただきたいのは、高市首相は10月31日に訪問先の韓国で習近平国家主席と会談し、日中の「戦略的互恵関係」の推進を確認したことだ。
中国国内からも「やりすぎだ」との声
両首脳は緊張した表情を見せながらも、習氏は「建設的で安定した関係の構築に力を入れていく」と語っている。一部には、高市首相が会談後に明かした「東・南シナ海での(中国の)行動に懸念を伝えた」との点を捉え、習氏が態度を硬化させたとの見方もあるが、これは誤った認識と言える。なぜならば、公にしないだけで日本側が中国に同様の発言をし、明確に懸念を伝えてきたことはこれまで何度もあるからだ。
それらを踏まえれば、習近平体制下において高市首相は「望ましい相手」ではないかもしれないが、隣国の首相として「付き合わなければならない相手」であることは十分に認識している。11月28日に上海市で開催されたイベントでは、アニメ「ONE PIECE」(ワンピース)の主題歌を歌手の大槻マキさんが歌唱中、突然照明が消えてステージから追い出される事態となった。大槻さんの事務所は声明で「やむを得ない諸事情により、急きょ中断せざるを得ない状況となってしまいました」と説明したが、こうした事態には中国国内からも「やりすぎだ」との声が出ている。
「中国へのブーメラン」
薛剣氏のSNS投稿や外相の発言、中国外務省による「撤回」要求、国連大使の書簡送付などは「立場としての言動」との色合いもにじむ。習近平国家主席は11月24日、米国のトランプ大統領と電話会談し、台湾問題をめぐる中国の原則的な立場を説明したと伝えられる。中国国営の新華社通信によれば、習氏は「台湾の中国への復帰は戦後国際秩序の重要な構成部分だ」と強調し、トランプ氏は「第2次大戦勝利に中国は重要な役割を果たした。米国は中国にとっての台湾問題の重要性を理解している」と述べたという。
つまり、習近平国家主席としては「必要以上に中国国内が対日批判を繰り返すことは自国のプラスにならないのではないか」と冷静に見ていることがうかがえる。これは重要なポイントで、薛剣氏や外相、中国外務省の言動だけ見ていると判断を誤ることに繋がりかねない。
そして、2つ目のワケは先ほどの理由にも関連するが、「中国へのブーメラン」にあると言える。中国による報復措置で影響を受けるのは日本だけではない。
まず、日本への渡航自粛は中国側の旅行業や航空業に打撃を与える。
中国にとっても「痛み」が避けられないのは間違いない
中国の旅行代理店は予約キャンセルで損失を被り、キャンセル手数料や在庫調整に苦しむ。航空会社の減便は収益減に繋がり、中国の観光産業にも間接的な影響が波及する。
中国経済は「輸出主導型」である。中国は内需が低迷し、国内の供給過剰が深刻化する中で純輸出が成長を主導してきた。日本貿易振興機構(JETRO)のまとめによれば、日本から中国への対中輸出額は2024年に1565億ドルだ。これに対し、中国から日本への輸入は1671億ドルに上っている。中国は日本の第2位の輸出市場で、日本は中国の第3位の貿易相手国という「相互依存」関係になっている。こうした点を見ると、中国が報復措置を長期化させれば「ブーメラン」となることは想像に難くない。中国の輸出依存度は高く、製造業を中心に就業率の低下や国内消費の冷え込みも助長する。相互依存が高い分、中国にとっても「痛み」が避けられないのは間違いない。
そして、3つ目は「国際的な孤立への懸念」だ。中国はナショナリズムを巧みに利用し、相手国に圧力をかけるスタンスを貫いてきた。ロシアや北朝鮮などと親密な関係を構築し、「アジアの大国」として日本の孤立化を目指してきたと言って良いだろう。中国の対日外交の特徴は、日本と米国との関係が悪い時は日本に急速に近寄ってくる。
トランプ「(中国が台湾を侵攻すれば)北京を爆撃する」
石破茂政権の際はトランプ大統領と首脳同士のケミストリーが合わなかったこともあり、繰り返しアプローチしてきたことがわかる。ただ、現在の高市首相とトランプ大統領の関係は極めて良い。日米関係が良好な時、中国は日本と距離を置いてきたのが歴史であるが、今回はこれまでと少し異なる。
それは、トランプ政権が誕生して以来、「米中貿易戦争」が新たな段階に入ったことだ。関税の応酬に加え、米CNNテレビによれば、トランプ大統領は就任前の2024年に開かれた会合で、中国の習近平国家主席に対して「(中国が台湾を侵攻すれば)北京を爆撃する」などと伝えたと報じられている。さすがにトランプ流の「ブラフ」と見る向きは少なくないものの、トランプ大統領であれば何をするかわからないという「警告」にはなっているとの受け止め方が広がる。
米中貿易戦争は中国側に大打撃となる。
中国は輸出額が減少していけば国内経済を圧迫
米国の関税措置によって中国のGDPは2ポイント程度押し下げられ、目標とする「5%」を下回るとの試算もある。中国経済は成長率が4%台に低迷し、不動産危機も深刻化している。先に触れたように、中国は輸出額が減少していけば国内経済を圧迫する。そこに日本との摩擦が加われば、サプライチェーンに打撃を与え、国内産業の停滞を招く。つまり、下方修正は待ったなしという訳だ。
トランプ大統領は12月2日、米国と台湾の交流に関する指針を見直し、更新することを義務づける「台湾保証実施法案」に署名した。中国外務省は「台湾問題は中国の核心的利益の中核であり、越えてはいけない第1のレッドライン」と反発するが、だからと言って中国が日本に対してのように、米国を相手に圧力や報復措置に踏み切れるわけではない。
要するに、日本と米国の関係が蜜月のままであれば、中国はこれ以上の報復措置を実行することは得策ではなく、緊張緩和に向けて動き出す必要があると習近平国家主席も認識しているのだろう。すでに経済面での相互依存関係が強い中、完全なデカップリングも現実的ではない。尖閣周辺の緊張は依然として残っているものの、中国が「ヒヨる」のは十分な合理的理由があると言える。