「シンゾー君は天才だ」蜜月トランプが安倍にブチぎれた瞬間に、笑う麻生「ピーナッツ!ピーナッツ!」…泥沼貿易交渉で日本が繰り出した伝家の宝刀

故・安倍晋三首相(当時)と米トランプ大統領は「蜜月関係」とされていたが、裏では日米で厳しい交渉をしていた。トランプ大統領は、貿易赤字の是正に執心し、自らを「タリフマン(関税男)」と称して日本をその標的とした。2018年に入ると、トランプの発言はエスカレートし、自らの北朝鮮外交で恩恵を受ける日韓から、貿易面で『リターン』を求めたい、という驚くべき発想を露呈する。そして「安倍首相は偉大な男で私の友人だ。彼らの顔はいつも微笑みをたたえているが、それは『こんなに長くアメリカをだましていられるなんて信じられない』と日本への批判を始めた。安倍首相は、米国での日本車の生産による雇用創出などを説明したが、トランプ大統領は1980年代の貿易摩擦の感覚から抜け出せず、協議を重ねても認識の差は埋まらない。その時安倍首相はどう対応したのか。元月刊Hanada編集者・梶原麻衣子氏が解説する――。 *<>は各参考文献からの引用
*本稿は梶原麻衣子著『安倍晋三 ドナルド・トランプ交友録』(星海社新書)の一部を抜粋し、編集したものです。
目次
貿易交渉のカードとして日米同盟の破棄まで話題に
結局、この貿易交渉は年をまたぐことになった。2019年4月26日から27日にかけて、安倍は訪米し、トランプと会談。ここでトランプが〈(日本との貿易交渉は)かなり早くできると思う。たぶん、私が日本に行くまでには、かな〉(2018年9月28日付朝日新聞)と述べたことで大騒ぎとなった。安倍は、トランプが令和初の国賓として来日することを2018年の秋には打診していた。5月1日に令和になってからすぐのことであり、5月中にという時期の打診もしていたのだろう。
「日本に行くまでに」ということは、5月末、つまりひと月余りで合意に達するだろうと勝手に宣言してしまったのである。
この安倍の訪米には慎重論もあったという。下手に会って話すことで、やぶへびになるのではないかという外務省幹部の声が報じられている(2019年4月27日付朝日新聞夕刊)。
まさにこの訪米はやぶへびとなった。実際、5月末までの合意はできなかった。
その後トランプは私的な会話において日米同盟破棄にまで言及したと報じられる(2019年6月26日付朝日新聞)。日米同盟の片務性については安倍が「2015年に安保法制を成立させ、集団的自衛権を行使できるようになったので日本もアメリカを守れますよ」と再三説明してきたが、トランプにとっては日米同盟もディールを有利に進めるためのカードでしかない。
国賓待遇に大喜び「シンゾー、それってどれくらい凄いの?」
2019年4月26日、訪米した安倍がトランプに「改元後、初となる国賓待遇でお迎えしたい」と告げると、トランプはこう述べたと報じられている。
〈「えー、行けるかどうか分からない」〉
その後、こんなやりとりに発展した。
〈「教えてほしい。その行事(御代替わり)は日本人にとって、スーパーボウルと比べてどれくらい大きいものなんだ?」と尋ねた。首相が「だいたい100倍ぐらいだ」と答えると、トランプ氏は「行く。そうだったら行く」と来日を決めたという〉(2019年4月27日朝日新聞夕刊)
だが、『安倍晋三回顧録』によると若干ニュアンスが違う、と安倍は証言している。
〈その発言はちょっと大げさです。トランプが「スーパーボウルと比べて、どのくらい大事な行事なのか」と聞いてきたので、「スーパーボウルは毎年やっているでしょう。即位は違います。日本の歴史上、126代の陛下ですよ」と答えたのです。「英国の王室とどちらが長いのか」と聞かれて、「遥かに長い。日本は万世一系、ワンブラッドだ」といったら、トランプは驚いたのです〉
朝日新聞に批判されながら「国賓フルコース」を味会うトランプ
また、朝日新聞は同じ2019年4月27日夕刊の紙面で「抱きつき外交」「朝貢外交」と揶揄しつつ、〈メラニア夫人の誕生祝いにまで顔を出し、昭恵夫人から手作りのお茶をプレゼント〉したと報じている。トランプからも誕生日を祝われているのだから、これくらいの「お返し」は人づきあいでは普通ではないかと思うが、朝日新聞にとっては対米追従感を覚えたのかもしれない。
国賓としてやってきたトランプ、迎えた安倍は共に相撲を見、ゴルフを楽しみ、そして安倍・トランプのセルフィーまで公開したのである。表向きには「日米関係、安倍・トランプ関係の最盛期」を迎えたかのように見えていた。
国賓として来日したトランプは、まさにフルコースの日程をこなしていく。
25日に来日すると、26日には千葉県茂原市で安倍とゴルフ。夕方からは両国国技館で相撲を楽しみ、夜は六本木の炉端焼きの店で夕食会。27日は天皇・皇后両陛下と会見し、日米首脳会談、拉致被害者家族との面会、共同記者会見を終えたのちに宮中晩餐会に出席。そして28日には海上自衛隊横須賀基地を訪問し、護衛艦「かが」に乗船することとなった。
国賓として友好を深めた上で、貿易交渉で衝突していた
異例尽くし、まさに「おもてなし」精神の粋を集めたような日程で、やはり「やりすぎではないか」との声はあった。だが安倍は〈天皇皇后両陛下のお客様という立場ですから、政府がしっかり対応するのは当然でしょう〉(『安倍晋三回顧録』)と述べている。
国賓待遇の場合は、首脳会談のように政府間だけで決められるものではない。日経新聞の説明によれば、〈大統領や国王ら外国の元首を政府が招待する場合の最も手厚いもてなし方。皇室が接遇する場面が多く、皇居で歓迎行事、天皇陛下との会見、宮中晩餐会などが行われ、東京を去る際には陛下が国賓のもとを訪れ挨拶される。閣議決定の手続きを踏み、来日の経費は日本政府が一定程度負担する〉という。
また、この間も貿易交渉は行われている。日米首脳会談前の5月25日には茂木敏充経済再生担当大臣と、ロバート・ライトハイザー通商代表が会談。そして27日の日米首脳会談になるわけだが、国賓待遇による「安倍・トランプ関係」のアピールの裏で、貿易交渉はシビアな展開になっていた。『宿命の子』(下巻)にはこうある。
トランプぶちギレ!「シンゾー、君は天才だ」
〈東京・迎賓館赤坂離宮で行われた日米首脳会談。この日、トランプの堪忍袋の緒が切れた。「シンゾー、君は天才だ」
トランプはそう切り出し、続けた。
「ずいぶん前だったが、電話をしたとき、シンゾーは『(2018年9月の)自民党総裁選挙が終わるまで待ってもらえないか?』と私に言った。だから自分は待つことにした。選挙が終わった後、『貿易について議論できないだろうか?』と促したところ、『(2019年)7月の参議院選挙までどうか、どうか待ってほしい』と言って来た。何年もタップダンスを踊るような答えを聞かされてきた。その間、米国は日本にカネを吸い取られてきた。米国は日本のせいで息も絶え絶えだ」
「7月が来て、参議院選挙となったところで、私が貿易について議論できないだろうかと聞けば、シンゾーは『ノー』と答えるだろう。日本は、何年も舞台の上でタップダンスを上手に踊って来た。タップ、タップ、タップ、もうたくさんだ。タップ、タップ、タップ、もううんざりだ」〉
トランプ「ピーナッツ、ピーナッツ、ピーナッツ!」笑い出す麻生
〈「9月まで待つということはできない。7月より後のタイミングでは収穫時期との関係で遅すぎるのだ。今、直ちに米国の農産物を購入してほしい。船でそれを輸送し、ミャンマーやバングラデシュにあげるなり、イエメンにあげるなり、太平洋に捨てるなり、 好きにやればいい。自分が求めているのは、ちっぽけなことだ。ピーナッツだ。ピーナッツ、ピーナッツ、ピーナッツ」〉
目の前でこんなことを言われて吹き出さないかと思うが、隣で聞いていた麻生太郎は笑ったものの、安倍は一呼吸おいてこう言ったという。
〈「ドナルドの気持ちはよくわかる」〉
役者というほかない。
結局、安倍は8月末に控えていたTICAD(アフリカ開発会議)でアフリカ諸国への緊急食糧支援を行う際に、アメリカから買った農産品をアフリカに支援すること、米国産飼料用トウモロコシを前倒しで購入すると伝え、トランプはこれに満足したという。その後、安倍は2020年の大統領選でスイング・ステート、つまりトランプが出馬した場合に当選を左右することになりそうな州からの輸入を増やすことも約束している。選挙介入とまでは言わないが、かなりきわどい取引だ。トランプは安倍からそのことを伝えられると〈とたんに上機嫌になった〉(『宿命の子』下巻)という。
それにしても、迎賓館・赤坂離宮といえば17年11月にトランプが来日した際、安倍とともに鯉にエサをやった場面が話題になった、あの場所(ただし和風別館)である。それが貿易をめぐって「タップタップタップ」「ピーナッツピーナッツピーナッツ」とトランプの怒号が飛ぶことになったわけである。しかも、26日にゴルフを楽しみ、にっこり笑ってセルフィーを撮影し、升席で迫力十分の大相撲を見て盛り上がり、炉端焼き店で食事を共にした後に、だ。
交渉と、個人としての関係性は絶妙に影響し合い、そして別ものでもあるということなのだろう。
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