なぜ阪神ファンはユニフォームを着続けるのか?アドラー理論にも通じる独特な「心の持ちよう」とは

立教大学大学院客員教授で世代・トレンド評論家の牛窪恵氏によると、「阪神ファンはほかの球団のファンよりもユニフォームを着用する時間が長いようだ」という。そしてそれこそが、阪神ファンの幸福度を高めていると指摘する。ユニフォームを着ることで得られる効果について、牛窪氏が解説する。全3回中の2回目。
※本稿は牛窪恵著『「幸福感」に満たされたいなら阪神ファンを知りましょう』(集英社)から抜粋、再構成したものです。
第1回:「弱いチーム」ほど可愛い?阪神タイガースがファンを幸せにする理由
第3回:阪神ファンに学べ!「熱狂」こそが人生の質を高める
目次
負けてもユニフォームを着続ける阪神ファン
「どうして阪神ファンは、自宅を出る瞬間からユニフォームを着てるんですか?」他チームファンの方々から、よくそんなふうに聞かれます。
最初は、「気のせいだろう」と考えていました。ですが、ある時期から球場、とくに「敵地」の東京ドーム(ジャイアンツの本拠地)や神宮球場(スワローズの本拠地)に向かうファンの群れを観察してみたところ……。
確かに、巨人ファンやヤクルトファンは、多くがユニフォームを着ておらず、球場で入場待ちの列に並んだ瞬間、あるいはゲートをくぐったあとなどに、カバンから出して急いで着るケースが少なくなかったのです。
他方の阪神ファンはといえば、当の皆さんはよくおわかりでしょう。甲子園球場に向かう阪神電車の車中では、すでに6〜7割がタイガースのユニフォームを着用済み。また驚くのは、「負けた試合」のあとでも、ユニフォームを脱がずに梅田駅を闊歩するファンが大勢いること(私もその一人です)。
極めつきは、北海道(エスコンフィールドHOKKAIDO/ファイターズの本拠地)や福岡(みずほPayPayドーム福岡/ホークスの本拠地)に向かう「飛行機」の搭乗口から、早くもユニフォームに身を包んで「やる気満々」のファンが、空港のあちこちで散見されることです。
ユニフォームや制服は、着用することで仲間との「一体感」やチーム・スピリットが生まれる可能性が高い(俗にいうユニフォーム効果)ということが、複数の研究でわかっています(Evelina, L. W.,et al.,(2015),“ Uniforms and Perception of Professionalism”,Advanced Science Letters,21(4),pp.723-726ほか)。
ユニフォームは一体化感情を高める
ですが、球場内ならともかく、本来は球場に向かう車中や道中から、早々とユニフォームを着る必要はないはずですよね。とくに、負け試合の際は「阪神ファン」であることを開示しても、あまりメリットはないはず。
それなのに、なぜ阪神ファンは、ユニフォームを着続けるのでしょうか。
理由の一つは、「勝っても負けても虎命」、すなわちファンが「一体化感情」を抱く「チーム・アイデンティフィケーション(Team Identification /チームID)」効果、「拡張自己」でしょう。
多くの阪神ファンにとって、タイガースは自身のアイデンティティそのもの。私もたいてい、負け試合でもユニフォームを着たまま梅田駅を歩きますが、それは「ごめんね、私の応援が足りなかったから」との反省の意から。
ただ、この行為は女性ファンには必ずしもお薦めしません。とくにナイターでの負け試合のあとは、街行く酔っ払いの人々に「おい、阪神負けたやんけ」「どうしてくれるんや?」などと絡まれる可能性もあるから(苦笑)。実際に私も、何度か絡まれた経験があり、さすがに「脱ごうかな」と迷うこともあります。
ユニフォームを着続ける阪神ファンが体現するアドラー理論
ですが、たとえ迷ってもユニフォームを着続ける、阪神ファン独特の「心の持ちよう」がある。それが、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー氏が提唱した、通称アドラー理論(心理学)で言うところの、課題の分離。
ユニフォームを例にとれば、「脱ぐか・着続けるか」など、何か課題が生じた際、「自分に変えられるもの」と「変えられないもの」をしっかりと見極め、変えられるものだけにフォーカスしよう、との考え方といえるでしょう。こちらはぜひ他チームファンの皆さんにもお薦めしたいものです。
たとえば、いまの会社が好きで、ずっと働き続けたい。でも職場には、何かと自分につらく当たる上司がいる。そんなときアドラー理論では、「ずっと働き続けたい自分」と「自分につらく当たる上司」を、分けて(分離して)考えようとします。
なぜなら前者は、自分の考え方一つで、どうにでもなるから。「もっと楽しく働こう」と決意することもできるし、「やっぱり辞めよう」と放り出すこともできる。でも後者、すなわち「自分につらく当たる上司」は、ほとんどの場合、自分にはどうにもできない。それなら後者を気にするのはやめて、前者のことに集中しましょう、というのが課題の分離の概念です(「ダイヤモンド・オンライン」ダイヤモンド社/岸見一郎・古賀史健/23年4月5日掲載)。
同じように、ユニフォームを脱ごうかとの迷いが生じても、それでも着続ける阪神ファンは、「周り(他者)はどうあれ、ユニフォームを着続けたい自分」と、「ユニフォーム姿の自分を否定的に見る人たち(他者)」を、切り離して考えているといえます。
後者は、少し前に流行った、お笑いタレント・小島よしおさんのギャグで言えば、「そんなの関係ねぇ!」。阪神ファンの多くは(ユニフォームをいっさい脱ぐ気がない人を除けば)、たぶん無意識のうちに、そうした課題の分離を行なっているのでしょう。
皆さんも、仕事や生活の場で、「こんなことを言ったら、嫌われるかな?」など、迷うシーンもあると思います。ですが、もし自分で「やっぱり言いたい」との気持ちがあるなら、ぜひ「承認欲求」を捨て、勇気をもってその言葉を発してみてください。
そして、もし反対意見を言われても「そこは自分に解決できる課題じゃない」と割り切り、前向きに善後策を練る、あるいは「この人には、何を言っても無駄だろう」と切り捨てるなど、自分の課題だけに集中するのが得策でしょう。それが、アドラー理論を日本で一躍有名にした書籍のタイトル『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健/ダイヤモンド社)の神髄でもあるのです。
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