日本企業が「脱中国」へ…欧米企業は「生産拠点の移転加速」日本政府もサプライチェーン分散と国内回帰を支援

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 日本企業の多くは、依然として中国市場を主要拠点とした事業構造に依存している。帝国データバンクの2024年調査では、中国に進出している日本企業は1万3000社を超え、欧米企業が縮小と撤退を加速させているのに対し、日本企業の動きは鈍く、減速傾向にあるとはいえそのペースは緩やかだ。政治に詳しいコラムニストの村上ゆかり氏は「有事リスクが顕在化し、反スパイ法や国家安全法に関連した邦人拘束事例が現実に発生し、既に、少なくとも17人の日本人が拘束されている事実があるにもかかわらず、なぜかこの現実が企業経営に反映されていない」と指摘する。では日本経済は今度どうしていくべきなのだろうか。村上氏が詳しく解説していく――。

目次

欧米企業が中国撤退するなか、日本企業は

 日本はなぜ脱中国の動きが鈍いのか。それには歴史的経緯が大きく影響している。日本は長年、中国を「世界最大の成長市場」「製造の中心」「コスト低減の鍵」と位置づけてきた。自動車、電機、化学など主要産業が中国市場の需要を前提に収益を構成し、製造拠点やサプライチェーンを中国に組み込んできた結果、企業戦略の根本に中国が入り込む構造が形成されたため、市場リスクが増大しても、その構造自体を変えることは困難を極める。

 さらに、中国は部品供給の中心であり、製造プロセスが中国国内で完結している産業は多い。調達、生産、販売の三層が中国国内で閉じている企業は、撤退するとサプライチェーン自体が崩壊する危険性を抱えている。企業にとって“中国撤退”は単なる地理的移転ではなく、ビジネスモデルの再構築を意味している。欧米企業が東南アジアへ生産移転を進める一方、日本企業はASEAN地域の政治リスクや制度の未整備を懸念し、中国に留まる判断を続けてきた。インドやベトナムなどの新興市場は成長余地が大きいが、インフラ、労働市場、法体系が中国に比べて整備途上であるとの見方も根強い。

 日本企業の中にもすでに脱中国依存の成功事例が存在する。例えば、製造拠点を中国から東南アジアへ段階的に移転したメーカーは少なくない。特に電子部品、半導体関連では、台湾・韓国・マレーシアへの移転が進んでいる。ベトナムではスマートフォン部品、自動車部品の移転が急増し、日本企業による新工場建設が目立つ。電機メーカー各社は、中国依存を減らすため、生産ラインの分散を進めている。

一部の日本企業はチャイナ・プラス・ワンの方向に

 楽器メーカーのヤマハは、タイ・インドネシアとの併存体制を早期に導入したことで、生産停止リスクを大幅に抑えることに成功している。アパレル大手のユニクロは、アジア全域に生産拠点を分散し、中国一国への依存構造を弱める方向に舵を切っている。製造業に限らず、金融、IT分野でも脱依存の動きは徐々に進んでいる。

 これらは決して「例外的な先進企業」ではなく、一部の日本企業はチャイナ・プラス・ワンの方向に動き始めている。ただやっぱり、問題はその速度が遅すぎる点であり、国家安全法が実際に邦人を拘束する時代において、動きが遅いこと自体が企業存続のリスクになりつつある。その理由は、「中国依存を本当の危機として認識していない」企業が多いからではないか。

 その点、欧米企業は、2010年代後半から中国リスクを「地政学リスク」として扱い始めた。米中対立が激化した2018年以降、米国企業ではサプライチェーンの分散が急速に進み、中国依存を低減する動きが顕著になっている。特にハイテクと通信関連では、米国政府の政策誘導が直接影響し、生産拠点やデータ管理を中国以外へ移転するケースが増えている。

欧米企業はリスク管理で生産拠点を移転

 欧米企業の大きな特徴は、単なる生産拠点の移転ではなく、「企業戦略そのものの書き換え」を行っている点である。国家安全法、反スパイ法、データ規制などが企業活動を制約する以上、リスクは不可逆だと判断されたことで、企業リスク評価における地政学リスクの重みが増え、安全保障が財務インセンティブより優先されるという前提が浸透している。中にはドイツの自動車・化学産業のように、むしろ中国事業を戦略的に維持・強化する例もある。だが、これもリスク管理を前提とした事業維持とみていい。

 これに対し日本企業は、中国を「市場」として捉え続ける傾向が強く、地政学リスクを安全保障の問題として扱う文化が根付いていない。

 日本企業の中国依存は、企業自身のリスクにとどまらず、国民生活や国家安全に直接的な影響を及ぼす。中国に依存したサプライチェーンは、日本の生活必需品そのものを支えており、企業の判断が国民全体の生活基盤に直結している。既にコロナ禍において発生したマスク不足や医薬品不足は、中国に生産拠点が集中した結果であり、国家の危機管理が企業の調達構造に左右されるという現実を示している。

もし中国が医薬品の輸出制限を始めたら日本はどうなる

 この構造が変わらない限り、台湾有事や外交緊張は生活物資の不足や物価高騰に直接影響する。

 医薬品、電機、自動車部品など、中国への依存度が高い分野は特に深刻である。医薬品原材料の相当程度が中国とインドに依存していることは知られているが、仮に中国が輸出管理や行政措置を発動した場合、病院や薬局で在庫不足が起き、国民の医療アクセスが制限される危険性がある。まさに、企業の調達戦略が国民の健康や命を左右する構造であり、国家の安全保障に影響しうる事例といえる。

 中国依存が国民生活に影響するのは物資だけではなく、価格転嫁という形で家計を圧迫する可能性が高い。中国が輸出税や検査強化を行えば、輸入企業のコストは上昇し、国民の生活費を押し上げることになる。

 有事の際にはさらに深刻な影響が予想される。日本企業の駐在員や家族を退避させるための外交交渉、輸送費、役所対応など莫大な国家コストが発生する。企業が利益を得るために海外展開した結果、救出費用は国費、つまり税金で賄われる可能性がある。

サプライチェーン分散や国内回帰への補助金制度を導入する日本政府

 また、中国依存の企業が倒産に追い込まれれば当然、雇用の喪失や税収減が発生し、国家財政に深刻な影響を及ぼすかもしれない。企業の中国依存が安全保障だけでなく、財政問題にすら連動する可能性がある。企業の中国依存は、表面上は企業の経済判断に見えるが、実際には国家と国民全体の生活基盤に重大なリスクをもたらしている。

 中国依存は、企業だけの問題ではなく、国民生活の安全保障の問題である。

 日本政府は「脱中国依存」という直接的な表現を避けてきたものの、2022年の経済安全保障推進法を中心に、サプライチェーン分散や国内回帰への補助金制度を導入しており、企業が中国依存を低減するための制度的枠組みはすでに存在している。特に半導体や高度製造分野では、国内生産基盤強化や米台との連携強化が政策として進められ、現象として「脱中国依存」を支える方向性が見られる。ただし、企業判断に依存する余地が大きい点は変わっていない。そのため、邦人保護や有事対応の観点からは、より具体的な方針提示や危機管理政策の強化が求められる段階に来ているのではないか。

明確な脱中国を国家戦略として掲げない理由

 日本政府が、経済安保法を超えた「明確な脱中国(撤退)」を国家戦略として掲げてこなかった理由は、中国の経済市場規模の大きさ、政治的コスト、安全保障と経済のトレードオフ等を踏まえると、「脱中国依存は正論だが、実行には犠牲も伴う」政策であり、その代償を誰がどう受け止めるかという問題が常につきまとってきたからだろう。

 ただし、最近の世界情勢、地政学リスク、中国の制度強化および制裁・報復の実例を考えると、「脱依存」はもはや選択肢ではなく、安全保障と産業の持続性を確保するための必須課題になりつつある。犠牲を伴うからこそ、政治的判断が必要ではないか。

 中国に最も近接する国でありながら、日本だけが自国企業と邦人保護の方針が不明確なままだ。今後、台湾海峡の緊張が高まった場合、日本は最前線に位置し、邦人の安全確保は国家的課題になるはずだが、そうなってしまってからでは遅いのだ。企業リスク評価における地政学的視点を制度として組み込むこと、そしてサプライチェーン分散に対する支援制度を早急に構築すること、有事に備えた邦人退避計画を具体化し、企業と共有すること等、日本企業が自律的に判断できる制度的基盤を整えなければ、有事の際には重大な混乱を招くことになりかねない。

中国に依存する企業のリスクはさらに高まる可能性

 今後、中国に依存する企業のリスクはさらに高まる可能性が極めて高い。有事の発生がなくても、反スパイ法の運用が拡大し、国家安全の名のもとに拘束や出国制限が行われる可能性は継続する。地政学は不可逆であり、中国リスクが低下する等という楽観的な展望は存在しない。日本が台湾防衛に関与せざるを得ない地理的位置にある以上、邦人拘束、事業停止、行政措置の強化は今後も現実の課題である。企業に残された時間は長くない。

 安全保障に基づいた脱中国依存は、企業の存続と国家の安全保障を守るための最優先課題である。中国依存を続ける日本企業と日本政府が速やかにこの課題に真摯に向き合うことを、筆者は強く期待したい。

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