竹中平蔵「訪日外国人は迷惑だと拒絶するのは自殺行為だ」我々は高市内閣に白紙委任を渡したわけではない…小泉純一郎解散との決定的な違い

去る解散衆院総選挙で、高市早苗率いる自民党が圧勝した。経済学者の竹中平蔵氏がこの選挙戦を振り返る――。
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「高市早苗でいいですか?」というワンイシュー
今回の衆議院選挙の結果を見て、私はある種の既視感を覚えました。それは、愛知2区から当選された国民民主党の古川元久さんがインタビューでおっしゃっていた言葉に集約されています。「2005年の郵政選挙の時のような圧力を受けた」と。
まさにその通りです。今回の選挙は、小泉純一郎さんが郵政民営化を掲げて圧勝した2005年の選挙と非常によく似ています。しかし同時に、決定的に異なる、ある種「危うい」側面も孕んでいるのです。
似ている点は、これが徹底した「シングルイシュー・エレクション」(単一争点選挙)だったことです。選挙というものは、一つの明確な問いを立てると国民の関心が一気に高まり、強烈な「風」が吹きます。2005年は「郵政民営化をするか、しないか」でした。当時の小泉さんは、年金や社会保障といった他の論点をすべて脇に置き、「郵政一本で行け」と指示し、その一点突破の強さを見せつけました。
では、今回は何だったのか。それは「高市早苗でいいですか?」というワンイシューです。「強い日本を作る、豊かにする。そのために高市早苗というリーダーを選びますか?」という問いかけです。高市さんのキャラクターは非常に立っています。「タカ派」と評される強い信念、女性宰相候補としての華やかさ、そして自らの身を削って国難に立ち向かうという悲壮感にも似たパッション。これらが有権者に突き刺さりました。「政策の是非」以前に、「この人の熱量に賭けてみよう」という空気が醸成されたのです。
「積極財政」や「強い日本」の中身、具体的には何も決まっていない
しかし、2005年とは決定的に違う点があります。それは「準備期間」と「具体性」です。
郵政選挙の際は、解散から投票日まで1ヶ月以上の期間がありました。そして何より、すでに法案が提出されており、「何をやるか」が明確でした。対して今回は、解散からわずか15日という超短期決戦です。私の手元に投票用紙が届いたのは投票日のわずか3日前でした。まさにドサクサの中で行われた選挙と言っていいでしょう。
そして最大の問題は、高市さんが掲げる「積極財政」や「強い日本」の中身が、具体的には何も決まっていないということです。
「サナエノミクス」の行方は依然として謎
「高市早苗でいいですか」という問いに国民はイエスと答えましたが、具体的に何をするかについては、ほとんど説明されていません。
つまり、今回の選挙で国民が行ったのは、まる高市政権に対する「白紙委任」のようなものだったのです。
国民から熱い期待を受け取った高市政権ですが、経済政策、いわゆる「サナエノミクス」の行方は依然として謎に包まれています。
彼女は「積極財政」を掲げていますが、冷静に数字を見れば、現在の日本の財政はすでに十分すぎるほど「積極的」です。過去20年でGDPが2割しか増えていない間に、一般会計予算は5割も増えているのです。これ以上、何をどう積極的にするのか。
高市さんは「政府が投資をして強い産業を作る」とおっしゃいます。例えば南の海泥からレアアースを採掘するといった話も出ていますが、それが本当に商業ベースに乗るのか、いつ実現するのか、海のものとも山のものともつきません。官僚が机上の空論で産業を作る時代ではありません。有望な技術があれば、世界のファンドがすでに血眼になって投資をしているはずです。
私が最も懸念しているのは、経済の基本である「需要と供給」のバランスです。
「供給力」を高めなければ、待っているのは悪性インフレ
財政出動で需要を喚起するのは良いでしょう。防衛費の増額や国土強靭化など、必要な財政ニーズがあることは私も否定しません。しかし、需要を増やすならば、それに見合うだけの「供給力」を高めなければ、待っているのは悪性インフレです。
供給力を高めるための政策とは何か。それは「労働市場改革」であり、「規制改革」であり、現実的な「移民政策」です。しかし、選挙戦を通じて高市さんの口からこれらの言葉はほとんど聞かれませんでした。供給力の強化なしにカネだけをばら撒けば、円の価値は希薄化し、通貨安とインフレが国民生活を直撃します。ウォール街のアナリストたちが日本に懸念を持ち始めているのも、この「供給サイドの改革なき財政拡大」への懸念があるからです。
高市総理は「新規国債を発行しない」とも言っています。しかし新規国債を発行せずにどうやって財源を捻出するのか。ここにも大きな謎があります。「赤字国債は刷らない」と言いつつ、積極財政を行う。魔法のような話ですが、財務省と対峙する中で、いくつかの「隠し球」が検討されている可能性はあります。
数年間の減税原資を生み出すことは可能
一つ考えられるのは、いわゆる「埋蔵金」の活用です。特に注目すべきは、外国為替資金特別会計(外為特会)の含み益です。歴史的な円安によって、政府が保有する外貨資産の円換算額は膨れ上がっています。さらに、日本銀行や政府が保有する金の評価益もあります。これらを合わせれば、200兆円規模の含み益があるとも試算されます。
高市政権が掲げる「2年間の時限的な食品消費税0」はこの含み益を活用すれば、数年間の減税原資を生み出すことは可能です。これは財務省も計算に入れているはずです。しかし、それはあくまで一時しのぎに過ぎません。問題は「その後」です。
恒久的な財源をどうするのか。選挙戦では語られませんでしたが、将来的には「給付付き税額控除」、つまり日本版ベーシックインカムのような仕組みの導入とセットで、税制の抜本改革が行われるシナリオも視野に入っているのかもしれません。
今回の選挙結果は、中道改革連合をはじめとする野党の「自滅」という側面も無視できません。安全保障環境がこれほど激変している中で、現実的な外交・安保政策を提示できずに中道層の支持を得られるはずがありません。彼らは「オウンゴール」で負けたのです。一方で彼らが負けすぎたことも新たな問題を生みました。高市総理が掲げる積極財政の税源を問いただすような中道のベテラン議員たちも落選してしまったからです。
私が高市総理にやってほしいこと
その結果生まれたのが、高市早苗という強力なリーダーへの権力集中です。彼女の手には今、圧倒的な「ポリティカル・キャピタル(政治的資産)」があります。
私が高市さんに強く望むのは、この強大な力を、単なる人気取りのバラマキではなく、「本当に必要だが、国民や既得権益層からは嫌われる改革」に使ってほしいということです。
具体的には何でしょうか。
一つは「インバウンド戦略の再構築」です。一部でオーバーツーリズムが叫ばれていますが、人口減少ニッポンにおいて観光は数少ない成長産業です。これを「外国人は迷惑だ」と拒絶するのは自殺行為です。ローマのトレビの泉が入場規制や課金で管理しているように、価格メカニズムを使ってコントロールすればいいのです。
そして、地方空港だけでなく、羽田や成田といった主要空港のコンセッション(運営権売却)を断行すべきです。民間の知恵を入れれば、日本の空の玄関口はもっと稼げるインフラに変わります。
白紙委任状を手渡した訳ではない
また、「ライドシェア」の全面解禁も避けて通れません。地方ではタクシー不足で生活の足が失われ、観光地では移動難民が溢れています。自民党の支持基盤であるタクシー業界は猛反対するでしょう。しかし、国民の利便性と経済合理性を考えれば、解禁は必須です。かつて小泉さんが郵政族を敵に回して改革を断行したように、高市さんも支持基盤に切り込む覚悟が問われています。
マーケットは冷徹です。選挙翌日の株価上昇を「高市政権への期待」と単純に喜ぶのは早計です。円安による株高は、裏を返せば「日本円の価値低下」を意味します。
財政規律が緩み、構造改革が進まないとなれば、いつか「国債暴落」や「制御不能なインフレ」といったテールエンドリスク(確率は低いが、起きれば甚大な被害をもたらすリスク)が顕在化しかねません。
「強い日本」とは、スローガンだけで作れるものではありません。痛みを伴う改革、岩盤規制の打破、そして世界に通用する供給力の強化。これらを断行できるかどうかが、高市政権の、そして日本の未来を決定づけることになります。
熱狂の後の静寂の中で、私たちは新政権の一挙手一投足を、これまで以上に厳しく監視していく必要があります。なぜなら、私たちは今の内閣に決して白紙委任状を手渡した訳ではないのですから。