ベストセラー作家・橘玲「リベラルが目指しているのは残酷すぎる世界だ」“無理ゲー”となりつつあるこの世界で生き抜くためのたった一つの生存戦略

良い会社に働いて定年まで勤め、老後にはそれなりの額の年金をもらい悠々自適に過ごす——。そんな誰もが信じていた「シンプルな人生設計」が崩壊したいま、私たちに残された道は何か。
ベストセラー作家の橘玲氏は、長らく日本社会の裏側で進行してきた格差の構造を、その著書や発言を通じて鋭く暴いてきた。いま、物価高騰と円安が中間層を直撃し、若者たちの怒りが噴出する中、その予言は現実のものとなっている。
なぜ日本の政治は高齢者優位の構造から脱却できないのか。そして、AIの進化が加速させる「残酷な完全実力社会」の到来に対して、学歴や資格が意味を失う中で、私たちはどう生き抜くべきなのか。同氏が明かす——。全2回の第2回。
目次
AIが告げる「完全な実力社会」の到来
社会の分断を不可逆的に加速させつつあるのが、AIの進化です。
アメリカではすでに、ロースクールを出た弁護士よりも、配管工の給料が高いという現象が起きていて、「ブルーワーカー・ビリオネア」と呼ばれています。AIが法律文書の処理といったホワイトカラーの定型業務を代替しやすいのに対し、建物ごとに状況が異なる配管工事のようなブルーカラーの仕事は、AIでの代替が極めて難しいからです。
しかし、ブルーカラー優位の時代が長く続くかは疑問です。医師や弁護士のような資格が必要なく、参入が容易な仕事で高収入が期待できれば、移民を含め多くの人が転職を考えます。AIによって仕事を失った大卒のホワイトカラーが配管工の仕事に押し寄せれば、必然的に収入は下がるでしょう。「大学に行かずにブルーワーカーになる」という戦略は、需要と供給の法則によって、いずれ破綻するのではないでしょうか。
アメリカにみる左傾化(レフト・ポピュリズム)の波
日本の未来を映すガラス玉であるアメリカは実験国家で、日本よりもずっとリベラルなメリトクラシー社会です。メリットは日本語で「能力」と訳されますが、正確には、人種や性別、性的指向のような属性ではなく、学歴・資格・実績といった「計測可能な人的資本」のことです。
アメリカでは、非大卒と大卒で生涯収入が倍近く違うため、無理をしてでも大卒の資格を得ようとして、学生ローンの負債が膨れ上がりました。しかし、大卒が増えればその価値は下がり、結果として「借金まみれのプアな大卒」が増えてしまった、というのが現状です。
誰だって意に沿わない境遇を「自己責任」だと認めたくありませんから、自分の貧困や失業を「社会のせいだ」と考えます。最初にメリトクラシー社会から脱落したのは非大卒の有色人種で、次に黒人のシングルマザーを「福祉の女王(Welfare Queen)」とバカにしていた非大卒の白人労働者階級が脱落し、アルコール、ドラッグ、自殺で「絶望死」するようになりました。そしていま、こうした「プアホワイト」をレイシスト(人種主義者)と批判してきたリベラルな大卒の若者たちが脱落し、Woke(社会問題に意識高い系)やSJW(Social Justice Warrior:社会正義の戦士)となって、左派(レフト)のポピュリズムが台頭してきています。
教育費の高騰するアメリカでは、「大学に行くのはカネと時間の無駄」になってきています。数千万円かけて博士号まで取得しようとすれば、20代後半になってしまいます。その年で借金まみれになって社会に出るより、18歳で借金なしのブルーカラーを始めた方がいい。この価値観の変化は、ここ5〜6年で顕著になっています。