第十七話「海の向こうに」連載小説「奪われるースパイ天国・日本の敗戦ー」
スパイ防止法がないこの“天国”・日本で、知らない間に国が「奪われる」──。
表向きの歴史やニュースの裏側に潜む、冷酷な国際諜報戦と、個人の運命が国家間の巨大な陰謀に巻き込まれていく壮大な安全保障サスペンス小説、ここに爆誕。
舞台は、女性初の内閣総理大臣・高地きみえが熱狂的な支持を背景に「強い日本」を目指す日本。彼女は長年の懸案である日本人拉致被害者の奪還を決意し、極秘裏に北朝鮮の金正恩総書記との会談に臨む。しかし、その外交交渉の裏側では、すでに北朝鮮の体制に「影」が差し込み、巨大な隣国・中国の思惑が絡み合っていた。
第十七話「海の向こうに」
その夜、ベッドに横たわった今泉謙太郎はいつもの時間に眠ることができず、ただ天井を見つめていた。
「本当に彼女が待っているのか・・・」
「でも、なんで今頃になって?」
考えれば考えるほど謎は深まった。ただ、李麗穎のことを考えただけで胸が締め付けられる。翌日、キャンパスに向かう謙太郎の足取りは重かった。いつものように買ったみたらし団子を片手に公園のベンチに腰掛けた時、ズボンのポケットでスマホが振動していることに気づいた。
「便名: CA925 搭乗手続き番号: Q3-879F」
航空会社からの搭乗案内メールだ。謙太郎は画面を凝視する。「本気なんだな、あの人たち」。図書館でレポートに追われている最中も、頭の片隅には「北京」の文字が刻まれていた。閉館時間になり、資料を片付けながら呟いた。「やっぱり、明日の便で彼女に会いに行くか」。運命に引きずられるように、覚悟が固まっていくのを感じた。
関西国際空港で搭乗手続きを終えた謙太郎は、空港ロビーを歩いている時に初めて麗穎と出逢った京都のカフェを思い出した。黒い長髪を揺らしながら自然に浮かべる笑顔、疑いを知らない綺麗な瞳・・・。2人で嵐山の竹林を歩き、鴨川で夕陽を眺めたこともあった。桜色に染まった花びらが舞い散っていた光景も昨日のことのように覚えている。
「迷うことはない。ちゃんと向き合うしかないんだ」
窓の向こうに見える離陸灯が星のように輝き始める中、謙太郎の心は澄み切っていた。そして、北京では「いかなる現実であっても受け入れよう」と自分に誓った。