IMFが中国に警告…グローバル市場から「締め出し」が起きている「貿易黒字1兆ドルが物語る苦境」中国経済がもはや逃れられない3つの重力

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 日中関係が冷え込んでいる。高市早苗総理の「存立危機事態」発言を発端に、中国は訪日渡航の自粛を国民に求めるといった“制裁”を発動している。しかし、この強硬な態度の裏には中国の深刻な経済不振もある。その不都合な事実を覆い隠すため、習近平が高市を外敵として利用した、という見方もある。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏が解説する――。

目次

貿易黒字1兆ドルという数字の正体

 1兆ドル。日本円にして150兆円を超えるこの数字は、2025年のわずか11ヶ月間で中国が叩き出した貿易黒字の額だ。かつて人類史上、どの国家も到達したことのない領域に、中国は足を踏み入れた。だが、日本の投資家が、この数字を「中国の勝利」と解釈する必要は一切ない。むしろ、これは中国という国家が自力で解決できない病を抱え、その病を世界中に垂れ流している証拠に他ならない。

 わかりやすく例えるなら、ある巨大なパン工場を想像してほしい。工場主は休みなくパンを焼き続け、山のような在庫を抱えている。しかし、肝心の消費者(国民)は貧しく、自分たちが焼いたパンを買う金も、食べる余裕もない。工場には売れ残りが溢れかえる。捨てるわけにはいかない店主は、原価割れすれすれの安値で、隣町(世界市場)へパンを強引に押し込みに行く――。

 つまり、1兆ドルの黒字とは、「強さ」の証明ではない。国内で消費しきれないほどの過剰在庫を抱え、それを世界中に「排泄」せざるを得なかった、中国経済の深刻な内需不振の重さを表す数字なのだ。

者の失業率は高止まりし、モノを買う金も、買う意欲もない

 連日報じられる中国の「EV(電気自動車)墓場」の映像を思い出してほしい。需要もないのに作りすぎ、ナンバープレートも付かない新品の車が広大な空き地に放置され、雑草に埋もれている。この、現代文明の墓標のような光景が、1兆ドルという数字の「正体」を物語っている。

 国内の不動産バブルが崩壊し、家計資産が目減りした中国の庶民は、財布の紐を固く締めている。若者の失業率は高止まりし、誰もモノを買う金も、買う意欲もない。内需が完全に冷え込んでいるのだ。それでも工場は止めることができない。工場を止めれば、大量の失業者と地方政府の巨額債務が一度に露呈するからだ。

 だから、彼らは作る。国家の補助金と安価な労働力で採算度外視の製品を作り続け、国内で行き場を失った過剰在庫を、世界中へ安値で叩きつける。

ニューヨーク・タイムズ「中国から輸出の『津波』が襲う」

 これは「輸出」という健全な経済活動ではなく、自国の不調を世界に押し付ける「経済的なダンピング」であり、隣国を窮乏させる「近隣窮乏化政策」そのものだ。ニューヨーク・タイムズは、この異常事態がもたらす破壊的な影響を指摘している。

「中国の11月の貿易黒字は1116億8000万ドル(約16兆7000億円)で、単月としては過去3番目の大きさだった。今年の最初の11ヶ月間の黒字総額は、昨年の同じ時期と比べて21.7%も増加した。中国は他国への販売を大幅に増やしている。自動車から太陽光パネル、家電製品に至るまで、中国からの輸出の『津波』が東南アジア、アフリカ、ヨーロッパ、ラテンアメリカに押し寄せている。ドイツや日本、韓国といった伝統的なものづくり大国の自動車メーカーや輸出業者は、中国にいるライバルたちに顧客を奪われている」(ニューヨーク・タイムズ「China’s Trade Surplus Climbs Past $1 Trillion for First Time」12月7日)

「津波」という言葉は、日本の読者にとっては特に重い響きがあるだろう。この津波は、真面目に製品を開発し、品質で勝負してきた日本の製造業の足場を、採算度外視の価格競争で根こそぎ奪い去ろうとしている。

IMFも中国に警告「是正すべきだ」

 さらに深刻なのは、中国がこの輸出攻勢を、構造的な問題の解決策ではなく、一時的な延命策として使っている点だ。

 国際通貨基金(IMF)も、この現状に対し、中国は輸出依存から脱却し、経済のアンバランスを是正すべきだと強く警告している。中国はもはや、輸出に頼るには「大きすぎる」国家なのだ。自国の内需を冷え込ませたまま、外需だけを頼みにすれば、世界の貿易摩擦は激化し、いずれすべての国から締め出される未来が待っている。 

 そして、この「輸出ドライブ」の裏側では、世界中の企業が、中国という国家に見切りをつけているという、決定的な構造変化が進行している。表面上の輸出額が膨張している一方で、サプライチェーンは劇的な「中国離れ」を起こし、「世界の工場」としての地位が根底から揺らいでいるのだ。

「ウェルズ・ファーゴのデータによれば、中国、香港、韓国の製造業からの供給量の割合は、過去10年間で90%から50%へと低下した。これは、第一次トランプ政権と貿易戦争の初期に加速し、その後さらに激化したサプライチェーンの長期的な多様化を反映している。(中略)中国からアメリカへの輸入は前年比で26%減少したが、中国から南アジア太平洋地域への貿易量は大幅に増加した」(CNBC「Trump’s trade war shift away from Chinese manufacturing has reached tipping point」12月7日)

1兆円、最後に残した「置き土産」 

 わずか10年で、グローバル・サプライチェーンにおける中国のシェアが90%から50%に半減したという事実は、日本の投資家にとって、何よりも重い警告だ。これは単なる一時的な調整ではない。「脱出」であり、「離脱」だ。世界の企業は、中国の統制リスク、地政学リスク、そして何より内需の冷え込みと過剰生産という経済的リスクから、一斉に逃げ出し始めている。

 CNBCが指摘するように、中国から東南アジア(ベトナム、インドネシア、インド)への輸出が増えているのは、決して現地の需要が爆発しているからではない。多くの場合、中国企業自身が関税逃れやリスク回避のために、部品や半製品をこれらの国に送り込み、最終組み立てを移管しているからに過ぎない。

 つまり、1兆ドルという貿易黒字は、国内の病を隠蔽するために世界中にばら撒かれた、最後の過剰生産品であると同時に、世界の企業が中国という巨大な船から脱出するために、最後に残した「置き土産」でもあるのだ。

この3つの「重力」から、中国経済はもはや逃れられない

 中国経済の構造的な病巣は、冒頭に示した「1兆ドル」という数字に凝縮されている。

 人口動態の悪化: 「豊かになる前に老いる」という宿命を背負い、かつてないスピードで労働人口が減少し、社会保障の未整備なまま高齢者が激増していく。 

 不動産債務の爆弾: 地方政府と不動産企業の隠れ債務は天文学的な規模に膨れ上がり、もはや健全な経済活動の中で清算することは不可能だ。

 イノベーションの終焉: 統制を強化し、民間企業の首根っこを押さえつける現体制では、自由な発想に基づくイノベーションは育たない。

 この3つの「重力」から、中国経済はもはや逃れられない。

 2026年までの数年間は、政府が打ち出すなりふり構わぬ景気対策と、輸出攻勢によって、見かけ上の数字は維持されるだろう。しかし、その先に待っているのは、債務の重圧とデフレの泥沼、そして世界からの孤立だ。

 日本の投資家は、この現実を直視すべきだ。中国の数字を信じるのではなく、その数字の裏に隠された「逃避」と「崩壊」のストーリーを読み解くことだ。

 投資戦略として、私たちは冷徹に判断を下さなければならない。中国への長期的な投資は、座礁することが確実な船に乗り続けるようなものだ。

中国という巨大なリスク

 しかし、短期的なボラティリティ(変動)と、中国から「脱出した先」の成長を捉えることはできる。工場とマネーが向かっているベトナム、インド、インドネシア、メキシコといった国々こそ、かつて中国が享受した成長の果実を、これから手にする可能性が高い。

 中国経済を、「巨大な成長市場」という過去の幻想で捉えるのは、今日で終わりにすべきだ。これからの中国は、デフレ圧力を輸出し、世界を混乱に陥れる「厄介な隣人」としての側面を強めていく。

 私たちに求められているのは、感情論ではなく、現実主義だ。中国という巨大なリスクに深入りせず、資産の大部分を預けることは避け、あくまで短期的な変動を利用する対象として割り切る。そして、この国から逃げ出しつつある真の成長企業と、その受け皿となる国々へ、視線を移すことだ。

 かつてアジアの巨人は目覚め、世界を席巻した。だが、今、その巨人は病に臥せり、その崩壊はすでに始まっている。1兆ドルの貿易黒字は、その病の「末期症状」を告げる数字であると、私たちは肝に銘じるべきだ。

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