第四話「訪れた熱狂」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」

 スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。

 表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。


 舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。

第四話「訪れた熱狂」

 爽やかな風が東京の街を心地よさそうに通り抜ける中、日本橋兜町の証券取引所は異様な熱気に包まれていた。民自党総裁、高地きみえが内閣総理大臣に選出され、日経平均株価は急騰していた。連日のように史上最高値を更新し、投資家たちは「高地トレード」に沸く。彼女の「責任ある積極財政」は円安・株高を誘引し、市場に火を点けた。

 海外メディアは「日本のトランプ」と持ち上げ、SNS上は「#高地総理」というハッシュタグで溢れかえった。若者たちは彼女の記者会見や演説の「切り抜き動画」を拡散し、高地が使うバッグからペンに至るまで完売が相次いだ。「キミ推し」「キミ活」という言葉も生まれたほどだ。

 首相官邸の執務室で、高地は巨大なモニターをにらみつけていた。日経平均株価は5万2000円を突破し、為替市場では1ドル=160円の壁を軽々と越えていた。株高と円安の波が日本経済を押し上げている。投資家たちは、彼女の「強い経済」を実現するためのビジョンに賭けた。旧大蔵省の中でも飛び抜けて優秀だった高井洋二元内閣官房参与や、国立大学で教授を務める天才肌の増井さとし元内閣官房参与らが経済ブレーンとなり、高地の政策に信頼感をもたせる。生ぬるい規制改革や財政・金融政策を採る内閣を徹底的に批判してきた渡瀬としみ元行政改革担当大臣も高地政権には太鼓判を押した。

 高地首相は日銀と協調し、金融緩和の継続を今田信男総裁に強く求めた。米国の高金利に対し、日本の低金利政策が金利差を拡大させる。輸入品の値上がりは物価高を招いたが、高地はそれを「必要な痛み」と位置づけた。政府が率先してリスクを取り、民間が追随する株高のメカニズムが作動していった。

 日本経済は新たな高みに達していた。日経平均は6万円目前。円は170円台をうかがう。高地内閣の支持率は80%を超え、記者会見で「危機をチャンスに変える、それが私の道だ」と胸を張った。だが、フィーバーの影で財務省の抵抗が始まった。嵐山うずき財務大臣の部屋に財務省の幹部たちが訪れる。シックな灰色のスーツを着た幹部の1人は冷たい声で言った。「大臣、この積極財政は国家の債務を増大させるだけですよ」。普通の財務大臣であれば、財務官僚たちに正面から言い返すことはできなかった。だが、嵐山は自身が女性初の大蔵主計官として名を馳せた人物だ。今の官僚たちは当時の後輩にあたる。嵐山は一通り彼らの主張を聞くと目を細め、そしてテーブルを叩いた。「はぁ? それで抵抗するつもり? 高地首相と私は日本の経済を強く豊かにするためにいるの。君たち、古い思考を捨てて国家・国民のために尽くしなさい!」。初めて財務省が味わった“敗戦”だった。

 数カ月後、日本経済は変貌を遂げた。GDP成長率は過去最高を記録し、失業率は急低下。株式市場はさらに高値を更新し、物価高に苦しめられてきた国民の生活は豊かになった。高地と嵐山の2人は「最強コンビ」とも、「最恐コンビ」とも言われた。高地首相は日曜日のテレビ出演で国民に語りかけた。「私たちは財務省に勝ちました。強く、豊かな日本を共に作っていこうではありませんか!」。フィーバーは、国民の“希望”となって続いた。

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この記事の著者
伊藤慶

作家・小説家。経済、政治に精通。小説家としての処女作『奪われる: スパイ天国・日本の敗戦 (みんかぶマガジンノベルス)』がみんかぶマガジンにて連載中。

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