ソニー、ホンダが通産省に逆らった…から日本は勝った「日本株式会社」という巨大な虚構
戦後日本の躍進は「官民一体」の賜物か。作家でプレジデント元編集長の小倉健一氏は、スタンフォード大教授が唱える「日本株式会社は虚構である」との説を基に、通産省の統制を拒絶し反逆したソニーやホンダの闘争を紐解く。停滞する現代、官僚の正解を捨て、荒野を切り拓いた異端児たちの試行錯誤にこそ真の勝機を学ぶ。
みんかぶプレミアム連載「小倉健一の新保守宣言」
目次
成功の功績は誰にあるのか――戦後経済史に刻まれた「官民一体」という美しき誤解を解体する
戦後の焼け野原から奇跡的な復興を遂げた日本経済。一部の国家主義者はこの現象を説明するために、一つの神話を創り上げた。「日本株式会社(Japan Inc.)」論である。 すなわち、通産省(MITI、現在の経済産業省)という極めて優秀なエリート官僚集団が司令塔となり、産業界を軍隊のように統率し、戦略的に輸出産業を育成した結果、日本は経済大国になった――というストーリーだ。
チャルマーズ・ジョンソンが著書『通産省と日本の奇跡』で広めたこの「発展指向型国家」モデルは、多くの人々に甘美な納得感を与えた。
しかし、この神話は真っ赤な嘘である。
エリート官僚が「ソニー」を潰そうとした残酷な事実――なぜ彼らは未来の巨大利益を見誤ったのか
スタンフォード大学フーバー研究所の研究員であり、経済学者のデビッド・R・ヘンダーソンは、『Japan and the Myth of MITI(日本と通産省の神話)』(※)において、この幻想を徹底的に破壊している。彼は膨大な史実に基づき、一つの残酷な真実を提示した。 日本が経済成長を遂げたのは、通産省の指導が正しかったからではない。むしろ、「通産省の妨害にもかかわらず、民間企業がその介入を拒絶し、市場で戦ったから」である。今回は、ヘンダーソンの論考をベースに、官僚たちの「産業政策」がいかに現場のイノベーションを阻害しようとしたか、その罪深き歴史を紐解いていく。
もし通産省の官僚たちが描いた「青写真」通りに歴史が進んでいたら、世界に誇るブランド「SONY」は存在しなかった。これは比喩ではなく、歴史的な事実である。ヘンダーソンは論文の中で、1950年代初頭に起きたある事件を詳述している。 当時、東京通信工業(後のソニー)は、まだ吹けば飛ぶような零細企業だった。創業者の井深大と盛田昭夫は、アメリカのウエスタン・エレクトリック社が開発した「トランジスタ」という新技術に社運を賭けようとしていた。彼らは特許使用権を得るため、2万5000ドルという大金を支払う必要があった。
しかし、当時の日本には厳格な「外貨管理法」が存在し、ドルなどの外貨を使用するには、通産省と大蔵省(現・財務省)の許可が必要だった。ここで通産省の官僚たちは、ソニーの申請を冷淡に却下したのである。 理由は単純だった。
「あんな小さな企業に、そんな高度な技術が扱えるわけがない」
「外貨の無駄遣いだ」
官僚たちの目には、既存の大手電機メーカーしか映っておらず、名もなきベンチャー企業の可能性など、想像すらできなかったのだ。
ヘンダーソンは次のように記している。
「通産省(MITI)は、その技術が外貨の支出を正当化するほど印象的なものではないと主張し、これを拒否した。二年後、その会社はMITIを説得して決定を覆させ、トランジスタラジオで名声と富を手に入れた。その会社の名はソニーである」
ソニーの経営陣が頑固に食い下がり、役人を根負けさせたからこそ、日本は「トランジスタラジオ」という世界的なヒット商品を生み出せた。もし彼らが官僚の指導に従順であったなら、ソニーはただの下請け工場で終わっていただろう。 このエピソードが示唆するのは、官僚の無能さだけではない。「革新的な技術」の価値は、過去のデータしか持たない官僚には決して理解できず、リスクを背負う起業家にしか見えないという、イノベーションの本質である。
「これ以上メーカーは要らない」国が下した営業禁止命令の謎、本田宗一郎が仕掛けた捨て身の逆転劇
ソニーの事例が「偶然」ではない証拠に、もう一つの決定的な事例を挙げよう。日本の基幹産業である自動車産業において、通産省はさらにあからさまな「市場への介入」を試み、そして完敗している。