高市首相「成長による解決」の致命的な欠陥。ジョージタウン大教授が警鐘を鳴らす、国が金を使うほど国民が損をする理由

高市早苗首相が打ち出した「責任ある積極財政」。増税なしで経済を成長させるという「夢の処方箋」に国民の期待が集まる一方で、世界のマクロ経済学の最前線からは、ある「戦慄の警告」が発せられている。なぜ、良かれと思った巨額投資が、逆に私たちの資産を蝕む「負のアクセル」となり得るのか。ジョージタウン大学の研究が暴く、日本経済が陥る「財政乗数の罠」の正体とは――。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が解説する。
目次
高市首相が掲げる「責任ある積極財政」の正体。増税なしの“夢の処方箋”に潜む限定的な前提条件
厳しい冬の寒さが残る国会議事堂の本会議場にて、高市早苗内閣総理大臣が施政方針演説を読み上げた。議場に響き渡る声は、国の向かうべき方向を指し示している。国の経済をどう立て直すかという問いは、いつの時代も政治の中心にある。借金が雪だるま式に増えていく現状を前に、為政者はどのような道を選ぶべきか。高市政権の経済政策を読み解いてみたい。
まず、演説では、国の借金に対する新しい考え方が次のように述べられている。
「成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を安定的に引き下げていきます。事により、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。具体的な指標も明確化します。財政規律にも十分配慮した財政政策こそが、高市内閣の『責任ある積極財政』です」
「高市内閣は、長年続いてきた過度な緊縮志向、未来への投資不足の流れを断ち切ります。世界が産業政策の大競争時代にある中、我が国として、経済成長を実現するために必要な財政出動をためらうべきではありません」
「特に、投資を上回るリターンを通じてGDPの成長にも資する危機管理投資、成長投資などについては、債務残高の対GDP比引下げにもつながるよう、予算上、多年度で別枠で管理する仕組みを導入します」
「事業収益が上がり、税率を上げずとも税収が自然増に向かう『強い経済』を構築します。好循環を実現する事で、日本経済のパイを大きくするとともに、物価上昇に負けない賃金上昇を実現します」
引用した演説箇所が示しているのは、国債を発行して積極的に成長投資を行い、経済を成長させ、その結果として増える税収で借金の比率を下げていくという「成長による解決」だ。増税に頼らず国民負担を増やさないこの計画は、一見すれば、これまでの閉塞感を打ち破る「夢の処方箋」に見えるかもしれない。
しかし、政府が借金をしてお金を使い、それによって民間経済を強力に牽引しようとする試みは、近年の緻密なマクロ経済学の研究によって、その「前提条件」が極めて限定的であることが明らかになっている。
10兆円投じても10兆円の果実は得られない?ジョージタウン大教授が導き出した「財政乗数」の過酷な真実
では、政府が1円使ったときにGDPがいくら増えるかを示す「財政乗数」は、実際のところどうなっているのか。ジョージタウン大学のマット・カンゾネーリ教授らによる論文「FiscalMultipliersinRecessions」は、現代的なビジネスサイクル・モデルを用いたシミュレーションにより、私たちが抱く「財政出動への幻想」に冷や水を浴びせている。
同論文の核心的な知見は、財政政策の効果は経済の状態に強烈に依存し、非不況期には驚くほど限定的であるという事実だ。
「経済の活況時の拡大策は、1を下回る乗数(1円の支出で1円も増えない)しか生み出さない」
この数値の乖離は何を意味するのか。景気が安定しているときには、10兆円使っても10兆円以下の果実しか得られず、差額分は純粋な負債として積み上がるという過酷な現実だ。
消費と投資が「マイナス」に転じる衝撃の予測。将来の増税を予見した家計が貯蓄に走る“負の連鎖”の引き金
なぜ、景気の良い時期や回復期にはこれほどまでに効果が薄いのか。カンゾネーリ教授らは、銀行の貸出金利と預金金利の差である「スプレッド(金融摩擦)」の動きに着目している。
深刻な不況期には、銀行が貸し出しを渋るなど金融摩擦が悪化し、スプレッドが拡大する。このとき政府が財政出動を行うと、経済が活発化してスプレッドが縮小し、それがさらに民間の借り入れと支出を促す「金融アクセラレーター」が強力に機能する。
しかし、今の日本のように緩やかな回復基調にあり、金融市場も安定している状況では、金利スプレッドはもともと低い。
そのため、政府が追加で支出を行っても、金融面からの追加的な経済押し上げ効果はほとんど期待できないのである。
むしろ、同論文は衝撃的な予測を提示している。標準的な経済モデルでは、「消費および投資の乗数はマイナスになる」ケースが多いのだ。これは、政府が将来の増税を必要とするような大規模な支出を行えば、家計は将来の増税を予期して貯蓄を増やし、現在の消費を切り詰めてしまう「負の資産効果」が働くためである。
巨額投資を積むほど“成長”が遠のく逆転現象。「別枠管理」で加速する将来不安と経済の自律的な衰退
高市首相は「多年度で別枠管理する仕組み」を導入して巨額の投資を継続するとしているが、これについても論文は警鐘を鳴らしている。
「大規模な財政介入が小規模なものより効果が低い理由は、高い税負担による負の限界資産効果が、介入の規模に応じて増大するためである」
つまり、1兆円の投資なら効果があったとしても、それを10兆円、20兆円と積み増していくほど、国民の「将来の負担への恐怖」が経済を押し下げる力の方が勝ってしまうのだ。皮肉にも、政府が「責任ある積極財政」と称して投資を拡大すればするほど、経済の自律的な成長力は削がれていく。